「あれが『神秘の樹』よ」

 エルフィオさんの声と共に、俺たちは一斉に顔を上げた。
 そこにあったのは──まさに信じられない光景。

「すっげえ……!」
「きれい……」
「なんと!」

 そのあまりの光景に、俺たちは思わず声を上げた。
 俺やシャーリーはともかく、この森に棲むフクマロですらこの反応なんだ。
 目の前のものがどれほど偉大ななのかが分かる。

「これはまさに……神秘だな」

 里長さんの家は地上三十メートルほどに位置する。
 その天窓から覗いても、なお見上げるほどの大きな大樹。

 ラノベ好きだった前世の俺なら、真っ先に『世界樹』もしくは『ユグドラシル』と呼んだだろう。
 それほどに神聖で、見る者の目を奪う様な圧倒的な存在感。

「……っ」

 ただでさえ巨大な、この森の木々。
 けど、それすらもちっぽけに見えるほどの大きさ・太さ。
 さらに所々には、大きな(ほたる)の光のようなものが点在している。

「上部はどうなっているんだ……」

 また、その壮大さをさらに主張するのは、上部に生い茂った葉の部分。
 あまりに巨大で、周囲の木々を上から(おお)うような大きさだ。
 そのため、この辺は少し暗くなっている。

 そして、神秘の樹の中腹部。
 ひときわ(たくま)しい枝に、吊り下がる大きな光が二つ。

「あれが……」
「ええ、『神秘の光』。左の光からは私たちエルフが、右の光からは恵みとなる食物が生まれるの」

 俺たちが視線を落としたと同時に、エルフィオさんが丁寧に教えてくれた。

 そうか、あれが『神秘の光』。
 心が落ち着くというか、何も考えられなくなるほどにうっとりと眺めてしまう光だ。
 
「近くで見てみる?」
「ぜひ!」

 エルフィオさんの提案には快く乗った。



 
「近くで見ると、より圧倒的だな……」

 エルフィオさんに付き、家の裏側の階段をのんびり降りていく。
 里から直接『神秘の樹』へ行くルートもあるらしいが、この階段で段々と近付いていく様もまた絶景だ。

「ますます信じられないよ」
「そうでしょう!」

 スフィルが得意げに答える。

 けど、見れば見るほどに心を奪われるこの大樹。
 俺には一つ、疑問が浮かんできた。

「こんなの、森の外からは全く見えなかったような……」

 思い出すのは、人間界から見た『魔の大森林』。
 たしかに何十メートルもする木々が立ち並ぶのは見えたが、こんな『神秘の樹』サイズの木は見えなかった。
 こんなに高さがあるなら、外からも見えていいはずだ。

 そんな疑問に口を開いたのは、エルフィオさん。

「そうだったわねぇ。あなたたちは森の外から来たのだものねぇ」 
「どういう意味ですか?」

 エルフィオさんは自分でも不思議そうに答える。

「この森は、不思議な魔力や色々な要因によって、外からは全貌(ぜんぼう)が見えないの。つまり、あなたたち人間が見ているのは幻想よ」
「……え?」
「つまり、あなたたちニンゲンが見ているのは幻想よ」
「……っ」

 出てきたのは衝撃の答え。
 エルフィオさんは、自身にも触れるようにしながら続ける。

「私たちと密接にかかわりのある精霊も、その一部を担っているわ。精霊は“認識されにくい性質”を持っているの。視覚的にも、感覚的にもね」
「……あ」

 そう言われて、思い当たることがある。
 温泉に浸かっているスフィルに気づかなかったことだ。

 俺は常に魔力探知を巡らせている。
 おかしいと思ったんだ。
 じゃあそれも、彼女に()く精霊の力で認識しにくかったということか。

「だからね」
「?」

 そうして、エルフィオさんは微笑みながら話をしめる。

「ニンゲンとは比較にならないほど生きている私でさえ、森の全容は全く分からない(・・・・・・・)
「……!」
「もしかしたら、こんな樹ですら話にならないような場所も存在するのかもしれない」
「し、神秘の樹ですら……?」

