「魔力を奪われているですって!?」

 伝えた事実に、エルフィオさんが声を上げた。
 俺は補足するように続ける。

「はい。食物を恵む光、それに集まるはずの魔力がごっそり。バレないよう全てを持って行ってるわけではないですが、かなりの量です」
「そう、なのね……」

 少し悲しそうな表情を見せるエルフィオさん。
 だが同時に、何かを考える素振りも見せた。

「……まさかね」
「何か心当たりが?」
「いいえ、なんでもないわ」

 隠したい何かがあるようだ。
 ここは深くツッコむことはよしておこう。
 
 そうして、この事態に同じく里に住むスフィルも声を上げる。

「どうしてそんなことを!」

 エルフィオさん同様に、ショックを受けたようだ。
 こうなってくると、単に奪われていることだけの問題ではないからな。

 『神秘の樹』から魔力を奪われているということは、相手はこの存在を知っている。
 その上で、里に(あだ)なす者かもしれない、ということだ。

 “認識されにくい”という精霊の力によって、守られてきたこのエルフの里。
 だが、相手が『神秘の樹』を知っているとなれば話は別だ。

 今回の件は”里の危機”とすら言える。
 それでも、エルフィオさんは前を向いた。

「エアルちゃん、その回路は辿れるかしら?」
「あ、はい」
「お願いしても?」
「……!」

 里長である彼女は、里を守る使命があるのだ。
 対して、俺はハッキリと返事をした。

「もちろんです!」
「ありがとう」

 この返事には、すでに「付いて行く」意志も込めている。

 ここまできたんだ。
 出来ることがあるなら全力で手伝いたい。
 
 となると、確認を取っておかなければ。

「二人は?」

 俺はシャーリーとフクマロの方に振り返る。

 この先は危険がある可能性がある。
 簡単に「行こう」とは言えない。

 ──だが、二人の意志もとっくに決まっていたようだ。

「私も行くわ。ここまで聞いて、私だけ帰るなんて言えない!」
「我もだ。エルフィオ殿にも世話になったことがある。ここは恩を返すとしよう」

 二人は強くうなずいた。

「ありがとう、二人とも」

「私からもありがとうございます!」
「ありがとう、フェンリルちゃん、シャーリーちゃん」

 となると、あとはモグりんだが……。

「私は──」
「あなたはお留守番ね」
「……はぁい」

 師匠であるエルフィオさんにそう告げられ、しょんぼりする。
 不思議な特性を持っているとは思っていたが、許可は下りなかったらしい。

 だけど、エルフィオさんはモグりんの頭をそっと()でる。

「だから里は頼んだわよ」
「……! はいです!」

 嬉しそうなモグりん。
 その小っちゃな手を、ビシッと頭に乗せる。
 可愛いやつだ。

 それから、エルフィオさんは里の方にも目を向ける。

「では、里の方からも援軍を──」
「いえ」

 だが、それは俺が止める。

「この先には何か危険があるかもしれません。それに、里に危機が迫っているとなれば、不安が広がって悪い方向に進む可能性があります」
「じゃあ──」
「この五人で行きましょう」
「それは……いえ、ありがとう。そう言ってくれると助かるわ」

 こうして、方向は定まった。
 いってらっしゃーいと手を振るモグりんを振り返りながら、俺たちは里を出発するのだった。





 

「近いですよ」
「「「……!」」」

 俺がそうつぶやくと、みんなが目を見開く。

 里を出発してしばらく。

 俺が地面に手を付き、魔力を探る。
 それから少し移動して、また魔力を探る。

 そんなやり方で進んで来た。
 地道な作業ではあるが、これ以外の方法がない。

「また探ります」
「お願い、エアルちゃん」

 『神秘の樹』の魔力を奪う回路は、かなり地中深くを通っているんだ。
 さらには、深さだけでなく、複雑で感知しにくい細工もしてある。
 俺の目は誤魔化(ごまか)せなかったみたいだけどな。

 そうして魔力を探ると、あることに気づく。

「……そこだ」

 回路の出口を発見したんだ。
 俺は出口方向に目を向ける。

「え、でも、エアル……」
「そうなんだよ」

 そこは、ただの茂み。
 今までとは景色が全く変わらない。

 だがそこで、ずいっとエルフィオさんが前に出た。

「そ。なら私の出番ね」
「え?」

 そうして何をするかと思えば、スフィルもしていた『祈りを(ささ)げる』ようなポーズ。
 精霊を呼び出している時の仕草だ。

「……!」

 途端に、エルフィオさんを神聖な光が包む。
 スフィルよりも遥かに大きな黄緑色の光だ。

 さすがエルフの里長だ。
 精霊を使役する力はスフィルよりも数段上なのだろう。

 ……でも実は、これで何をするのかは分かっていない。
 
「これは何をしてるんでしょうか」
「これはですね──」

 その興味を隣のスフィルにこそっとぶつけてみる。
 彼女もまた小声で説明してくれた。

「精霊は姿形を隠すのが得意です」
「そうらしいですね」
「それは()もまた(しか)り。精霊は、精霊で隠されたものを見つけるのもまた得意なのです」
「……あ~」

 『目には目を』ならぬ『精霊には精霊を』ってか。
 ということは、相手もまた精霊を使役するのだろうか。

 そんなことを考えていた時──

「見つけたわ」
 
 エルフィオさんが声を上げる。
 さらに、手を真っ直ぐに伸ばす。

「はっ!」
「……え!」

 その手から放たれたのは、エルフィオさんを包んでいた神聖な光。

 だが、驚くべきは放った()だ。
 何もなかったはずの茂みに、丸くぽっかりと空いた空間の裂け目のようなものが現れたのだ。

「ど、どうなってるんだ……」

 その奥には、今まで全く違った景色が広がっている。
 隠れ家のような場所だ。

「これが精霊の力か……」

 精霊の幻を見せる力。
 それを見破る力。

 すごいな。
 もう理論とかそういうものでは説明できないのかもしれない。
 好奇心は増す一方だが、結論に辿り着けるかは分からない。

 まあ、今はともかく!
 
「行きましょう」
「はい」

 エルフィオさんが先頭を切って穴に飛び込む。
 
 だが、俺たちの顔は(こわ)()っていた。
 全員きづいているのだろう。
 この先から感じる圧倒的な威圧感(・・・・・・・)に。

「……っ」

 フクマロよりも多いであろう莫大な魔力量。
 間違いなく、これが『神秘の樹』から魔力を吸い取っている正体だ。

 それが分かっている俺たち。
 ゆっくりと警戒するように、空間の裂け目へと足を踏み入れる。

 その先に待っていたのは──

「なっ!?」

 周りの景色を眺める前に、俺たちの視線を一挙に集めたであろうその存在。

「……」

 赤みがかった黒色の大きな体。
 飛ぶ際にはそれを支える大きな翼。
 加えて、その存在の特徴ともいえる長い尻尾。

 この姿、この威圧感。
 実際に見たのは初めてだが、一目で正体が分かった。

 エルフの里や俺たちの住処のように、開けた場所に眠っていたのは──

「ドラゴン……!!」

 まさに、力の象徴とも呼べる存在だった。