「ドラゴン……!!」
その猛々しい姿を前に、こちらサイドはもれなく全員固まった。
威圧というより、視線が釘付けになっているのだ。
その生命に。
その神秘に。
その迫力に。
だけどそんな中、一人だけ違う場所に目を向けている者が。
──エルフの里長、エルフィオさんだ。
「やっぱりあなただったのね」
彼女が目を向けているのは、ドラゴンの隣にいる女性。
そこへ歩きながら近づくエルフィオさんは、犯人が分かっていたように彼女の名前を呼ぶ。
「テトラ」
「エルフィオ……!」
眠るドラゴンにそっと手を触れている女性。
どうやら彼女は『テトラ』というそうだ。
金髪に横に長い耳。
エルフと似た特徴を持つものの、肌が褐色|《かっしょく》であり、瞳も黒い。
その二点だけは今まで見たエルフと違っていた。
俺もエルフィオさんに寄り、声をかける。
「エルフィオさんは、知り合いなんですね」
「ええ、黙っててごめんなさいね。ドラゴンには驚きだけど、あの子が手を引いている事はなんとなく分かっていた」
「……いえ」
少しショックそうな表情を浮かべるエルフィオさん。
分かっていたとは言いつつ、実際にそうだと知って悲しんでいるかのようだ。
それでも俺は尋ねた。
「あの人は……?」
「『ダークエルフ』のテトラ。あの里で私と同じタイミングで生まれた、私にとっては双子の妹みたいなものよ」
「ダークエルフ……」
その定義は分からない。
だが、肌や黒い瞳の見た目からそう判断できるのはたしかだ。
そうして、今度は向こうのテトラさんから口を開く。
「エルフィオ、あんたがうちを追ってくるなんてね」
「このエアルちゃんのおかげではあるけど、神秘の樹の魔力が奪われているんだもの。当然よ」
「そうだね。あんたはうちとは違って、立派な里長だもんね」
「……」
エルフィオさんとテトラさん、傍から見ていてもギスギスしているのが分かる。
双子の妹ということは、同時に『神秘の光』から生まれたのだろう。
「エルフィオさん。テトラさんとの間に一体何が」
「そうね──」
エルフィオさんは、テトラさんとのことを話してくれる。
もう何百年も前のこと。
それまでは普通のエルフであったテトラさん。
しかし、ある日突然ダークエルフと化してしまった。
それが原因で、かつての里の者に迫害されてしまったそうだ。
そんな当時は、エルフィオさんも生まれて数年。
里での権力は持ってなかった頃の話だそう。
「簡単に言えばそんな感じね」
「そうでしたか……」
穏やかに見えたエルフの里。
あの場所で、かつてはそんなことがあったことに驚きだ。
もしかすると、今のエルフの里は、エルフィオさんが里長として変えていった結果なのかもしれない。
そうして、エルフィオさんはテトラさんに向き直る。
「テトラ。そのドラゴンに魔力を供給しているのは分かってる」
「……」
「それを返せとは言わないわ。でも、これ以上は里も困るの。どうか回路を切ってほしい、この通り」
「……!」
エルフィオさんは、今までの態度とは一変。
テトラさんに深く頭を下げたのだ。
彼女にとって里を守ることに比べれば、頭を下げることなんて何でもないのかもしれない。
本当によく出来た里長だ。
「それに、分かっているでしょう? ドラゴンがどんな存在なのか」
「……」
そのままエルフィオさんは続ける。
「かつて、ドラゴンはその炎で森を荒らし回った。濃厚な魔力で守られているはずの森の木が、強力すぎるドラゴンの火の威力が上回って散々燃えたの。それが唯一、この森に残る火事災害の言い伝えよ」
この森の木々が燃えた!?