 エルフィオさんはふふっと不敵に笑う。

「あくまで可能性の話よ」
「そうですか……」

 ここにきて話が一気に壮大になり、頭が追いつかない。
 言っていることは理解できても、あまりの森の凄さにすんなり受け入れられないんだ。

 それに、人間とは比較にならないほどって、エルフィオさんは一体おいくつなのだろう。
 もちろんそれは聞けるはずもないが。

「……っ」

 この森の規模、エルフィオさんの寿命。
 俺は、今まで生きてきた人間界がいかにちっぽけだったを理解する。
 そう思わせられるほどの森の偉大さだ。

「って、あれ?」
「まだあるのかしら?」

 けど、今の話で一つ引っ掛かる点が。
 俺は思いっきり尋ねてみる。

「外から見た時は幻想に見えるって、どうしてエルフィオさんが?」
「……あら」

 やっちゃった、みたいな表情を浮かばせるエルフィオさん。
 次の言葉は、大人の笑みを含めながら発された。

「それは内緒ね」
「えっ」

 一瞬、(はかな)げにも見えたその表情。

 過去に何かあったのだろうか。
 とてもこれ以上は聞き返せる雰囲気じゃないけど。

 そうして、エルフィオさんは『神秘の樹』に目を向ける。

「じゃあそろそろ、見てもらえるかしら?」
「……あ、はい! そうですね!」

 森の話に夢中で目的を忘れてしまっていた。
 
 今の話で、この森が俺の想像できる範囲には収まらないことが分かった。
 だから続きを考えるのはまた今度。
 今は自分のやれることをやろう。

 そう思いながら、階段を降り切った。

「どこにいるのかしらね。あの人……」

 ボソっと聞こえてきたエルフィオさんの言葉には、触れないようにした。




「さて」

 調査を任せられた俺が、ひとり神秘の樹の根元まで来る。
 ここからは切り替えて集中しよう。

「うーん……」

 それにしても、この圧倒的な大樹を前にして俺が何が出来るのか。
 とりあえずは魔力の流れでも探ってみるか。

「……!」

 そうして『神秘の樹』に触れて、改めて圧倒的な存在に気づかされる。

 なんだよこれ……。

 今までとはまるで次元が違う。
 全体の魔力量なんて、もはや多すぎて計れたものじゃない。

「……っ」

 俺の魔力量は、平均的人間の約五倍。
 フクマロはさらにその五倍は持つ。

 そしてこの『神秘の樹』は、そのさらに五十倍以上……。
 限りなく少なく見積もった下限がその量だ。

「……ありえない」

 その事実から、俺は確信した。

 この樹から生まれる食物が危機?
 そんなはずがない。

 さっき見たところ、里のエルフは三十人程。
 いくら一斉に料理を始めたからと言って、そんなの些細(ささい)な問題でしかない。

「じゃあ、一体何が原因で……、──!」
 
 そうして魔力の流れを探り続ける内に、一つ明らかにおかしな回路を発見する。

 『神秘の樹』が周りから魔力を集めるのに対して、その流れに逆行するかのような回路。
 まるで、大樹の魔力を奪っている(・・・・・)ような異常な回路だ。

「……!」

 そして、奪われている魔力は食物が生まれるという光!
 これが原因か!

「……ふう」

 神秘の樹から手を離した瞬間、どっと疲れが出る。
 魔力を探るというのは、探る物の情報を一気に頭に流し込むのと同じこと。
 探るだけでこんなに疲れたのは初めてだ。

 だが今は、とにかく早く伝えなくては!

 俺はくるりと振り返り、離れたエルフィオさんたちに声を上げた。

「原因が分かりました」

「ほう」
「本当ですか!」

 エルフのお二方は驚いた様子。
 しかし、フクマロとシャーリーはむしろ二人は当然と言った感じ。

「ま、ルシオだし」
「さすがよの」

 信用厚くて照れ臭いな。

 そうして、近寄って来たエルフィオさんが尋ねてくる。

「それで、原因はなんだったの?」
「……はい」

 俺は真っ直ぐに見つめ返して口にした。

「神秘の樹の魔力が、魔力を奪われています」







<???視点>

「あともう少し」

 もう少しでこの子が……。
 うちはこの子の体に触れながら、そっと魔力を探る。

 うん、順調に流れてきてる。

 神秘の樹からは取りすぎちゃったな、とは思ってる。
 うちもお世話になった里だから。

 けど、

「みんなには悪いけど、うちは……!」

 ずっと守ってくれたこの子を、助けたいんだ。