才能あふれる魔法少年の自由気ままな辺境スローライフ~王族を追放されましたが、前世の知識で未開の森を自分好みに開拓していきます。ってあれ、なんだか伝説の存在も次々に近づいて来るぞ?〜

 「リラクゼーションだ!」

 俺が上げた言葉に聞き馴染みがなかったのか、ハイエルフの二人は首を傾げた。

「リラ……なんですって?」
「何かは分かりませんが、お願いします!」

 それでも二人は協力態勢を取った。 
 信頼してくれてとても助かる。

「おう!」

 リラクゼーションとは、心身の緊張をほぐすこと。
 またリラックスさせること(ルシペディアより)。

 前世の社畜時代は大変お世話になったよ。
 それはもう、癒し効果のあるものを自分で色々調べたりもしたほどに。

「ギャオオオォォ!!」

 そして、目の前にはストレスを爆発させているドラゴンさん。
 まるで限界ギリギリの俺のようだ。

「待ってろよ」

 前世でリラクゼーションサロンに通い詰めた男の、気持ち良いリラクゼーションをお見舞いしてやるよ!

「エルフィオさん、スフィル! なんとか反感(ヘイト)を買って時間を稼いでくれないか!」

「やってみます!」
「そんなに長くは無理よ!」

 ハイエルフの二人にお願いをして、俺は作戦を実行していく。

 まず、リラクゼーションに大切なのは“雰囲気作り”。

 ちょうど木々が丸くくり抜かれた、エルフの里のようなこの空間。
 芳香(ほうこう)が循環するには最適だろう。

 ならば──『アロマテラピー』だ!
 
 アロマテラピーとは、その名の通り、アロマ(芳香)でストレスを精神的に癒すテラピー(療法)のこと。
 ドラゴンの好みは知らないが、一つ確実なものがある!

 俺の(かぐわ)しい(らしい)魔力だ!

 これを使い、俺は異種族をメロメロ(?)にしてきた。
 ならばドラゴンにも効くはず。
 てか、効いてくれ!

「ここ……そこ。あとはこの辺にも!」

 周りの草木に俺の魔力を存分に付与していき、この空間全体に俺の魔力の香りが(ただよ)うようにする。
 収納魔法から取り出した、柑橘(かんきつ)系の果実の香りなんかもトッピングしたりしてね。

 仕上げに俺の魔力を全解放!

 するとどうなるか。
 天然のアロマオイル空間の完成だ!

 俺の読み通り、作業の効果は早速表れ始める。

「エアル!」
「エアルちゃん!」

 だがそれは──

「「「良い匂い!」」」

 主にこっちサイドにめちゃくちゃ効いてしまった。
 ダメだ、みんな目がとろけてしまっている!

「みんな! しっかりしろ!」
「「「はっ!」」」

 くそっ、ドラゴンを抑えるためとはいえ、このままでは長くは持たない(主にこちらサイドの理性が)。

 とにもかくにも、第一段階はこれで終了。

 ドラゴンへの効果は──

「ギャオオオオォォォ!!」

 まだ実感できない。
 それでも、段々とこの空間に俺の魔力の香りが行き渡るにつれて、効果も増していくはず。

 ならば、次の段階に移行しよう。

 リラクゼーションとは、心()の癒し。 

 まずは天然のアロマオイルを使い、心地よい空間を作った。
 けどそれは、準備段階に過ぎない。

 では、この心地よい空間の中で何をするか。

 決まってる、『マッサージ』だ!

「ありがとう二人とも! 代わるよ!」

「お願いします! エアルさん!」
「気を付けなさいよ!」

「はい!」
 
 粘ってくれたハイエルフ二人に感謝しながら、場所を交代(スイッチ)
 俺が単独で前に出た。

「ギャオオオオーーー!!」
「おー、おー」

 お客さん、完全に怒り狂ってますね。
 そんなに怒っても良い事ありませんよ。

 それはそうと、そんな大きな翼をお持ちで。

「大変肩が()りそうですねっと!」

 迫り来るドラゴンの突進を(かわ)し、ドラゴンの翼を掴む。
 だが、そのまま上空へと昇っていくドラゴン。

「なんて風圧……!」

 俺はなんとかしがみつく。
 そうして、ようやくドラゴンの態勢が平行になったところで、俺はほふく前進で場所を移す。

 手を付いたのは、翼が生えている部位だ。
 人間でいう『肩甲(けんこう)骨』みたいなところかな。

「それでは、肩から()みほぐしていきましょうか!」

 普通に揉んでも当然効果はない。
 ならばと、俺は魔力で巨大な手を形作って思いっきり圧をかける。

 ぎゅむっ、ぎゅむっ。

「これは相当に()ってますね!」

 いつの間にやら、行きつけだったマッサージ店の口調が移ってしまっている。
 まあ、気分も乗るのでここままいこう。

 するとどうだろう。

「ギャ、オオ……」
「おっ!」

 ちょっと効いてるか?

 それに、今になって周りに俺の魔力を感じる。
 さきほど準備したものだな。
 ようやく地上からこの高さまで(ただよ)ってきたみたいだ。

 ──となれば!

「さあ、どんどんいきますよ!」

 肩、背中、腰、ふくらはぎ!
 調子に乗って、俺は移動をしながらどんどんと揉みほぐしていく。
 
 ドラゴンを揉みほぐす魔力で作った手には、当然俺の香しい魔力も存分に込めている。
 実質『オイルマッサージ』だね!

 リンパもしっかり流されているだろう!
 果たしてドラゴンにあるのか知らないけど!

 (うろこ)が硬すぎるので、触覚での効果は実感できないが……
 
「ア……アァ!」

 声は完全に効いている!
 効いている時は、こんなちょっとイケないような声が出るものだ。

「よーし、仕上げ!」

 ドラゴンからパッと離れた俺は、両手を前に最大限の魔力を溜める。
 テトラさんを吹き飛ばした空気砲のようなものより、ずっと強力な魔力の砲弾だ。
 
 それを、今までマッサージした箇所にしっかりと照準を合わせ、

「はあああッ!」

 一気に放つ!

「……! アッ! アァッ!」

 全弾着弾と同時に、ドラゴンは体をくねらせ、エビぞりのような姿勢で一瞬硬直。
 そのまま地面へとゆっくりと落ちていく。

 俺は大声で地上のみんなに呼び掛けた。

「一緒に支えて!」

「はい!」
「分かったわ!」
「うむ!」



 そうして体を支えられながら、ドラゴンはゆっくりと地上へと降り立った。







 昼下がり、俺たちの住処(すみか)

「ふう、一時はどうなるかと思ったなあ」

 ドラゴンを(しず)めたのは、もう一昨日の出来事。
 俺はいつものように、コテージの外で魔法の研究に励む。

 こうしてまたドラゴンの事を考えているのも、それほどあの出来事が衝撃的だったからだ。

「あれから結局、どうなったんだろうなあ」

 まあ、そんなこと考えてもしょうがな──

「!?」

 って、なんだ!?