それほどに、ドラゴンは強力な存在だということなのか。
「だからどうか分かってほしい。テトラ、あなたももう一度──」
「里に戻れって言うの!?」
「!」
しかし、そこでテトラさんが声を上げた。
「うちをあんなに迫害したのに! 今更どう戻るって──」
「あの世代のエルフはもう誰も残っていない。あなたを支えてあげられなかったのは……ごめんなさい」
やはりテトラさんにも思いがあるようだ。
彼女はふっと悲し気な笑みを浮かべて続ける。
「いいのよ、謝らなくて。出て行ったのはうちだから」
「テトラ……」
「けど、里には戻らない」
「……! ……そう」
これ以上強く言えなくなったのか、エルフィオさんが引き下がる。
だが、一言だけ付け加えた。
「……それならせめて、ドラゴンには近づかないで」
これはテトラさんが心配が故の、姉としての言葉だ。
それでも──
「嫌だよ」
テトラさんは離れない。
彼女は、さらにドラゴンに身を寄せながら言葉を紡ぐ。
「この子は、行く場所がなかったうちに話しかけてくれた。目を覚ましてはいないけど、心の声でうちに語り掛けてくれたんだ」
「テトラ、そんなことは──」
「あるんだよ」
そっとドラゴンの頭を撫でるテトラさん。
「これはうちだけが聞いた声。里を出てからうちが無事だったのも、ここで一緒に過ごしていたからだよ。うちはこの子を復活させて遠い所で暮らしていくの」
「テトラ……」
聞いている限り、予想以上に深いものがあるのかもしれない。
赤の他人である俺が、中々口を出せるものでもないと思う。
でも、ドラゴンには今も魔力が供給され続けている。
その魔力は『神秘の樹』によるものだ
ずっとこの状態が続けば、どちらかが不幸になる。
どうすれば──って!
「これはまさか……!」
そこで気づいたものに、俺は思わず声を上げる。
「エアル?」
「エアルちゃん?」
「どうしたと言うのだ」
あまりの勢いだったのか、みんなが一斉に反応する。
「ちょっと待って!」
だが、俺は耳を傾けない。
持てる全てを持って探知に神経を注いだのだ。
「……ッ!」
そして感じる。
人間が魔力を巡らすように。
植物が水を巡らすように。
ドラゴンの魔力が、激しく流動している……!
まずい!
これは──!
「ドラゴンが、ドラゴンが起きるぞ!」
「え!」
「なんだと!?」
俺の声に反応して、全員が驚く。
みなの視線は一心にドラゴンへ向けられた。
だが、どうしていいかは分からない。
もし本当に目覚めるのなら、この超常的存在に何かできるとも思えない。
そんなことが頭を過る中──
「ギャオオオオオオォォォ……!!」
ドラゴンが巨大な産声を上げた。
その猛々しい姿を前に、こちらサイドはもれなく全員固まった。
威圧というより、視線が釘付けになっているのだ。
その生命に。
その神秘に。
その迫力に。
だけどそんな中、一人だけ違う場所に目を向けている者が。
──エルフの里長、エルフィオさんだ。
「やっぱりあなただったのね」
彼女が目を向けているのは、ドラゴンの隣にいる女性。
そこへ歩きながら近づくエルフィオさんは、犯人が分かっていたように彼女の名前を呼ぶ。
「テトラ」
「エルフィオ……!」
眠るドラゴンにそっと手を触れている女性。
どうやら彼女は『テトラ』というそうだ。
金髪に横に長い耳。
エルフと似た特徴を持つものの、肌が褐色|《かっしょく》であり、瞳も黒い。
その二点だけは今まで見たエルフと違っていた。
俺もエルフィオさんに寄り、声をかける。
「エルフィオさんは、知り合いなんですね」
「ええ、黙っててごめんなさいね。ドラゴンには驚きだけど、あの子が手を引いている事はなんとなく分かっていた」
「……いえ」
少しショックそうな表情を浮かべるエルフィオさん。
分かっていたとは言いつつ、実際にそうだと知って悲しんでいるかのようだ。
それでも俺は尋ねた。
「あの人は……?」
「『ダークエルフ』のテトラ。あの里で私と同じタイミングで生まれた、私にとっては双子の妹みたいなものよ」
「ダークエルフ……」
その定義は分からない。
だが、肌や黒い瞳の見た目からそう判断できるのはたしかだ。
そうして、今度は向こうのテトラさんから口を開く。
「エルフィオ、あんたがうちを追ってくるなんてね」
「このエアルちゃんのおかげではあるけど、神秘の樹の魔力が奪われているんだもの。当然よ」
「そうだね。あんたはうちとは違って、立派な里長だもんね」
