かぽーん。

 外で竹の音が鳴り響く。
 まさに和風の落ち着いた雰囲気を表すような効果音だ。

 そんな中、俺はというと……

「エアル! これはたしかに気持ち良いわね!」
「~~~ッ!」

 大変なことになっていた。

「エアルー!」
「だー! くっつくな!」

 俺の右腕を体を絡め、ぴったりとくっついてくるドラノア。

 控えめながらも、当然むにゅっという感覚はある。
 何がとは言わないが。

「ちょ、ちょっと寄りすぎよ! ドラノアってば!」

 そして、それを必死に抑えるシャーリー。
 俺とも体は接触している。

「エアルさん……」

 さらには、しれっと左腕に絡んできているスフィル。

 暑いというか、熱いというか。
 温泉由来の温度も相まって、これはもう大変な事態。

「ワゥ~ン。……修羅場よのう」

 ついでに、我関せずのんびり湯に浸かるペットさん。
 最後、ぼそっと何か言った?

「エアルー!」
「こらー!」
「エアルさん」

「……はは」

 勢いのまま押されるがまま、気がつけばこうなった。
 この見事なまでの混浴状態。

 美女に囲まれた混浴、それもかなり距離が近い。
 なんならほぼゼロ距離だ。

 男なら一度は憧れるシチュエーションであろう。
 それがまさか、こんな形で実現されるとは。

 ドラノアには振り回されてばかりだが、その分リターン(?)もあるように思える。
 良くも悪くも、積極的には変わりないからな。

 それに、

「……っ」

 ごくり。

 ドラノアも含め、それぞれ体にはタオルを巻いている。
 巻いてはいるのだが、やはり濡れた布一枚の向こうがお肌だと考えると、どうしても意識してしまう。

 眼福ではある。
 だが、見ていることを察せられてはいけない。
 まさに究極の状況だ。

 素晴らしいが、俺の心臓が持ちそうにない……!

「~~~っ!」

 幸か不幸か、ドラノアがもたらすものは刺激が強すぎる。
 こんな調子で俺はやっていけるのか?

 そう思いながらも風呂の時間を楽しんだ。




「よし。こんなところだろ」

 良くも悪くも刺激が強すぎた混浴を終え、風呂上がり。
 俺は軽く作業を行っていた。

「お主も精が出るの」
「まあ、俺のためでもあるからな」

 早急に作っていたのは『脱衣所』だ。
 今まで女性はシャーリーだけだったので、彼女が一声かければ俺たちが近づかないようにできたが、今はそうもいかない。

 ある意味、破壊力抜群のスフィルと、破天荒なドラノア。
 この二人は何をしでかすか分からないからな。
 脱衣所はあるに越したことはない。

 これで「扉を開けたらきゃー」みたいなラッキースケベがなくなったが、正解だろう。
 
 作業を終えたところでフクマロに向き直る。

「さて、コテージに戻るか」
「うむ。そうであるな」
 
 そうして、心の平穏を得て俺たちはコテージに帰った。



 
「あ、やっときたわねー!」

 扉を開けると、ドラノアの第一声が聞こえてくる。

 しかし……

「めちゃくちゃくつろいでるな~」
「これが良くないのよ~。うへぇ」

 ドラノアは今にも溶けそうになっている。

 彼女が抱くように座っているのは、俺特性のソファ。
 通称『人をダメにするソファ』だ。

 もちろん、前世であったあれから着想を得ている。

「はっはっは、ドラノア。そこに座れば二度と立ち上がれないぞ。俺の勝ちだな」
「なにを! ……でもこれには勝てないかもぉ~」

 「勝ち」に反応して一瞬立ち上がろうとするドラノア・
 だがやはり、再びソファに吸い付かれてしまう。
 
 この威力の前には、たとえ最強種族ドラゴンであろうと完敗の様子。
 人類(前世)の叡智(えいち)の圧勝である。 

 なんて、謎の勝ち誇っていたのも束の間。
 
 ぐうう~。

「お」
「あ」

 ドラノアのお腹が大胆に鳴った。
 そのまま、だらーんとしたドラノアが口を開く。

「エアル~何かないの~?」
「やはり自由人。んー、そうだな」

 そういえば、さっきシャーリーが料理の仕込みを終わらせてたっけ。

「そうね。なら作ってしまいましょう」
「やったー!」

 シャーリーの言葉に反応して、ドラノアが両手を上げる。
 
 こうして見ると本当に子どもみたいだな。
 とても最強種族とは思えない。

 ──だが、その無邪気さが牙を向く。
 ドラノアはつい口走ってしまったのだ。

「“この家のシェフ”はシャーリーなのね!」
「「……!」」

 あ、まずい。

 『この家のシェフ』という言葉に、シャーリーともう一人、スフィルが反応を示す。

 スフィルは、エルフィオさんから魔力操作と料理を習い、ハイエルフへの進化を果たした存在。
 料理に関しては(ゆず)れないものがあるんだ。

 そんなこともあり、実はスフィルがこちらに来てからの二日間、どちらが俺の料理を作るかで幾度(いくど)も戦いが繰り広げられていた。

 それは結局、交互に作るということで落ち着いた。
 だが、またその戦が始まりそうな予感……。

 そうして案の定、スフィルが対抗心を見せてくる。

「ドラノアさん。本来のシェフはわたしですが、今日はシャーリーさんに作ってもらっているんですよ」
「あら、そうだったの!」

 しかし、それを黙って聞いているシャーリーではなく。

「ちょ、ちょっとスフィル! 本来ってなによ! この森に来る前も来てからもずっと、エアルの腹を満たしてきたのは私だわ!」
「ほーそうだったのか」

 両者の意見に、ふむふむとうなずくドラノア。
 どちらの料理にも興味があるらしい。

「「むむむ」」

 そしてやがて、シャーリーとスフィルはお互いに睨み始める。
 普段は仲良しの二人だが、料理に関しては(ゆず)れないらしい。

「え、あれ……?」

 二人のただならぬ雰囲気に、あのドラノアが尻込みをする。
 それほどに今の二人はバチバチだ。

 そうして、あろうことか二人はドラノアに尋ねた。

「そうだ。じゃあドラノアはどっちに作って欲しい?」
「当然、わたしですよね?」

「え、えと……」

 さらにドラノアがあたふたし始める。
 あの何も恐れぬ最強種族が。

 ドラゴンを追い詰めるって、この森でこの二人ぐらいなんじゃ……。

「そ、そうだな……」

 答えを(ゆだ)ねられたドラノア。
 だがここで引き下がらないのが、最強種族ドラゴンたる所以(ゆえん)

 無邪気なドラノアは最悪(・・)の答えを出してしまう。

「じゃ、じゃあ、“美味しい方”で!」
「「……!」」

 あ、終わった……。
 それ、一番言ってはいけない言葉……。

「わかったわ!」
「わかりました!」

 こうして、実に何度か目、この家の真のシェフを決定するべく、料理対決が始まるのだった。