 体が思わずびくんと一瞬浮き上がるほどに反応したのは、巨大な魔力の塊を感知したから。

 このフェンリルの時の様なデジャヴを感じるような感覚。
 だが、フクマロと会った時とは比べ物にならないほどに強力な魔力。

「しかも、こっちに向かってくる!?」

 声を上げたのも束の間──

「とおっ!」
「なああ!?」

 轟音(ごうおん)を立てながら、目の前に隕石のようなものが落ちてきた。
 落下地点からは煙が上がり、様子がよく見えない。

 そして数秒後、

「あはっ!」
「!?」

 煙の中から少女のような声が聞こえる。
 段々と煙が晴れ、中から何者かが姿を現す。

「ふっふーん」

 それは、なんとも可愛げな女の子だった。

 幼めの顔立ち。
 赤みがかった黒髪のロングツインテールと、燃えるような紅眼(こうがん)が特徴的だ。

 身長は違和感のない小さめで、胸も少し控えめ。
 腹だしの服にショートパンツという、開放的な服装なのでスタイルがよく分かる。

 さらに、周りが急いで駆けつける。
 
「ちょっと! 今の音は!?」
「何かあったのか!」

 シャーリーとフクマロだ。
 あんな爆弾みたいな音がすれば当然だろう。

 だが、そんなことも気にせずに女の子は続けた。

「あんたがエアルね! 会いに来てやったわよ!」
「え? 俺に?」
 
 どういうことだ、こんな子全く知らないぞ。
 そんな言葉に反応を示したのはシャーリー。

「エアル、誰この子。知り合い?」
「さ、さあ……」

 そこに謎の少女が口を挟む。

「ひどい! あんなことまでされたのに! 思い出すだけでも……きゃー」
「は、はあ!?」

 しかも、なんとも誤解されそうな言い方だ。
 あ、まずい。
 シャーリーの顔がどんどんと怖くなっていく。

「ほう……? エアル、これは詳しく話を聞く必要がありそうね」
「シャーリー! ちょっと待ってってば!」

 拳をパキポキ鳴らすシャーリーを必死に抑える。
 何が何だか分からず、俺は謎の少女に問いかける。

「というか! 君は本当に誰なんだよ!」
「もう! 本当に分からないの? しょうがないわね!」

 そうして開き直った謎の少女。
 両手を横に、高らかな声と共に魔力を解放した。

「はッ!」
「……!?」

 その迫力で確信する。
 こんなドでかい力、思い当たるのは一匹しかいない。

「き、君はまさか……」
「そうよ! やっと分かったのね!」

 そして、少女はこちらにビシっと指を差しながら声を上げた。

「あたしはドラゴン! ドラゴンの『ドラノア』よ!」

「「「ええええーーー!?」」」

「ふふーん。驚いたでしょ!」

 突如として降ってきた、謎の少女。
 その正体はなんとドラゴンだった。

「まじ、かよ……」

 そんなドラゴンの再来に混乱した俺は、状況を整理するかのように、ふと彼女を(しず)めた時の事を思い返した──。
 「一緒に支えて!」

 空中から伝えた言葉で、みんなが一か所に集まり、降り立つドラゴンを支える。
 俺の『重力魔法』もあって、ドラゴンはゆっくりと地上に横たわった。

「グ、オォ……」

 ドラゴンは、体をぴくぴくさせている。
 しばらくは起き上がれない様子だ。

 そんな姿を前に、エルフィオさんが言葉をもらした。

「す、すごいわね色々と……。一体、何をしたのかしらエアルちゃん」
「さあ、なんでしょうか……」

 俺も少々やりすぎたかもと思っている。
 いかがわしい意味ではない、決して。

「とりあえずはおとなしくはなったので」
「え、ええ。そうね……」

 俺は強引に話を終わらせた。

「それにしても……」

 ドラゴンがおとなしくなったところで、俺は辺りを見渡した。
 不思議な光景が広がっているからだ。

 しゅううう……。

 ドラゴンが放った炎によって、先ほどは何本かの木々が燃えていた。
 だけど、周りの木々に燃え移ると同時に、その炎は勢いを弱める(・・・)
 そうして、燃えていた木の炎も浄化されていく。

 俺たちは何もしていない。
 なのに、それが当然の自浄作用であるかのように炎が消えていくんだ。
 燃えていた跡が残るが、それも濃い魔力によってどんどんと薄くなっていく。

 これは濃い魔力のバリアによるもの。
 原理は分かっていても、中々理解が及ばない。

 そんな神秘的で不思議な光景だ。

「不思議よね」
「……はい」

 何百年もこの森に()むエルフィオさんがこういうんだ。
 この森の不思議さは、ちょっとやそっとで計れるものではないのだろう。

 そんな中、俺たちの前で頭を下げる人が。

「ごめんなさい、エルフィオ。皆さん……」

 テトラさんだ。
 ドラゴンが落ち着いてしまった今、彼女の味方はいなくなってしまった。

「テトラ、こっちにきなさい」
「はい……」

 エルフィオさんが彼女を招く。
 観念したのか、テトラさんは(うつむ)きながらにすーっと近づいた。

 そうしてエルフィオさんは──

「辛かったね。ごめんね」
「エルフィオ……!」

 優しくテトラさんを抱き寄せた。
 予想外の行動にテトラさんはジタバタし始める。

「ちょ、ちょっと!」
「いいから。おとなしくしてなさい」
「……」

 だけど、エルフィオさんの何も言わさぬような抱擁(ほうよう)
 それはエルフの里長であり、テトラさんの双子の姉として、全てを包み込むような優しい抱擁(ほうよう)だった。

 対して、テトラさんは弱々しく口を開く。

「うち、許されるって言うの……?」
「許されるも何も、あなたはただドラゴンを助けた。それだけじゃない」
「……エルフィオぉ」

 テトラさんは、エルフィオさんの肩で涙を(こぼ)した。
 
 エルフの里のリーダーはエルフィオさんだ。
 彼女が何も罰せないのであれば、周りがとやかく言うことは何もない。

 そうして、エルフィオさんはテトラさんの頭に手を乗せたまま、こちらを振り向く。

「そういうことなんだけど、分かってくれる? スフィルちゃん」
「はい。わたしも、同じエルフの仲間として放ってはおけません」
「二人とも……」

 スフィルも同じだったみたいだ。

「うんうん」

 良かった、丸く収まったみたいだな。
 一件落着というやつか。

 すぐに馴染(なじ)むのは難しいかもしれない。
 でも、この二人が中枢にいる限り、里でのテトラさんの安全は守られるだろう。
 慎重にすべき問題だとしても、悪い様にはならないと思う。

 また今度、里に会いに行こう。

 ──と、そんな中、

「!」

 俺はバッと後ろを振り返る。
 何やら魔力を察知したような気がしたんだ。
 なんとなく、それほど大きくない小動物のように感じたが……

「エアル。どうかしたの?」
「いや、なんでも……」
 
 だけど、俺以外は気づかなかったらしい。
 やはり気のせいだったか?

 俺がぼーっとする中、エルフィオさんが口を開く。

「それで、どうしようかしらねぇ。このドラゴン」
「あー」

 そうだった。
 テトラさんの件は解決したが、こちらも対処しないといけない。
 このまま放置というわけにもいかないし。

「「「うーん……」

 みんなで頭を悩ませていると、ふと声が聞こえてくる。

「あたしに、魔力をくれないか……?」
「しゃべったー!?」

 今のは間違いなくドラゴンからだ。
 この森に棲むものはみんなそうだし、今更と言われればそうなんだが。
 急なことなのでびっくりしてしまった。

 俺はハッとしてドラゴンに尋ねる。

「ていうか、魔力って……?」

 しかし、それには周りが先に答えた。

「いやいやエアルちゃん。君以外にいないでしょ」
「我もそう思うぞ」
「私も。というかそれ以前に、魔力を分け与えるなんて所業(しょぎょう)、他の誰にも出来ないから」

 エルフィオさん、フクマロ、ついでにフクマロからぴょんと出てきたシャーリーまで。
 みんなが俺をじーっと見つめる。

 まあ、そうだとは思っていた。

「でも、どうして急に?」
「あたしは暴走してしまっていたのでしょ? それをおそらく、あなたたちが鎮(しず)めてくれた。本当に感謝するわ」
「いえ、そんな」
「そして……」

 ドラゴンはその大きな瞳で俺ををじっと見つめた。

「その魔力が大きく起因したんだわ。その魔力であたしは正気を取り戻したの』
「そ、そりゃどうも」

 効いたのだろうなー、とは思ったけど本当にそうだったか。

 というか「あたし」って、女性だったんだな。
 ドラゴンに性別があるのかも分からないけど。

 まあとにかく、そういうことなら。

「ちょっと失礼」
「……!」

 ドラゴンに手を付き、俺は魔力を流し始める。

「どう?」
「これよ、この魔力よ……!」

 途端にドラゴンの声が(はず)む。
 ドラゴンの持つ魔力量からしたら、ほんの微量なのだろうけど、量というより“俺の魔力”を(たの)しんでいるよう。

 そしてしばらくすると、

「もう大丈夫よ!」
「うわっ!」

 バサっと翼を動かし始める。
 飛行態勢に入ったようだ。

「これならあたしは!」
「待って! どこにいくんだ!」
「安息の地よ」

 そうして、ドラゴンは俺たちに一礼した。

「本当に助かったわ。暴走したあたしを止められるなんて、大したものね」
「あ!」
「もう騒ぎは起こさないから。その魔力に(ちか)ってね! じゃ!」

 こうして、ドラゴンは飛び立っていった──。







 そして、現在。

「飛び立っていったんじゃなかったのかよ」

 なぜか少女の姿で現れたドラゴンの『ドラノア』。
 激しい彼女を一旦落ち着かせてから、話を続けていた。

「あれは、魔力を供給しにいったのよ! この姿にもなりたかったからね!」
「その姿って、人間を真似ているの?」
「そうね!」

 元気に返事したドラノアだが、すぐに首を傾げる。

「あんまり(おぼ)えてないけど、昔こんな姿をした奴と戦った記憶があるのよ。たしかその時に真似たのね!」
「え、それって……」

 その言葉でピンとくるものがある。
 俺がこの森にくるきっかけの本『森のけんじゃのたんけんきろく』の、“けんじゃ”じゃないのか?

