「久しいわね、フェンリルちゃん」

 奥の方から、そんな妖艶(ようえん)な声が届く。
 フクマロもそれに返事をした。

「これは『エルフィオ』殿。久しぶりよの」

 お、本当に知り合いっぽい。
 ということが、この人がエルフの里長──エルフィオさんか。

「ふふっ」
 
 見た目はスフィルより大人びているが、全く衰えていない金髪のエルフ。
 ボンッキュッボンのスタイルは健在で、なんとも美しい女性だ。

 スフィルと違うのは、うっとりと相手を眺めるような目と、布から大きくはみ出した足を組む大胆な姿勢。
 例えるなら、男子高校生が妄想する保健室の先生といったところか。

 まさに“お姉さん”。
 まさに大人の魅力……!

 また、里で見かけたエルフには、スフィルのような半透明の羽は生えていなかった。
 でもエルフィオさんには生えている。

 もしかすると、ハイエルフには羽が生える(・・・・・・・・・・・・)のかもしれない。

 じっくり(バレないように)観察したところで、エルフィオさんが口を開く。

「それでスフィルちゃん。その方たちは」
「はい。フェンリルさんと一緒にいたニンゲンの方々です。特にこちらの方は魔力に精通していますので、何か分かるのではないかと」
「そ」

 大きな木椅子から立ち上がるエルフィオさん。
 何をするかと思えば、こちらにすーっと寄って来る。
 歩くというより、移動している感じ。

 若干地面から浮いている様にも見える。

 って、

「エ、エルフィオさん!?」
「ふふっ」
 
 すーっとどこまで近づくのかと思えば、美しい顔がどんどんと迫ってくる。
 止めないでいたら、すでに顔と顔が近い。

「ちょっと!?」

 リーシャが上げた声にも一切躊躇(ちゅうちょ)しないエルフィオさん。
 もうキスしちゃいそうなぐらいの距離だ。

 俺は思わず顔を逸らす。
 それと同時に、森を体現したようなふんわりとした香りが伝わり、少しドキドキする。

「ふーん。ふんふん。へえ」
「あ、あの……?」

 だけど、キスすることもなく(当然だけど)、エルフィオさんは俺をじーっくりと観察した後に離れた。
 そして不敵な笑みを浮かべたまま、こちらに尋ねてくる。

「あなた、名前は?」
「エアルです」
「ふーん、エアルちゃんね。良いもの(・・・・)を持ってるわね」
「へ?」

 何の話をしているんだ?

「少しで良いわ。解放(かいほう)してみてちょうだい」
「解放……あ」

 その言葉でなんとなくピンとくる。
 でも、そうなると一応聞いておかなければ。

「ですが、けっこう刺激的(・・・)かもしれませんよ?」
「良いわ」
「……では」

 俺は完璧に制御していた魔力を、少し表に出す。
 するとどうだろう。

「……っ!」
「エアルさん!」
「ぐぬっ!?」

 エルフィオさん、スフィル、フクマロが一斉に反応を示した。

 あ、まずいかも。
 そう思ったのと同時に、エルフィオさんが手を上げる。

「も、もう大丈夫よ!」
「はい」

 俺はすっと魔力の制御をした。
 今は漏れ出ていないはず。

「……ハァ、ハァ。中々に、刺激的ね」
「そ、それはどうも……」

 エルフィオさんが言った『良いもの』。
 解放という言葉(づか)いで納得がいった。
 彼女が言ったのは、俺の『良い匂いがする魔力』の話だったんだ。
 
 フクマロの時みたいになってはいけないと思い、俺は全力で魔力(それ)を隠していたんだ。
 だけど、エルフィオさんには「何かある」と見抜かれてたみたい。

「スフィルちゃんも……これにやられたのね」
「は、はい……」
「我もだ……」

 解放したのはほんの一秒ほど。
 それだけでも、森に()む三人は頭をくらっとさせ、俺の魔力の香りに浸っている様だった。
 フクマロなんかは目の焦点が合わず、段々白目をむいている感じだった。

 あのまま解放していったらどうなっていただろう、なんて冗談は置いといて。
 なんか、フクマロの時よりも効果が強くなってないか……?

 これからはより一層、気を付けていかなければ。

「すごいわ……」
「は、はい……」

 エルフィオさんは妙な表情を浮かべている。
 もう一度ほしいが、それを我慢しているような。

 これは喜んでいいものなのだろうか……?