「……」
エルフィオさんとテトラさん、傍から見ていてもギスギスしているのが分かる。
双子の妹ということは、同時に『神秘の光』から生まれたのだろう。
「エルフィオさん。テトラさんとの間に一体何が」
「そうね──」
エルフィオさんは、テトラさんとのことを話してくれる。
もう何百年も前のこと。
それまでは普通のエルフであったテトラさん。
しかし、ある日突然ダークエルフと化してしまった。
それが原因で、かつての里の者に迫害されてしまったそうだ。
そんな当時は、エルフィオさんも生まれて数年。
里での権力は持ってなかった頃の話だそう。
「簡単に言えばそんな感じね」
「そうでしたか……」
穏やかに見えたエルフの里。
あの場所で、かつてはそんなことがあったことに驚きだ。
もしかすると、今のエルフの里は、エルフィオさんが里長として変えていった結果なのかもしれない。
そうして、エルフィオさんはテトラさんに向き直る。
「テトラ。そのドラゴンに魔力を供給しているのは分かってる」
「……」
「それを返せとは言わないわ。でも、これ以上は里も困るの。どうか回路を切ってほしい、この通り」
「……!」
エルフィオさんは、今までの態度とは一変。
テトラさんに深く頭を下げたのだ。
彼女にとって里を守ることに比べれば、頭を下げることなんて何でもないのかもしれない。
本当によく出来た里長だ。
「それに、分かっているでしょう? ドラゴンがどんな存在なのか」
「……」
そのままエルフィオさんは続ける。
「かつて、ドラゴンはその炎で森を荒らし回った。濃厚な魔力で守られているはずの森の木が、強力すぎるドラゴンの火の威力が上回って散々燃えたの。それが唯一、この森に残る火事災害の言い伝えよ」
この森の木々が燃えた!?
それほどに、ドラゴンは強力な存在だということなのか。
「だからどうか分かってほしい。テトラ、あなたももう一度──」
「里に戻れって言うの!?」
「!」
しかし、そこでテトラさんが声を上げた。
「うちをあんなに迫害したのに! 今更どう戻るって──」
「あの世代のエルフはもう誰も残っていない。あなたを支えてあげられなかったのは……ごめんなさい」
やはりテトラさんにも思いがあるようだ。
彼女はふっと悲し気な笑みを浮かべて続ける。
「いいのよ、謝らなくて。出て行ったのはうちだから」
「テトラ……」
「けど、里には戻らない」
「……! ……そう」
これ以上強く言えなくなったのか、エルフィオさんが引き下がる。
だが、一言だけ付け加えた。
「……それならせめて、ドラゴンには近づかないで」
これはテトラさんが心配が故の、姉としての言葉だ。
それでも──
「嫌だよ」
テトラさんは離れない。
彼女は、さらにドラゴンに身を寄せながら言葉を紡ぐ。
「この子は、行く場所がなかったうちに話しかけてくれた。目を覚ましてはいないけど、心の声でうちに語り掛けてくれたんだ」
「テトラ、そんなことは──」
「あるんだよ」
そっとドラゴンの頭を撫でるテトラさん。
「これはうちだけが聞いた声。里を出てからうちが無事だったのも、ここで一緒に過ごしていたからだよ。うちはこの子を復活させて遠い所で暮らしていくの」
「テトラ……」
聞いている限り、予想以上に深いものがあるのかもしれない。
赤の他人である俺が、中々口を出せるものでもないと思う。
でも、ドラゴンには今も魔力が供給され続けている。
その魔力は『神秘の樹』によるものだ
ずっとこの状態が続けば、どちらかが不幸になる。
どうすれば──って!
「これはまさか……!」
そこで気づいたものに、俺は思わず声を上げる。
「エアル?」
「エアルちゃん?」
「どうしたと言うのだ」
あまりの勢いだったのか、みんなが一斉に反応する。
「ちょっと待って!」
だが、俺は耳を傾けない。
持てる全てを持って探知に神経を注いだのだ。
「……ッ!」
そして感じる。
人間が魔力を巡らすように。
植物が水を巡らすように。
ドラゴンの魔力が、激しく流動している……!
まずい!
これは──!
「ドラゴンが、ドラゴンが起きるぞ!」
「え!」
「なんだと!?」
俺の声に反応して、全員が驚く。
みなの視線は一心にドラゴンへ向けられた。
だが、どうしていいかは分からない。
もし本当に目覚めるのなら、この超常的存在に何かできるとも思えない。
そんなことが頭を過る中──
「ギャオオオオオオォォォ……!!」
ドラゴンが巨大な産声を上げた。