「もうちょい詳しく!」
「えー、もう細かい事は忘れちゃったわ!」
「そ、そうなのか……」

 若干落胆してしまうが、また思い出すこともあるかもしれない。
 とりあえず今はドラノアの事が先決だ。

「じゃあそれはいいとして、どうしてここに?」
「どうしてって、決まってるじゃない」
「ん?」

 だが、そのニヤっとしたドラノアの顔に嫌な予感がした。
 そんな予感を裏切ることなく、さも当然かのようにドラノアは言い放つ。

「あたしは今日からここに住むわ!」
「「「ええええ!?」」」

 実に本日二度目。
 みんなの(きょう)(がく)する声が辺りに(ひび)き渡った。
 ドタドタと家の外から音がする。
 誰かが急いで帰って来たみたいだ。

 まあ、思いつくのは一人しかいないけどね。

「ただいま! 誰か来ませんでしたか! 特に、ドラゴンとか!」

 声を上げながら、コテージの扉を勢いよく開いた少女。
 スフィルだ。

「うん、来たよ」
「やっぱり……」

 実はスフィル、一昨日からここへ住み始めたんだ。

 理由は『エアルと離れたくないから』だそうで。
 そんな理由を言われてしまっては俺も断れないと、(こころよ)く了承したのだった。

 そんな彼女は、今日は「一旦エルフの里に顔を出して夜に帰る」と言っていたはず。
 だけど、なにやら慌てて帰って来た様子。

 そんなスフィルに、ドラノアがよっと手を上げた。

「おー、あんたはさっき(・・・)の!」
「ドラゴンさん……」

 でも、そのやり取りに気になることが。

「え、さっきのって?」
「それがね……」

 そうしてスフィルは、こちらに帰ってくる前に起こったことを話してくれる。



───
<三人称視点>

 約三時間前。
 ここはエルフの里。

「「「……!?」」」

 スフィルやエルフィオ、里にいたエルフ達が一斉に空を見上げる。
 巨大な魔力の塊を感じ取ったのだ。

 そこにはいたのは──

「あたしはドラゴンのドラノアよ!」

 少女の姿をしたドラノアだった。
 彼女は宙に浮いたまま、両手を腰に言葉を続ける。

「この前は世話になったわね! ありがとう!」

 頭上に巨大な魔力弾のようなものを()めるドラノア。
 それにはエルフィオが声を上げた。

「ちょっ、何をする気なの!?」
「ほんのお礼……よっ!」
 
 エルフィオの言葉には耳を貸さず、その巨大な魔力弾を容赦なく『神秘の樹』に放った。
 そのまま直撃した魔力弾は爆発──することはなく、『神秘の樹』に吸い込まれる。

 そうしてすぐさま、『神秘の光』から食物がボトボトっと落ちてきた。

「「「!?!?」」」

 この光景には里長であるエルフィオをはじめ、全てのエルフが大きな驚きを見せる。
 当然の反応だ。

 そして、再びエルフィオが声を上げた。

「ちょ、ちょっとまって! ドラノアちゃん?」
「なにかしら!」
「食物は感謝するわ! それより、あなたはこの前のドラゴンなの!?」
「そうよ! 魔力を奪っていたことを謝りたくて!」

 これはドラノアなりの謝罪らしい。
 さらにエルフィオは、今すぐに飛び立ってしまいそうなドラノアに続ける。

「では今からどこに?」
「あいつのとこよ!」
「あいつって……まさかエアルちゃんのところ!?」
「そう! あたしはあいつのところで暮らすの!」

 絶対に許可は得ていないだろうことは分かる。
 この自由奔放さはドラゴンの彼女だから許されることだ。

「じゃ!」
「待って!」
「──っとと!」

 そうして飛び立とうとしたドラノアだが、「待って」との声に反応して体を止める。
 声の主はテトラだ。

「待ってくださいドラノア様! テトラです! あなた様が行くのなら、うちは!」
「あら」

 眠っていたとはいえ、テトラの事は認識していたようだ。
 テトラが聞いたというドラノアの声も、本当だったのだろう。

「あたしを復活させてくれたダークエルフじゃない」

 ドラノアはすーっとテトラの元まで下りてくる。
 そのまま目の前に立ち、軽くテトラを抱擁(ほうよう)した。

「ありがとう。あなたのおかげで復活できたわ」
「ドラノア様……!」
「けど……」

 里の方にチラリと目を向けて、ドラノアは再度テトラに向き直る。

「あなたにはすでに、取り戻した生活があるんじゃないの?」
「そ、それは……」

 事実、ドラノアの言う通りだった。
 テトラも里のみんなに許してもらい、ここでの生活を始めたところだったのだ。

 そんなテトラの両肩に、ドラノアが手を乗せた。

「大丈夫。あたしたちはもうずっと友達だから」
「ドラノア様……!」
「またすぐに顔を見せに来るわ。だからあなたも、たまには顔を見せてね」
「は、はい……!」

 テトラの頬には一筋の涙が流れる。
 その胸の内にある言葉を声に出した。

「うちを助けてくださって、ありがとうございました……!」
「それはお互い様ね!」

 そうして、うなずき合ったテトラとドラノア。
 手を振り合いながら、ドラノアはまたすーっと宙を昇っていく。

「じゃ、世話になったわね! エルフたち!」

 目にも留まらぬ速さで、ドラノアは飛び立っていった。
 その方向は、宣言通りエアル達の住処。

 そこで、ハッとしたスフィル。

「ちょっと、わたしも帰ります!」

 テトラと交わしていた言葉は感動的だった。
 だが。行動は明らかに破天荒だ。

 今お世話になっているエアル達の元へいけば、何を起こすか分からない。

 そうして、スフィルは夜に帰るはずだった予定を急遽(きゅうきょ)変更。
 追いつけないのは分かっていても、急いでエアル達の住処へと戻るのであった。
───



「ということがありまして」
「それは……すごいな」

 うん、色々と。
 ドラノアのぶっとび具合とか、一度に大量の食物を生み出す程の膨大な魔力とか。
 とにかくドラノアが色々とすごいのが伝わって来た。

 まるで常識が通用しない。
 俺より自由人なんて久しぶり……いや、初めて見たぞ。

 これが『魔の大森林』。
 やはり世界は広かった。

 そんなスフィルの話に、ドラノアが嬉しそうに声を上げた。

「そうよ! あたしはすごいのよ!」
「褒めては……いるような、いないような」

 そうして、シャーリーが間に入って話を戻す。

「で、ドラノアは結局どうするつもりなの?」
「うーん……」

 住処(すみか)に関する決定権は、一応俺にある。
 フクマロにそう言われたからな。

 でもまあ、答えは一つだよなあ。

「一緒に住むしかないだろうな」
「いいの!? エアル!」

 その言葉にドラノアの顔がぱあっと晴れた。

「だって、断ったらどうするの?」
「この辺を燃やす! がー!」

 ドラノアが口を開いて、小っちゃな炎を吐き出す。

「……ほら」
「じゃあ良いのね! やったー!」
「ほとんど恐喝(きょうかつ)だろこれ」

 ドラノアなりの冗談だというのは分かってる。
 でも、実際にやろうと思えばやれてしまうのが恐ろしいところだ。

 生命の頂上種ドラゴン。
 またすごい子が住処に来てしまったな。

「じゃあエアル! 早速あそびましょ!」
「分かった、分かった」
 
 けど、まあいいか。
 少々騒がしくてぶっ飛んでもいるが、それなりに楽しくもなる予感もしていた。

 だが、この時の俺はまだ知らなかった。
 ドラノアを迎え入れることで起きる、様々な災害を──。
 「遊ぶぞ、エアル!」 

 ノリノリなドラノアに連れられ、俺は野外へと出てきた。
 言う事を聞かずに一帯を燃やされても困るしな。

「遊ぶのはいいけど、何して?」
「うーん……あ! それは何をするものなの!」
「ああ、これはボールだよ」

 そうして、ドラノアは足元に転がっていたボールに目を付けた。
 たまに考え事をする時に跳ねさせていたんだ。

「それで遊ぼわよ!」
「わかったよ。じゃあこんな感じで返してみな。それっ」

 俺はボールをポーンとドラノアの方に弾く。
 バレーボールの要領だね。

「おおっ! そ~れっ!」
「──ぐはぁ!」

 ドゴオッ! パーン!
 俺の打ったボールは隕石がごとく打ち返され、俺の顔面に当たり破裂(はれつ)した。

「し、死にかけた……」

 とっさの『魔力結界』、加えて全身『身体強化』でなんとか致命傷で済む。
 
「ルシオ! 次! 次の“ぼーる”!」
「そういう遊びじゃないから!」

 絶対にボールを破裂させるゲームだと勘違いしてるだろ。

 そうだよ、あんな可愛い見た目でも中身は立派な最強種族ドラゴン。
 人の姿でも力は健在か……。

「えー、つまんない!」
「じゃ、じゃあこれならどうだ!」

 収納魔法から取り出したのは『将棋セット』。

「おおっ!」
 
 それに目を輝かせたドラノア。
 シュバッと音速で俺の対面に正座する。

「ん~? なにこれ、絵が書いてあるみたいだけど?」
「そうなんだよ。これはな──」

 将棋とは言っても、少し異世界風。
 本来漢字が書かれる場所には、『魔物』や『兵士』などの種族の絵に変えて、分かりやすくしてある。
 ルールはまるっきり一緒だ。

 これなら怪我をすることもないだろう!

