「リラクゼーションだ!」

 俺が上げた言葉に聞き馴染みがなかったのか、ハイエルフの二人は首を傾げた。

「リラ……なんですって?」
「何かは分かりませんが、お願いします!」

 それでも二人は協力態勢を取った。 
 信頼してくれてとても助かる。

「おう!」

 リラクゼーションとは、心身の緊張をほぐすこと。
 またリラックスさせること(ルシペディアより)。

 前世の社畜時代は大変お世話になったよ。
 それはもう、癒し効果のあるものを自分で色々調べたりもしたほどに。

「ギャオオオォォ!!」

 そして、目の前にはストレスを爆発させているドラゴンさん。
 まるで限界ギリギリの俺のようだ。

「待ってろよ」

 前世でリラクゼーションサロンに通い詰めた男の、気持ち良いリラクゼーションをお見舞いしてやるよ!

「エルフィオさん、スフィル! なんとか反感(ヘイト)を買って時間を稼いでくれないか!」

「やってみます!」
「そんなに長くは無理よ!」

 ハイエルフの二人にお願いをして、俺は作戦を実行していく。

 まず、リラクゼーションに大切なのは“雰囲気作り”。

 ちょうど木々が丸くくり抜かれた、エルフの里のようなこの空間。
 芳香(ほうこう)が循環するには最適だろう。

 ならば──『アロマテラピー』だ!
 
 アロマテラピーとは、その名の通り、アロマ(芳香)でストレスを精神的に癒すテラピー(療法)のこと。
 ドラゴンの好みは知らないが、一つ確実なものがある!

 俺の(かぐわ)しい(らしい)魔力だ!

 これを使い、俺は異種族をメロメロ(?)にしてきた。
 ならばドラゴンにも効くはず。
 てか、効いてくれ!

「ここ……そこ。あとはこの辺にも!」

 周りの草木に俺の魔力を存分に付与していき、この空間全体に俺の魔力の香りが(ただよ)うようにする。
 収納魔法から取り出した、柑橘(かんきつ)系の果実の香りなんかもトッピングしたりしてね。

 仕上げに俺の魔力を全解放!

 するとどうなるか。
 天然のアロマオイル空間の完成だ!

 俺の読み通り、作業の効果は早速表れ始める。

「エアル!」
「エアルちゃん!」

 だがそれは──

「「「良い匂い!」」」

 主にこっちサイドにめちゃくちゃ効いてしまった。
 ダメだ、みんな目がとろけてしまっている!

「みんな! しっかりしろ!」
「「「はっ!」」」

 くそっ、ドラゴンを抑えるためとはいえ、このままでは長くは持たない(主にこちらサイドの理性が)。

 とにもかくにも、第一段階はこれで終了。

 ドラゴンへの効果は──

「ギャオオオオォォォ!!」

 まだ実感できない。
 それでも、段々とこの空間に俺の魔力の香りが行き渡るにつれて、効果も増していくはず。

 ならば、次の段階に移行しよう。

 リラクゼーションとは、心()の癒し。 

 まずは天然のアロマオイルを使い、心地よい空間を作った。
 けどそれは、準備段階に過ぎない。

 では、この心地よい空間の中で何をするか。

 決まってる、『マッサージ』だ!

「ありがとう二人とも! 代わるよ!」

「お願いします! エアルさん!」
「気を付けなさいよ!」

「はい!」
 
 粘ってくれたハイエルフ二人に感謝しながら、場所を交代(スイッチ)
 俺が単独で前に出た。

「ギャオオオオーーー!!」
「おー、おー」

 お客さん、完全に怒り狂ってますね。
 そんなに怒っても良い事ありませんよ。

 それはそうと、そんな大きな翼をお持ちで。

「大変肩が()りそうですねっと!」

 迫り来るドラゴンの突進を(かわ)し、ドラゴンの翼を掴む。
 だが、そのまま上空へと昇っていくドラゴン。

「なんて風圧……!」

 俺はなんとかしがみつく。
 そうして、ようやくドラゴンの態勢が平行になったところで、俺はほふく前進で場所を移す。

 手を付いたのは、翼が生えている部位だ。
 人間でいう『肩甲(けんこう)骨』みたいなところかな。

「それでは、肩から()みほぐしていきましょうか!」

 普通に揉んでも当然効果はない。
 ならばと、俺は魔力で巨大な手を形作って思いっきり圧をかける。

 ぎゅむっ、ぎゅむっ。

「これは相当に()ってますね!」

 いつの間にやら、行きつけだったマッサージ店の口調が移ってしまっている。
 まあ、気分も乗るのでここままいこう。

 するとどうだろう。

「ギャ、オオ……」
「おっ!」

 ちょっと効いてるか?

 それに、今になって周りに俺の魔力を感じる。
 さきほど準備したものだな。
 ようやく地上からこの高さまで(ただよ)ってきたみたいだ。

 ──となれば!

