「一緒に支えて!」

 空中から伝えた言葉で、みんなが一か所に集まり、降り立つドラゴンを支える。
 俺の『重力魔法』もあって、ドラゴンはゆっくりと地上に横たわった。

「グ、オォ……」

 ドラゴンは、体をぴくぴくさせている。
 しばらくは起き上がれない様子だ。

 そんな姿を前に、エルフィオさんが言葉をもらした。

「す、すごいわね色々と……。一体、何をしたのかしらエアルちゃん」
「さあ、なんでしょうか……」

 俺も少々やりすぎたかもと思っている。
 いかがわしい意味ではない、決して。

「とりあえずはおとなしくはなったので」
「え、ええ。そうね……」

 俺は強引に話を終わらせた。

「それにしても……」

 ドラゴンがおとなしくなったところで、俺は辺りを見渡した。
 不思議な光景が広がっているからだ。

 しゅううう……。

 ドラゴンが放った炎によって、先ほどは何本かの木々が燃えていた。
 だけど、周りの木々に燃え移ると同時に、その炎は勢いを弱める(・・・)
 そうして、燃えていた木の炎も浄化されていく。

 俺たちは何もしていない。
 なのに、それが当然の自浄作用であるかのように炎が消えていくんだ。
 燃えていた跡が残るが、それも濃い魔力によってどんどんと薄くなっていく。

 これは濃い魔力のバリアによるもの。
 原理は分かっていても、中々理解が及ばない。

 そんな神秘的で不思議な光景だ。

「不思議よね」
「……はい」

 何百年もこの森に()むエルフィオさんがこういうんだ。
 この森の不思議さは、ちょっとやそっとで計れるものではないのだろう。

 そんな中、俺たちの前で頭を下げる人が。

「ごめんなさい、エルフィオ。皆さん……」

 テトラさんだ。
 ドラゴンが落ち着いてしまった今、彼女の味方はいなくなってしまった。

「テトラ、こっちにきなさい」
「はい……」

 エルフィオさんが彼女を招く。
 観念したのか、テトラさんは(うつむ)きながらにすーっと近づいた。

 そうしてエルフィオさんは──

「辛かったね。ごめんね」
「エルフィオ……!」

 優しくテトラさんを抱き寄せた。
 予想外の行動にテトラさんはジタバタし始める。

「ちょ、ちょっと!」
「いいから。おとなしくしてなさい」
「……」

 だけど、エルフィオさんの何も言わさぬような抱擁(ほうよう)
 それはエルフの里長であり、テトラさんの双子の姉として、全てを包み込むような優しい抱擁(ほうよう)だった。

 対して、テトラさんは弱々しく口を開く。

「うち、許されるって言うの……?」
「許されるも何も、あなたはただドラゴンを助けた。それだけじゃない」
「……エルフィオぉ」

 テトラさんは、エルフィオさんの肩で涙を(こぼ)した。
 
 エルフの里のリーダーはエルフィオさんだ。
 彼女が何も罰せないのであれば、周りがとやかく言うことは何もない。

 そうして、エルフィオさんはテトラさんの頭に手を乗せたまま、こちらを振り向く。

「そういうことなんだけど、分かってくれる? スフィルちゃん」
「はい。わたしも、同じエルフの仲間として放ってはおけません」
「二人とも……」

 スフィルも同じだったみたいだ。

「うんうん」

 良かった、丸く収まったみたいだな。
 一件落着というやつか。

 すぐに馴染(なじ)むのは難しいかもしれない。
 でも、この二人が中枢にいる限り、里でのテトラさんの安全は守られるだろう。
 慎重にすべき問題だとしても、悪い様にはならないと思う。

 また今度、里に会いに行こう。

 ──と、そんな中、

「!」

 俺はバッと後ろを振り返る。
 何やら魔力を察知したような気がしたんだ。
 なんとなく、それほど大きくない小動物のように感じたが……

「エアル。どうかしたの?」
「いや、なんでも……」
 
 だけど、俺以外は気づかなかったらしい。
 やはり気のせいだったか?