「うん! 難しいけどなんとなく分かったわ!」
「おー、理解が早いな」
「じゃあ、あたしから!」
「──ごふっ!」

 ダァン! と歩兵を将棋盤に叩きつけたドラノア。
 そのあまりの強さにそのまま盤を破壊。
 真っ二つになった台の片側が、見事に俺を(あご)から突き上げる。

「ああエアル! ごめんなさい!」
「いててて……。だ、大丈夫だ」

 大丈夫ではないけど。
 しかも将棋盤も壊れてしまったし。

「次の盤は!」
「あ、ああ……って、だから壊すゲームじゃねええー!」

 この時点で察してはいた。
 だが、この無邪気な暴走列車を止められるはずもなく……。

 その後もいくつかドラノアと(たわむ)れようと試みる。
 しかし、その圧倒的パワーの前に遊具は全壊。

 治癒(ちゆ)魔法があるからいいものの、俺が毎度死にかけるハメになった。

「あはは! 楽しいね! エアル!」
「お、俺は楽しくねえ……ぐはっ」
「え?」

 だが、何気なく発してしまった言葉が傷つけてしまったよう。

『楽しく……ない?』
「……ハッ! めーっちゃくちゃ楽しいぞー。あははー」
「良かったわ!」

 楽しいか楽しくないかの二択で言えば、実は楽しい。
 ただ、その代償が「死にかける」という重さなだけだ。
 
 誰か助けてくれ……と心の中で叫んだ頃。

「エアルー。ドラノアー」
「ん?」
「お?」

 夕飯の仕込みを終わったらしいリーシャが、コテージの扉を開いて声を掛けてくる。

「私はそろそろ湯に入るけど、ドラノアはどうする?」
「む、湯とは?」

 ドラノアは首を傾けた。 
 そうか、温泉のことは知らないか。

「温かくて気持ちの良い施設のことだよ。身も心もポカポカさ」
「ふーん……」

 何やら考え込んだドラノア。
 そうして俺に指を差した。

「じゃあエアルと入る!」

「えっ!」
「なっ!?」

 かと思えば、とんでもないことを言いだした。
 それにはすかさずシャーリーが口を挟む。

「ちょ、ちょっと! それはどうなのよ!」
「そ、そうだぞ~ドラノア。温泉は裸で入るところなんだ。だから、その……」

 だが、そんな常識がドラノアに通用するはずもなく。

「関係ないわ! あたしはエアルと入りたいの!」
「だからダメよ!」
「シャーリーには聞いてないもん!」

 シャーリーが必死に止めようとするも、ドラノアは聞く様子がない。
 それから何かを思いついたのか、ニヤリとした表情のドラノアが言い放つ。

「でもエアルじゃないと、あたしを抑えられないんじゃない?」
「!」
「エアルならともかく、ただの人間にはあたしを止めるのは荷が重い気がするわね~」
「それは、たしかに……」

 ドラノアの奴、自分が暴走機関車だと自覚していたのかよ。
 しかも今度はそれを利用しようとしている。
 やはり侮れない、最強種族ドラゴン。

「むむ……」

 その言葉にはやや考え込むシャーリー。
 やがて出したのは、

「じゃあ、私も一緒に入るわ!」
「シャーリー!?」

 とんでもない答えだった。

「なによ、文句でもあるの! ただ、エアルが変なことしないか見張ってるだけだから!」
「いやいや」

 さらには後方からも声が聞こえる。

「そういうことならわたしも一緒に!」
「!?」

 いきなり挙手して現れたのはスフィル。
 今の会話を聞いていたらしい。

「じゃあ我も」
「お前もかよ!」

 ついにはフクマロまで。
 いつの間にか俺の周りが賑やかになっている。

「じゃあみんなで入るわよ!」
「もう好きにしろー!」

 そうして、なぜか先頭を切って行ったドラノアに付いて行く形に。
 波乱のお風呂へ続く……。
 かぽーん。

 外で竹の音が鳴り響く。
 まさに和風の落ち着いた雰囲気を表すような効果音だ。

 そんな中、俺はというと……

「エアル! これはたしかに気持ち良いわね!」
「~~~ッ!」

 大変なことになっていた。

「エアルー!」
「だー! くっつくな!」

 俺の右腕を体を絡め、ぴったりとくっついてくるドラノア。

 控えめながらも、当然むにゅっという感覚はある。
 何がとは言わないが。

「ちょ、ちょっと寄りすぎよ! ドラノアってば!」

 そして、それを必死に抑えるシャーリー。
 俺とも体は接触している。

「エアルさん……」

 さらには、しれっと左腕に絡んできているスフィル。

 暑いというか、熱いというか。
 温泉由来の温度も相まって、これはもう大変な事態。

「ワゥ~ン。……修羅場よのう」

 ついでに、我関せずのんびり湯に浸かるペットさん。
 最後、ぼそっと何か言った?

「エアルー!」
「こらー!」
「エアルさん」

「……はは」

 勢いのまま押されるがまま、気がつけばこうなった。
 この見事なまでの混浴状態。

 美女に囲まれた混浴、それもかなり距離が近い。
 なんならほぼゼロ距離だ。

 男なら一度は憧れるシチュエーションであろう。
 それがまさか、こんな形で実現されるとは。

 ドラノアには振り回されてばかりだが、その分リターン(?)もあるように思える。
 良くも悪くも、積極的には変わりないからな。

 それに、

「……っ」

 ごくり。

 ドラノアも含め、それぞれ体にはタオルを巻いている。
 巻いてはいるのだが、やはり濡れた布一枚の向こうがお肌だと考えると、どうしても意識してしまう。

 眼福ではある。
 だが、見ていることを察せられてはいけない。
 まさに究極の状況だ。

 素晴らしいが、俺の心臓が持ちそうにない……!

「~~~っ!」

 幸か不幸か、ドラノアがもたらすものは刺激が強すぎる。
 こんな調子で俺はやっていけるのか?