 そんなやり取りの中で、エルフィオさんは切り替え、続いてリーシャに向き直った。
 この切り替えのよさは、さすが里長さんといったところだろう。

「あなたの名前は?」
「……私はリーシャです」
「そ、リーシャちゃん。可愛らしくてぴったりな名前ね」
「い、いえ……」

 エルフィオさんが俺に近づいてきた時には、声を上げたリーシャ。
 だが、どうやらエルフィオさんの雰囲気にのまれているよう。
 それほどに、何か神聖さと大人の魅力を思わせる雰囲気がある女性だ。

 そうして、エルフィオさんは俺たちを信頼するような目で見つめた。

「刺激的なこともあったけど、悪い人たちではなさそうね。ニンゲンを見たのは初めてだけど、安心したわ」
「そうですか……」
「では話をしましょう。そこに腰かけてちょうだい」

 それぞれ、その辺の椅子に腰かける。
 あ、ふかふか。

 また、エルフィオさんが後方に向かって声を上げた。

「あなたも出てらっしゃい」
「はい! 師匠(・・)!」
「……あ!」

 そうして出てきたのは──見覚えのあるリスちゃん。

「モグりん!」
「こんにちは! 二日と一時間ぶりですね!」

 野菜でお世話になったモグりんだった。
 相変わらずちょっと賢そうな言葉遣いだ。

「というか、あれ? 今エルフィオさんの事を……」
「そうです! 料理の師匠はこの方です!」
「なるほどなあ」

 エルフの里でやたら聞く『料理』という単語。
 もしやとは思っていたが、やはりそうだったか。

 モグりんが言っていた師匠とは、エルフィオさんのことだったらしい。
 里内で流行っているのも、何か関係があるのだろうか。

「ではお話を始めましょう!」

 お前が仕切るんかい……とは可愛くてツッコめず。
 そんなこんなで、会は開かれた。




 久しぶりの再会に少しわいわいし、皆が落ち着いてから話が始まる。
 最初に口を開いたのは、スフィル。

「実は、わたしがハイエルフになったのはつい最近のことなんです。そして、その要因を考えたのですが……」
「うん」
「わたしは里長に料理を習う上で、魔力操作が出来るようになったのです。モグりんが使うような力です」

 俺もリーシャも修行中の、野菜を変える操作の事だな。
 モグりんの師匠であるエルフィオさんは当然のことながら、スフィルも出来るらしい。

「普段、エルフは精霊の力を借りながら生活するのですが、そうではなく自らの力で魔力を操作しました」
「ふむふむ」
「すると、光が私を包んでハイエルフになったのです」
「そんなことが!?」

 聞いていた話が途中で斜め上にとんでいき、思わず声を上げてしまう。

 分からん。
 分からなすぎる、この森に生きる種族。

 そうして、スフィルは自身の羽に目を向けた。

「皆さんお気付きかもしれませんが、この半透明の羽。これがハイエルフの証拠なのです」
「やはりか」

 神聖で上位種を思わせる綺麗な羽。
 けどそれは、里中でもエルフィオさんとスフィルしか生えていないようだった。
 それは二人だけがハイエルフだったからのようだ。
 
 そうして俺は、ここにしにきた話へ戻す。

「それで、料理が大流行したと」
「そうなんです」
 
 あくまで魔力操作じゃなくて、料理なんだな。
 あえて他の里にツッコむことはしないが。

「それで食料危機になっていちゃ、しょうがないんだけどねぇ」

 そんな状況に、エルフィオさんも少し恥ずかしそうに答えた。
 料理についてもだが、やはり気になるのはもう一つの理由。

「あの、収穫量自体が減っているというのは?」
「ええ。私たちは『神秘の光』より恵まれる物を食料としているの」
「……それって、エルフが生まれるという光と同じものですか?」

 先ほど、スフィルに聞いたものだ。
 その光から生まれるのが、決まって女性の姿をしているって話だったな。

「そ。里の最奥には『神秘の樹』があるの。それは二つの神秘の光に分かれていて、エルフと食料はそれぞれ違う方から生まれるわ」
「でも、食料を恵んでくれる方の光からの供給が少なくなったと」
「ええ、理解が早くて助かるわ」

 エルフ自体を生み出す光に、エルフの食料を生み出す光。
 その両方を恵んでくれる『神秘の樹』とは、一体どれほどの魔力を持つんだ……。

「事情は分かりました。それでは、案内してもらうことは出来ますか」
「ええ、もちろん。ぜひ調査をお願いするわ」

 こうして話がまとまった俺たちは、『神秘の樹』へと案内してもらうことになった。