 俺がぼーっとする中、エルフィオさんが口を開く。

「それで、どうしようかしらねぇ。このドラゴン」
「あー」

 そうだった。
 テトラさんの件は解決したが、こちらも対処しないといけない。
 このまま放置というわけにもいかないし。

「「「うーん……」

 みんなで頭を悩ませていると、ふと声が聞こえてくる。

「あたしに、魔力をくれないか……?」
「しゃべったー!?」

 今のは間違いなくドラゴンからだ。
 この森に棲むものはみんなそうだし、今更と言われればそうなんだが。
 急なことなのでびっくりしてしまった。

 俺はハッとしてドラゴンに尋ねる。

「ていうか、魔力って……?」

 しかし、それには周りが先に答えた。

「いやいやエアルちゃん。君以外にいないでしょ」
「我もそう思うぞ」
「私も。というかそれ以前に、魔力を分け与えるなんて所業(しょぎょう)、他の誰にも出来ないから」

 エルフィオさん、フクマロ、ついでにフクマロからぴょんと出てきたシャーリーまで。
 みんなが俺をじーっと見つめる。

 まあ、そうだとは思っていた。

「でも、どうして急に?」
「あたしは暴走してしまっていたのでしょ? それをおそらく、あなたたちが鎮(しず)めてくれた。本当に感謝するわ」
「いえ、そんな」
「そして……」

 ドラゴンはその大きな瞳で俺ををじっと見つめた。

「その魔力が大きく起因したんだわ。その魔力であたしは正気を取り戻したの』
「そ、そりゃどうも」

 効いたのだろうなー、とは思ったけど本当にそうだったか。

 というか「あたし」って、女性だったんだな。
 ドラゴンに性別があるのかも分からないけど。

 まあとにかく、そういうことなら。

「ちょっと失礼」
「……!」

 ドラゴンに手を付き、俺は魔力を流し始める。

「どう?」
「これよ、この魔力よ……!」

 途端にドラゴンの声が(はず)む。
 ドラゴンの持つ魔力量からしたら、ほんの微量なのだろうけど、量というより“俺の魔力”を(たの)しんでいるよう。

 そしてしばらくすると、

「もう大丈夫よ!」
「うわっ!」

 バサっと翼を動かし始める。
 飛行態勢に入ったようだ。

「これならあたしは!」
「待って! どこにいくんだ!」
「安息の地よ」

 そうして、ドラゴンは俺たちに一礼した。

「本当に助かったわ。暴走したあたしを止められるなんて、大したものね」
「あ!」
「もう騒ぎは起こさないから。その魔力に(ちか)ってね! じゃ!」

 こうして、ドラゴンは飛び立っていった──。







 そして、現在。

「飛び立っていったんじゃなかったのかよ」

 なぜか少女の姿で現れたドラゴンの『ドラノア』。
 激しい彼女を一旦落ち着かせてから、話を続けていた。

「あれは、魔力を供給しにいったのよ! この姿にもなりたかったからね!」
「その姿って、人間を真似ているの?」
「そうね!」

 元気に返事したドラノアだが、すぐに首を傾げる。

「あんまり(おぼ)えてないけど、昔こんな姿をした奴と戦った記憶があるのよ。たしかその時に真似たのね!」
「え、それって……」

 その言葉でピンとくるものがある。
 俺がこの森にくるきっかけの本『森のけんじゃのたんけんきろく』の、“けんじゃ”じゃないのか?

「もうちょい詳しく!」
「えー、もう細かい事は忘れちゃったわ!」
「そ、そうなのか……」

 若干落胆してしまうが、また思い出すこともあるかもしれない。
 とりあえず今はドラノアの事が先決だ。

「じゃあそれはいいとして、どうしてここに?」
「どうしてって、決まってるじゃない」
「ん?」

 だが、そのニヤっとしたドラノアの顔に嫌な予感がした。
 そんな予感を裏切ることなく、さも当然かのようにドラノアは言い放つ。

「あたしは今日からここに住むわ!」
「「「ええええ!?」」」

 実に本日二度目。
 みんなの(きょう)(がく)する声が辺りに(ひび)き渡った。