 そう思いながらも風呂の時間を楽しんだ。




「よし。こんなところだろ」

 良くも悪くも刺激が強すぎた混浴を終え、風呂上がり。
 俺は軽く作業を行っていた。

「お主も精が出るの」
「まあ、俺のためでもあるからな」

 早急に作っていたのは『脱衣所』だ。
 今まで女性はシャーリーだけだったので、彼女が一声かければ俺たちが近づかないようにできたが、今はそうもいかない。

 ある意味、破壊力抜群のスフィルと、破天荒なドラノア。
 この二人は何をしでかすか分からないからな。
 脱衣所はあるに越したことはない。

 これで「扉を開けたらきゃー」みたいなラッキースケベがなくなったが、正解だろう。
 
 作業を終えたところでフクマロに向き直る。

「さて、コテージに戻るか」
「うむ。そうであるな」
 
 そうして、心の平穏を得て俺たちはコテージに帰った。



 
「あ、やっときたわねー!」

 扉を開けると、ドラノアの第一声が聞こえてくる。

 しかし……

「めちゃくちゃくつろいでるな~」
「これが良くないのよ~。うへぇ」

 ドラノアは今にも溶けそうになっている。

 彼女が抱くように座っているのは、俺特性のソファ。
 通称『人をダメにするソファ』だ。

 もちろん、前世であったあれから着想を得ている。

「はっはっは、ドラノア。そこに座れば二度と立ち上がれないぞ。俺の勝ちだな」
「なにを! ……でもこれには勝てないかもぉ~」

 「勝ち」に反応して一瞬立ち上がろうとするドラノア・
 だがやはり、再びソファに吸い付かれてしまう。
 
 この威力の前には、たとえ最強種族ドラゴンであろうと完敗の様子。
 人類(前世)の叡智(えいち)の圧勝である。 

 なんて、謎の勝ち誇っていたのも束の間。
 
 ぐうう~。

「お」
「あ」

 ドラノアのお腹が大胆に鳴った。
 そのまま、だらーんとしたドラノアが口を開く。

「エアル~何かないの~?」
「やはり自由人。んー、そうだな」

 そういえば、さっきシャーリーが料理の仕込みを終わらせてたっけ。

「そうね。なら作ってしまいましょう」
「やったー!」

 シャーリーの言葉に反応して、ドラノアが両手を上げる。
 
 こうして見ると本当に子どもみたいだな。
 とても最強種族とは思えない。

 ──だが、その無邪気さが牙を向く。
 ドラノアはつい口走ってしまったのだ。

「“この家のシェフ”はシャーリーなのね!」
「「……!」」

 あ、まずい。

 『この家のシェフ』という言葉に、シャーリーともう一人、スフィルが反応を示す。

 スフィルは、エルフィオさんから魔力操作と料理を習い、ハイエルフへの進化を果たした存在。
 料理に関しては(ゆず)れないものがあるんだ。

 そんなこともあり、実はスフィルがこちらに来てからの二日間、どちらが俺の料理を作るかで幾度(いくど)も戦いが繰り広げられていた。

 それは結局、交互に作るということで落ち着いた。
 だが、またその戦が始まりそうな予感……。

 そうして案の定、スフィルが対抗心を見せてくる。

「ドラノアさん。本来のシェフはわたしですが、今日はシャーリーさんに作ってもらっているんですよ」
「あら、そうだったの!」

 しかし、それを黙って聞いているシャーリーではなく。

「ちょ、ちょっとスフィル! 本来ってなによ! この森に来る前も来てからもずっと、エアルの腹を満たしてきたのは私だわ!」
「ほーそうだったのか」

 両者の意見に、ふむふむとうなずくドラノア。
 どちらの料理にも興味があるらしい。

「「むむむ」」

 そしてやがて、シャーリーとスフィルはお互いに睨み始める。
 普段は仲良しの二人だが、料理に関しては(ゆず)れないらしい。

「え、あれ……?」

 二人のただならぬ雰囲気に、あのドラノアが尻込みをする。
 それほどに今の二人はバチバチだ。

 そうして、あろうことか二人はドラノアに尋ねた。

「そうだ。じゃあドラノアはどっちに作って欲しい?」
「当然、わたしですよね?」

「え、えと……」

 さらにドラノアがあたふたし始める。
 あの何も恐れぬ最強種族が。

 ドラゴンを追い詰めるって、この森でこの二人ぐらいなんじゃ……。

「そ、そうだな……」

 答えを(ゆだ)ねられたドラノア。
 だがここで引き下がらないのが、最強種族ドラゴンたる所以(ゆえん)

 無邪気なドラノアは最悪(・・)の答えを出してしまう。

「じゃ、じゃあ、“美味しい方”で!」
「「……!」」

 あ、終わった……。
 それ、一番言ってはいけない言葉……。

「わかったわ!」
「わかりました!」

 こうして、実に何度か目、この家の真のシェフを決定するべく、料理対決が始まるのだった。


 「じゃあ、“美味しい方”で!」

 あのドラノアのやらかし発言から、数十分後。

「「さあ、召し上がれ」」

 俺たちの前には二つの皿が広げられた。

「おおー! おいしそうじゃない!」
「お、おう……」

 一方はスフィル作。
 森の神聖な野菜をふんだんに使った(こう)ばしい『ポトフ』。

 もう一方はシャーリー作。
 野菜をメインにしつつチーズで膜を張った、食欲をそそる『グラタン』。

 テーマは、森らしく「野菜」。

 どちらもすごく美味しそう。
 ……だが、俺の反応は少し気後(きおく)れしている。
 
 それもそのはず、

「「さあ」」

 料理人の目の圧が強すぎるんだよ……!

「早速食べるわ!」

 しかし、そんな二人の目線も気にせず、ドラノアはぱくぱくっとそれぞれ一口ずついった。
 こういう鈍感さが俺にも欲しい。

 そして、そのままパアっと晴れたような顔を浮かべた。
 
「うまー!」

「良かったわ」
「とても嬉しいです」

 ドラノアのがっつき具合に、二人もにっこり笑顔。

「ほらエアルも」
「遠慮せずに」

「お、おう……」

 しかし、二人とも俺のことを見る目はどこか怖い。

 この恐怖からやっと逃げられたと思ったのに!
 よくもやってくれたな、ドラノアよ!

 これはドラノアへの料理と言いつつ、俺への料理対決と言っても過言ではない。

「ふう……」

 だが俺も男だ。
 覚悟を決めて、いくぞ!

 そうして、料理に手を付けようとした瞬間──

「あら、シャーリーの方から食べられるのですね」
「へ?」

 スフィルが口を挟む。
 それに答えたのはシャーリーだ。

「ふっ、当たり前よ。私の料理から食べずして誰の料理を食べると言うのかしら」 
「へえ~。そうなんですかあ」

 スフィルの怒りを表すかのように、彼女の背後には黄緑色のオーラが浮かぶ。
 
 あれは精霊か!?
 ダメだ、ダメだ!
 
 ならばと、俺はスフィルのポトフを手に取る。

「あれエアル、私の方から食べるんじゃ?」
「ふふっ。嬉しいですエアルさん」

 と思えば、今度は逆のパターン。
 精霊を使えないはずのリーシャの背後には、赤色のオーラが。
 あれ、あんな魔法あったっけ。

「……」

 ガチで詰んだじゃん、これ

「ええい、こうなったら!」

 俺は【風魔法】を操作。
 ふわっと二つの料理を浮かせる。

「エアル!?」
「何を!?」

 そしてそのまま……ばくん!

「──! あっつ、あっつー!」

「エアル!」
「大丈夫!?」

 だが勢いのままに(ほお)()ると、とんでもない熱さを感じる。
 あぶねえ、死ぬところだった。

「エアルはこんなのが熱いの? 人間はひ弱ねー。あーむ」
「舌の耐性もあんのかよ……ドラゴン」

 そんな俺を横目に、ドラノアは平然と食べ続ける。
 ドラノアが平気そうだったから一気に食べたのに。
 なんだか散々だ。

 そうして、俺の安全も確認出来たところで、リーシャとスフィルは口を開いた。

「どっちが美味しかった?」
「どちらが美味しかったですか?」

「うぐっ」

 熱さで話題も逸れるかなと思ったのに。
 けど、ここはもう正直に言うしかないだろう。
 
「どちらも、美味しかったです……」

 舌を火傷したが、瞬時に【氷魔法】で修復。
 その後はしっかりと味わった。

 その上での感想だ。
 でもこんな答えじゃ……とは思っていたが。

「そ、そう……」
「良かったです……」

 意外にも反応は良かった。
 どちらも嬉しそうにしている。

「あれ」

 もしかして、ここ数日の料理バトルを通じて認め合ったか?
 そんな考えを表すように、シャーリーがスフィルに話しかける。

「ねえ、提案なのだけど」
「なんでしょう、シャーリーさん」

 二人はお互いに向き合った。

「料理の腕は私の方が上だけど、エルフの里の料理や魔力操作も習いたいわ。ダメ……かしら?」
「あら」

 シャーリーの言葉は、意外にも和解を申し出る言葉。
 対して、スフィルもふふっと笑って返す。

「はい。料理の腕はわたしの方が上ですが、シャーリーさんの方がエアルさんの舌を分かっているのは確かです。だからわたしも、エアルさんの好きな料理をもっと教えて欲しいです」