「さあ、どんどんいきますよ!」

 肩、背中、腰、ふくらはぎ!
 調子に乗って、俺は移動をしながらどんどんと揉みほぐしていく。
 
 ドラゴンを揉みほぐす魔力で作った手には、当然俺の香しい魔力も存分に込めている。
 実質『オイルマッサージ』だね!

 リンパもしっかり流されているだろう!
 果たしてドラゴンにあるのか知らないけど!

 (うろこ)が硬すぎるので、触覚での効果は実感できないが……
 
「ア……アァ!」

 声は完全に効いている!
 効いている時は、こんなちょっとイケないような声が出るものだ。

「よーし、仕上げ!」

 ドラゴンからパッと離れた俺は、両手を前に最大限の魔力を溜める。
 テトラさんを吹き飛ばした空気砲のようなものより、ずっと強力な魔力の砲弾だ。
 
 それを、今までマッサージした箇所にしっかりと照準を合わせ、

「はあああッ!」

 一気に放つ!

「……! アッ! アァッ!」

 全弾着弾と同時に、ドラゴンは体をくねらせ、エビぞりのような姿勢で一瞬硬直。
 そのまま地面へとゆっくりと落ちていく。

 俺は大声で地上のみんなに呼び掛けた。

「一緒に支えて!」

「はい!」
「分かったわ!」
「うむ!」



 そうして体を支えられながら、ドラゴンはゆっくりと地上へと降り立った。







 昼下がり、俺たちの住処(すみか)

「ふう、一時はどうなるかと思ったなあ」

 ドラゴンを(しず)めたのは、もう一昨日の出来事。
 俺はいつものように、コテージの外で魔法の研究に励む。

 こうしてまたドラゴンの事を考えているのも、それほどあの出来事が衝撃的だったからだ。

「あれから結局、どうなったんだろうなあ」

 まあ、そんなこと考えてもしょうがな──

「!?」

 って、なんだ!?

 体が思わずびくんと一瞬浮き上がるほどに反応したのは、巨大な魔力の塊を感知したから。

 このフェンリルの時の様なデジャヴを感じるような感覚。
 だが、フクマロと会った時とは比べ物にならないほどに強力な魔力。

「しかも、こっちに向かってくる!?」

 声を上げたのも束の間──

「とおっ!」
「なああ!?」

 轟音(ごうおん)を立てながら、目の前に隕石のようなものが落ちてきた。
 落下地点からは煙が上がり、様子がよく見えない。

 そして数秒後、

「あはっ!」
「!?」

 煙の中から少女のような声が聞こえる。
 段々と煙が晴れ、中から何者かが姿を現す。

「ふっふーん」

 それは、なんとも可愛げな女の子だった。

 幼めの顔立ち。
 赤みがかった黒髪のロングツインテールと、燃えるような紅眼(こうがん)が特徴的だ。

 身長は違和感のない小さめで、胸も少し控えめ。
 腹だしの服にショートパンツという、開放的な服装なのでスタイルがよく分かる。

 さらに、周りが急いで駆けつける。
 
「ちょっと! 今の音は!?」
「何かあったのか!」

 シャーリーとフクマロだ。
 あんな爆弾みたいな音がすれば当然だろう。

 だが、そんなことも気にせずに女の子は続けた。

「あんたがエアルね! 会いに来てやったわよ!」
「え? 俺に?」
 
 どういうことだ、こんな子全く知らないぞ。
 そんな言葉に反応を示したのはシャーリー。

「エアル、誰この子。知り合い?」
「さ、さあ……」

 そこに謎の少女が口を挟む。

「ひどい! あんなことまでされたのに! 思い出すだけでも……きゃー」
「は、はあ!?」

 しかも、なんとも誤解されそうな言い方だ。
 あ、まずい。
 シャーリーの顔がどんどんと怖くなっていく。

「ほう……? エアル、これは詳しく話を聞く必要がありそうね」
「シャーリー! ちょっと待ってってば!」

 拳をパキポキ鳴らすシャーリーを必死に抑える。
 何が何だか分からず、俺は謎の少女に問いかける。

「というか! 君は本当に誰なんだよ!」
「もう! 本当に分からないの? しょうがないわね!」

 そうして開き直った謎の少女。
 両手を横に、高らかな声と共に魔力を解放した。

「はッ!」
「……!?」

 その迫力で確信する。
 こんなドでかい力、思い当たるのは一匹しかいない。

「き、君はまさか……」
「そうよ! やっと分かったのね!」

 そして、少女はこちらにビシっと指を差しながら声を上げた。

「あたしはドラゴン! ドラゴンの『ドラノア』よ!」

「「「ええええーーー!?」」」

「ふふーん。驚いたでしょ!」

 突如として降ってきた、謎の少女。
 その正体はなんとドラゴンだった。

「まじ、かよ……」

 そんなドラゴンの再来に混乱した俺は、状況を整理するかのように、ふと彼女を(しず)めた時の事を思い返した──。