 おお、スフィルもこれに同意見みたい。
 お互いに「自分の方が上」と言うのが気になったけど、まあ大丈夫だろう。

「そういうことなら! よろしくね、スフィル」
「ええ。こちらこそ」

 なんだかんだ良い感じになったね。
 結局欲しかったのは、俺の「美味しい」ということだったのだろうか。

 そして、ドラノアがスプーンを掲げた。
 
「めでたしめでたし、ね!」
「おいおい、調子が良いな」

 この戦いを引き起こしたのは自分ということは忘れないでほしい。
 けどまあドラノアの言う通り、めでたしではあるかな。

「……」

 ここに来てからずっと、それはもう大変な出来事があった。
 
 でも、終わり良ければすべて良し。
 この言葉に尽きる。

「スフィルのポトフも美味しいわ」
「シャーリーさんのグラタンも素晴らしいです」

 この後、シャーリーとスフィルはお互いの料理を食べながら(たた)え合っていた。
 その姿はとても微笑ましいもので、先ほどまでの喧噪(けんそう)な雰囲気はなかった。

 じゃあ、最初から争いを起こさないでほしい。
 とはとても言えなかったけどね。




「今日も頑張った」

 つぶやきながら、ベッドにゴロンと転がる。
 
 あの夕食後はみんなで団欒(だんらん)をしていた。
 気が付けば、もうおやすみの時間だ。

 ドラノア・スフィルが来たので、俺はコテージに一階で寝ることになっていた。
 女性陣はそれぞれ二階の部屋だからね。

「さてと、俺も寝──」
「エアルー!」

 そうして、いよいよ電気を消そうとしたところで、ドラノアが階段を駆け下りて来る。

「一緒に寝るわよ!」
「寝ねーよ」
「ダメ、寝るもん!」
「ちょっ、おい!」
 
 断ろうとするも、ドラゴン持ち前の身体能力でベッドにダイブしようとする。
 なんて速さだ。
 
 ──だが、また新たな刺客が。

「そうはさせないわ!」
「うわっ!」

 ダイブしようとしたドラノアに対して、シャーリーがラグビー部ばりのタックル。
 どうやらこの行動を予測していたらしい。

 というか、シャーリーも一階に潜んでいたのね。
 
「さすがです、シャーリーさん。もう一歩でも遅ければわたしがやっていましたよ」
「スフィルもいんのかよ……」

 また、どこからともなく現れたのはスフィル。
 彼女もまたドラノアの迎撃態勢が出来ていたらしい。
 もうツッコむのも疲れた。

 しかし、まだまだ元気なドラノアさん。

「あんたたち中々やるじゃない! でも、あたしは絶対にエアルと一緒に寝るわ!」

「「あぁん?」」

 その言葉には、シャーリー・スフィルまでもがヤンキーになる。
 もは悪役にしか見えない。

「そうはさせないわよ!」
「そうですよ! エアルさんと一緒に寝るなんてずる……ダメです!」

 それを面白がったドラノアがさらに挑発した。

「なら二人してかかってきなさい!」

「上等よ!」
「上等です!」

「おいおい、三人とも……」

 盛り上がっているところ悪いが、俺の周りでぎゃーぎゃーしないでほしい。
 って言っても聞かないか。

 それならしょうがない。

「そらっ!」
「わっ!」

 俺はドラノアに向かって枕を投げる。

 これは前世で言えば、開戦の合図。
 宿泊合宿なんかでは名物の『枕投げ大会』だ。

「やったなエアル! それ!」
「ごはぁっ!」

 そこからは戦いが始まってしまった。
 そうして、俺たち四人が至近距離で寝ていたことに気づいたのは次の日の朝。

 破天荒なドラノアを迎え入れ、これからさらに騒がしくなる予感がした初日でしたとさ。
 ドラノアと一緒に住むようになった次の日、昼下がり。

「う~~~ん、っと」

 気持ち良い満天の青空に手を伸ばし、思いっきり背伸びをする。
 少々寝不足なこともあり、今日のお仕事は午後からにした。

「それにしても元気だなあ……」

 ドラノアは朝早くからどこかへ行ってしまったよう。
 来た次の日だってのに、自由な奴だ。
 自由さで負けるのはちょっと悔しい。

「まあ、そのうち帰ってくるだろう」

 そう思うことにして、とりあえず簡単なお昼ごはんを済ませた俺は、住処を眺めて頭を悩ませる。

 自由気ままな俺だけど、人一倍こだわりはある。
 これも住処をより良くするための悩みなのだ。

「どうしたんですか? そんなに悩ましい顔をして」

 そんな俺の様子が気になったのか、顔をひょっこりと覗かせたのはスフィル。
 朝起きた時は、一緒に寝ていたことに恥ずかしくなってどこかへ行ってしまった彼女だが、すっかり気分は落ち着いたらしい。

「ちょっとね。ドラノアやスフィルも来たことだし、コテージを増築しようと思って」
「それは素晴らしいですね! わたしからもぜひお願いします!」
「ははっ、任せな」

 スフィルも待望しているらしい。
 さらにやる気に満ちた俺は、改めて考えてみる。

 まずは場所の把握。
 住処は広いので、いくつかのエリアに分かれているんだ。

 北の『食物エリア』。
 ここは野菜や果物が成っている。
 特に心配はなさそう。

 中央の『泉エリア』。
 この景観を支える泉があり、あまり触れたくない。
 自然は守っておきたいからね。

 そして、東の『生活エリア』。
 ここには、コテージ、洞窟、温泉がある。
 いじるならここだ。

「南の方に広げるのもアリか……」

 東にもまだ余裕はある。
 でも増築などをするなら、配置やバランス等々をあらかじめ考えておきたい。

 というか、あのコテージも仮に作った物だ。
 この際に新しく作ってしまうのもありだな。

 と頭を悩ませていたところで、再びスフィルが尋ねてくる。

「それなのですが、わたしも折り入って相談が……」
「どうしたの?」
「実は、わたしがエルフの里からこちらに来るときに温泉の話をしたんです」
「……あー」

 この時点で大体話が分かる。

「そうしましたら、みんながぜひ入りたいって」
「ですよねー!」

 スフィルの話は予想通りだった。
 温泉の良さがさらに広がるのはとても良い事だ。

 でも、さらに多くの人向けて住処を解放するとなると……。

「さらなる拡張が必要だな」
「そうかもしれませんね」
「加えて……」

 あのエルフさんが大勢来るなら、いよいよ温泉自体も男女で分けた方が良いかもしれない。
 やはり女性に安心して入ってもらうためには必要な事だろう。

 てか待てよ。
 どうせそこまでするのなら、前に立てた目標についても少し考えたい。

「どうしたのですか? エアルさん」
「前に言っていた目標を思い出してね。俺はいつか、お世話になった人達をこの森に招きたいんだ」
「それは素敵ですね!」
「それもあってさ。せっかく改築するのなら、森をある程度開拓して、コテージをいくつか造るのも悪くないかなって」

 簡単なコテージのようなものなら、それほど時間がかかるでもなく作れるしな。

「そうすればエルフさん達もそこに泊まれる。いずれ人を招いた時のために、この際色々と作っておくのも悪くないかなって」
「良いと思います!」 

 うんうん、どんどん考えがふくらんでいく。
 これは良いぞ~。

 でも、俺が頭を悩ませているのはもう一つ。
 これを行うにあたっての配慮だ。
 
「そうなると、森の木々をかなり切ってしまうことになるんだよなあ」

 元いた前世の癖か、ついそんなことを考えてしまう。
 
 この世界は全て魔力で出来ているので、木を切り崩したからといって環境破壊にはならない。
 この森の木は、二酸化炭素を吸って酸素を吐いてる、なんてことはないからね。

 けど、やっぱり気にしちゃうんだよ。
 だってそれを消費するのには変わりないし。

「わたし達の里も木を切り崩して作っています。なので大丈夫かなと」
「けどなあ……」

 俺がやろうとしているのは、エルフの里とは比べものにならない程の開拓。
 それを好き勝手やっちゃっうのも気が進まないし、それで森の主なんかに目を付けられても嫌なんだよなあ。

 何か許可をくれる人……あ。

「……」
「な、なんですか?」 

 俺がスフィルの顔をじーっと見たので、当然のように聞き返される。

「スフィル達が力を借りる精霊って、森を司る存在でもあるよね?」
「そんな言い方をされることもあります。現に、森を幻影で守っているのも精霊ですから」
「やっぱりそうか」

 ふむふむ、と考えて俺は言葉に出す。

「じゃあ、その精霊さんに直接許可をもらおう!」
「え? 直接?」
「うん!」

 だけど、スフィルは不思議そうな顔をしている。

「あのエアルさん。こう言っちゃ悪いですが、精霊と密接に関わりのあるエルフですら、会話は出来ませんよ?」
「大丈夫、大丈夫」
「うーん?」

 彼女の言っている事は正しい。
 けど、ちょうど試したかった“あの魔法”を使えば、出来ると思う!

「スフィル。ちょっと準備するから、俺が合図を出したら精霊を呼び出してみてくれないか?」
「わ、わかりました……」

 そうして、疑問を(ぬぐ)えないスフィルを横目に、俺は準備に取り掛かる。



 
「こんなところかな!」

 目の前の物に満足して俺は声を上げた。

 準備をしたのは、人形のように削った木、それから小さな水晶玉のような魔法道具だ。
 環境が整ったところで、さっそく実行してみよう。

「あの、エアルさん。話って、一体どうやって」
「説明はちょっと難しいから実践するよ。スフィル、精霊を呼び寄せてくれる?」
「は、はい」

 そうして、祈るポーズを見せたスフィルを、背後から黄緑色のオーラが包む。

 本来は見えないはずの精霊。
 それをエルフの力で呼び寄せ、一時的にオーラのような形で具現化する。

 何度見ても、神秘的な光景だね。
 だが、今回は呆けて見ている暇はない!

「ちょっと失礼しますよ!」

 その黄緑色のオーラを、水晶のような魔法道具へ()()
 そのまま木の人形の心臓部にはめこむ!

「エ、エアルさん!?」
「大丈夫!」

 すると、黄緑色の(まばゆ)い光が木の人形を包み込む。
 それから人の肌感を創っていくのだ。

 そして──

「な、なんですかこれは……」

 木の人形から声が聞こえて来た。
 その成果に思わず声を上げる。
 
「おお、大成功だ!」

 俺が行ったのは、“精霊の具現化”。
 本来は、魔獣の意識を人形に移して「見た目は人、中身は魔獣」みたいなものを作って、魔獣と会話をするための理論だ。

 今回はそれを応用して、精霊を人型の人形に移し、会話を出来るようにした。

 人の形に留めておけるのは、おそらく一日ぐらいだろうけどね。
 だから今回は、許可をもらうだけ。

 仲間になれれば嬉しいけど、今の魔法道具の段階ではずっと人の形で居てもらうのは難しい。

 そうして目の前に現れたのは、絶世の美女。
 膝元まで伸びた黄緑色の長い髪を持ち、開いた目もまた黄緑色。

 って、しまった!
 俺がバッと背けたことで、精霊さんも自身のその姿に気づく。

「──! きゃあああ!」
「スフィル! 服! 服を持ってきてあげてー!」
「はい! 今すぐにー!」

 俺が具現化させた精霊は、生まれたままの姿だったのだ。
 「大変、大変失礼いたしました!」

 精霊さんに服を貸すなり、すぐに土下座。

 やってしまったことには、あれこれ言わずすぐに謝罪。
 元社会人たるもの、これは心得ていることである。

「……まさか、こんな人だとは思いませんでした」
「言い訳はございません」

 俺は頭を下げたままの姿勢を崩さない。
 
 精霊さん側からすれば、急に具現化させられたかと思えば、裸の姿だったのだ。
 恥ずかしいどころではないだろう。

 ただ、そんな気まずい雰囲気の中で声をかけてくれるのがスフィル。

「あのっ! 精霊様、ですよね?」
「……ええ。(わたくし)はこの辺やエルフの里、人間側の森の端までを司る精霊」

 精霊さんは腕を組みながらに続ける。

「普段あなたやエルフィオが借りているのは、(わたくし)の力よ』
「それは大変お世話になってます! 今回の件はこの人も悪気は無かったようですので、その……」
「しょうがないわね」
「えっ」

 だが、スフィルの説得により、精霊さんは優しい表情を浮かべた。
 さらにそのまま、スフィルの頬を両手でそっと()でる。

『あなたに免じて、今回だけは許してあげるわ』
「!」

 その言葉に、俺とスフィルは顔を見合わせた。

「「ありがとうございます!」」

 そして同時に頭を下げる。
 ここは精霊さんの優しさに感謝だな。

 そうなれば、ようやく本命の質問を尋ねられる。
 俺はスフィルに目で合図を送り、彼女が代わりに聞いてくれる。

「あの、精霊さんっ!」
「なにかしら」
「実は、精霊さんをお呼びしたのは、ある許可を欲しくてなのです!」
「言ってみなさい」

 スフィルは一呼吸おいて再度尋ねる。

「わたしたちに、この住処を中心として大規模に開拓する許可をください!」
「開拓ねえ』

 グッジョブ、スフィル。
 お願いする役を任せてしまったので、後で何か埋め合わせをしようと思う。

「いいわよ」
「「……!」」

 そうして、少し考える素振りを見せた精霊さんだったが、許可が下りる。

「ただし」
「!」
「条件があるわ」
「なんでも聞きます」

 俺は二つ返事で答えた。

 要求を呑んでもらうんだ。
 こちらも何か応えなければ失礼というもの。
 
 精霊さんはニヤっとして言い放つ。

「今日一日、この(わたくし)を楽しませてみせなさい」
「えぇ」

 そういう感じで良いのか。

「返事は?」
「「は、はいっ!」」

 こうして、突如として精霊さんを楽しませる一日が始まったのだった。







「スフィル! スープ出来たら持ってきて!」
「はいよ! シャーリー!」

 キッチンとテーブルを、うちの二人のシェフが(あわ)ただしく動き回る。

 それもそのはず、

「んん~。美味しいわね~!」

 精霊さんが、ものすっごい勢いで料理を(たい)らげるからだ。

 出されているのは野菜から肉、高級マグロのような湖の主など。
 今日までの森での生活を表したような、料理オールスターだ。

 昨日シャーリーとスフィルが料理に関して和解しておいて、本当に良かったな。

 そんな精霊さんは満足げな表情を浮かべる。

(わたくし)、あなたたちの料理がうらやましくって!」
「そうなんですね」

 普段、こちらから精霊さんの姿が見えることは無い。

 でもこんなことを話すってことは、いつも俺たちの生活を観察していたのかな。
 お料理リクエストまでしてくるぐらいだし。

 しかし、シェフであるはずのシャーリーが台所から出てきた。

「あ、あの~、精霊さん」
「なんでしょうか」
「結構食べられますね~……」

 なるほど。
 それなりに疲れが出てきたらしい。
 
 だが、精霊さんは満面の笑みで言い放つ。

「まだまだいけますよ!」
「まだ、まだ……?」

 この言葉には、あの料理大好きな二人が戦慄(せんりつ)した。
 おいおいまじかよ、って顔だ。

 幸いなことは、ドラノアがいないことだけか。
 ドラノアがここに加われば、「あたしも!」などど言って、絶対に(ろく)なことにならない。

 そうして、ようやく俺たちを落ち着かせる言葉が聞ける。

「はあ~。ですが、さすがの(わたくし)もそろそろ満足です」
「「ほっ」」

 しかし、これだけでは終わらない。

「では、次は温泉に入りたいです!」

「「「……」」」

 結構自由だなあ、この人。
 みんなも同じ事を思ったことだろう。


 

「はあ~。とても気持ちよかったです~」
 
 あれからしばらく。
 キャッキャウフフという声が収まったと思えば、精霊さん達が温泉から戻ってきた。

「お、おぉ……」

 と思えば、その格好がなんとも素晴らしい。

 精霊さんやスフィル、リーシャが来ているのは『浴衣(ゆかた)』。
 最近、俺の提案から導入されたあの服装だ。
 やはり温泉上がりはこれに限る。

 精霊さんは浴衣も気に入ったようだ。

「この格好も着心地が良いです」
「それはよかった」

 そうして、精霊さんは改めて辺りを見渡した。
  
「ここは素晴らしい場所ですね」
「本当ですか!」
「ええ」

 すっかり気分が良くなったのか、あんなことがあった俺にも話しかけてくれる。
 と、そんな軽い話の中、精霊さんはふっと微笑(ほほえ)む。

「そういえば、開拓の件でしたね」
「!」

 口にしたのは、本来の目的の話だ。

「良いですよ」
「本当ですか!?」
「はい」

 にっこり笑った精霊さんの笑顔を横目に、思わずガッツポーズ。
 これで、何の罪悪感もなく開拓を進められる!

「けど、本当にこんなことで?」
「エアル殿は用心深いのですね。そもそも、木をたくさん切り倒したからと言って、実はこの森への影響はほとんどありません」
「と、言いますと?」

 精霊さんは笑みを浮かべたまま説明してくれる。

「この膨大(ぼうだい)な森の魔力。切り倒した木の分は、また新たな場所ですぐに木を生やします。一つや二つ、新たな()を作ったって全く問題は無いのですよ」
「え、じゃあ楽しませてみせなさいと言ったのは……」
「単純にうらやましかったのです。普段見ているあなた方が、(わたくし)の知らない独自のものを作り上げていく様が」
「なんだあ……」

 どっと、肩の荷が下りた気分だ。
 わがままな感じといい、そういうことだったのか。

 と、軽く一息ついた後で、今度は精霊さんの方から尋ねられる。

「そ、それでなのですが……」
「なんでしょう」
「もしよかったら、今後定期的に今日のように体を具現化させてもらえませんか」
「!」

 さすがというべきか。
 精霊さんは体の寿命に気付いているようである。

 実は、俺のこの魔法道具は永久ではない。
 これは今の道具の限界だ。
 おそらく、もうすぐ体を留めることが出来なくなり、精霊さんの姿は見えなくなってしまう。
 
 でも、答えは決まっている。

「もちろんです。その内、ずっと体を保っていられるようなものも必ず開発してみせます」
「……! はい、ぜひよろしくお願いします!」

 そんな挨拶(あいさつ)を皮切りに、少しづつ精霊さんの体が光となっていく。
 これが最後のお願いだったのだろう。

「「うるうる……」

 シャーリーやスフィルは涙ぐんだ顔を見せる。
 なんだかんだ言って、意気投合したのかもしれないな。

 でも大丈夫。

「あの人なら、いつでも見守っててくれそうだからさ。俺もまた、すぐに呼び寄せてあげようと思う」

「うん」
「はい」

 そう言うと、二人も笑顔で精霊さんを見送っていた。

 よし、これで気持ちよく開拓も出来る。
 明日からもやることがたくさんあるぞー!







<三人称視点>

 エアル達が精霊さんをもてなしている頃、森の奥深く。
 少女の見た目をしたドラゴン──ドラノアが口を開く。

「探したわよ」
「……」

 その相手は、一匹の小動物。

「聞かせてもらうわ。あなたが一体、何者なのかをね」

 ドラノアは意味深な聞き方をした。
<三人称視点>

 時は少々(さかのぼ)り、エアル達が精霊さんをもてなしていた頃。

「モグモグ」

 森の中で、一匹の小動物が食べ物をモグモグしている。
 エアル達とも顔見知りのリス──モグりんだ。

 その生態は謎であり、どこへでも現れるかと思えばすぐに消える。
 そんな不思議な小動物に、一人の少女が話しかけた。

「探したわよ」

 ザッ! と立ちはだかったのは、最強種族ドラゴン。
 今は人間の幼き女の子の姿をしたドラノアだ。

 この日、ドラノアは用事があると言ってエアル達の住処を飛び出していた。
 どうやら行き先はここだったようだ。

 片手を腰に当てたドラノアは、(いぶか)しげに(たず)ねる。

「あんた、前にあたしが暴れた時、あの場にいたわね?」

 暴れた時とはドラゴンとして復活したばかりの時の事だ。
 理性を失っていたとはいえ、確かにモグりんを感知していたらしい。

 しかし──

「モグモグ」
「ねえ、聞いてるの?」
「モグモグ……」

 モグりんは食べるのを一切やめず。
 耳に入っているのか、いないのか。

「そう。どこまでも(しら)を切るつもりなのね」
「モグモグ、ごっくん。……どうして」
「ん?」

 だが、唐突にモグりんからドラノアへ聞き返した。

「どうして分かったんですか? 私が、あの場にいたこと」
「あまりドラゴンを舐めるんじゃないわよ」
「そうですか」

 ただ、ドラノアが聞きたかったのはこんなことではない。

「単刀直入に聞くわ。あんた何者?」
「……ただのちょっと賢いリスですが」
「あ、こら!」

 そう言うと、モグりんはダッと森の奥へ走り出す。

「待ちなさい!」

 突然の走り出しと、入り組む森の複雑構造。
 それらが相まって、ドラノアはモグりんを見失う。

「でも、まだよ!」

 ならばと、ドラノアは魔力探知を広がらせる。
 エアルと同等、もしくはそれ以上の範囲のものを。

 ──しかし、

「……いない?」

 モグりんの魔力は引っかからない。
 ドラノアは息を吐きながら魔力探知を収める。

「本当に何者なのよ」

 そう言い残して、ドラノアは飛び立つ。
 疑問は解消されず、少々悔しそうな顔のまま。

 そして、そんな彼女をコソっと眺めるモグりん。

「本当にあの凶暴なドラゴンまで()(なず)けてしまうとは。エアルさん、あの人になら……」

 そんなモグりんの(こぼ)した言葉は、ドラノアには届かなかった──。







<エアル視点>

「ふい~」

 額に流れる汗を(ぬぐ)い、周りを見渡しながら一息つく。

「だいぶ出来てきたな」

 ここら一帯を司るという精霊さんから、正式に開拓の許可をもらったのも数日前。
 あれから俺たちは、日々街づくりに励んでいた。

 俺たちが暮らすコテージは増築され、元の倍ほどの大きさに。
 もちろん中身もリフォーム済みだ。

 さらには、その周囲にもいくつかのコテージ。
 また、それに続くよう()(そう)した道など、村っぽいと言えば村っぽい形になってきた。

 ある程度の完成形に、俺はみんなの方を振り返る。

「一旦休憩にしよう」

「うむ」
「分かったわ!」

 作業にはフクマロやドラノア、手が空いている時はシャーリーとスフィルも手伝ってくれる。

 みんな「エアルにはお世話になっているから」だってさ。
 これほど嬉しい言葉は中々ないよ。

 そんな心強いみんなが手伝ってくれていることもあり、それなりに作業は進んでいる。

 けど、

「うむむ……」

 作業を進めていれば当然、問題点も見えてくるわけで。
 そんな俺にフクマロが聞き返してくる。

「我が何か失敗してしまったか?」
「あ、それはないよ。二人には本当に助かってるんだ」

 悩んでいるのは、例えばコテージの見た目。
 形はどうにでもなるのだけど、結局木の形を変えて作っているだけなので、色や装飾が物足りない。

 森の中で贅沢(ぜいたく)な話かもしれない。
 だが人を招くつもりなら、見た目が大切なのも確かだ。

 でも、ペンキや色を作り出す魔法なんてものは無いしなあ。
 今はどうしようもない。
 端的(たんてき)に言えば、行き詰まってしまった。

 そんな時、

「みんなー、お昼ご飯よ~」

 シャーリーが新コテージから顔を出して、俺たちを呼び掛ける。

「やったわ!」
「ワフ~!」

 それにはドラノアとフクマロが元気な返事をする。
 朝からたくさん手伝ってくれたので、目一杯食べて休んで欲しいな。

「よし」

 今日の午後、それと明日もオフにしよう。
 行き詰った時に急いでも良い事がないからな。




 お昼時の食卓にて。

「「「あははは!」」」

 最近では人数も増え、フクマロも何故か椅子に座る(すべ)を覚えたので、みんな仲良くわいわい食卓を囲む。
 来たばかりの時よりもさらに(にぎ)やかで、変わらず大切な時間だ。

 そんな中でふと、シャーリーがスフィルの胸元を見ながら尋ねる。

「そういえばスフィルのそれ、綺麗よね」
「これですか」

 スフィルの首からかかっているのは、輝くペンダント。
 思えば、彼女が温泉でのぼせていた時なんかも付けていたし、片時も外しているのを見たことない。

 大事な物かなにか、なのだろうか。
 そう思って聞く事をためらっていると、スフィルの方から離してくれる。

「これは、わたしが里を脱走した時にたまたま発見したものなんです」
「え、脱走?」
「はい。わたしにも反抗期がありまして……」

 反抗期ってエルフにも存在するんだ。

「まだ生まれて年も経っていなかったわたしは、精霊の力も使えず。こんな森の中ですし、どんどんと里とは逆方向に進んでしまっていたのです」
「それは大変だな」
「はい。ですが、たまたま拾ったこの綺麗なペンダント。これに勇気をもらってから歩き続けると、エルフィオ様が最終的に見つけてくださって」
「エルフィオさん……」

 さすが里長だな。

「これは、その時からずっと付けているんです。その時の(いまし)め、そして勇気の証として」
「そっか」

 良い話だ。
 俺と同じく、シャーリーとフクマロは「うんうん」とうなずく。

 ただ、違った反応を見せたのは意外にもドラノア。
 言い放ったのは驚くような言葉。

「それ、どう見ても森で作れるものじゃないわ」
「えっ?」
「どういうことだ、ドラノア」

 俺は思わず聞き返す。

「魔力……というより、何らかの魔法で作られているわね。それもかなり巧妙よ」
「……!」
「エアル、あんたにはこれ作れる?」
「ちょっと見せてくれ」

 ドラノアに聞かれ、スフィルのペンダントをじっと見つめる。
 
 深い青色の、(しずく)を模したようなペンダント。
 前世の言葉で表現するなら、その色は宇宙、もしくは深海が正しいだろうか。

 それに造りもめちゃくちゃ精工だ。
 強力な『魔力結界』が薄く張られており、壊せそうにない。
 何百年と生きてきたスフィルがずっと付けていられるわけだ。

 深く観察してみて、感想を口にする。

「……無理だ。今の俺じゃどうやっても出来そうにない」

 「何かを作る」という得意分野で出来ないのはとても悔しい。
 それでも、悔しさより感動が勝ってしまうほどの美しさだ。

 そうしてドラノアは、まとめたような言葉を口に出す。
 
「となれば、やはりエアルよりも魔法に優れた者が作ったのね」
「でも、エアルよりも優れた者なんて……」

 シャーリーは、信じられないといった表情をする。

 だがこれは事実だ。
 それにドラノアは「やはり」と言った。
 ならば、俺と浮かばせている人物は同じなのかもしれない。

「『けんじゃ』か」

 俺が森に来るきっかけとなった本『森のけんじゃのたんけんきろく』。
 それの著者『けんじゃ』が造ったということなのだろうか。

「たしかにそれだったら……」
「納得できるの」
「そうなるわね」

 俺が(こぼ)した言葉には、みんな同意の様子。
 ならばとスフィルに尋ねてみる。

「これを拾った場所、わかるか?」
「……いえ」

 だが、スフィルは申し訳なさそうな顔を浮かべる。

「すみません、正確な場所までは覚えていなくて」
「そっか」

 それもそうだ。
 もう何百年も前の話なわけだし。

 だけど、また彼女が口を開く。
 ドラノアだ。

「それなら一人、頼れる子がいるかもしれないわ」
「……!」

 なんだなんだ、今日のドラノアは一味違うぞ。
 あのドラノアが頼もしく見える。

「誰だ?」
「ダークエルフのテトラよ」
「テトラさんが?」

 こうして、俺たちはテトラさんを尋ねることに。
 だが、まさかこの会話が、(のち)に街づくりに大きく発展するきっかけになろうとは、この時は思いもしなかった。