「あ、起きた」

 温泉で倒れていた女性が目を覚ました。

「……」
「えっ?」

 と思ったら、何やら(ほう)けたような表情で俺の事を見てくる。
 まだ意識が混濁(こんだく)しているのだろうか?

 それとも……あれ!?
 実は、意識があったとか!?

「……っ」

 そう考えると段々不安になってくる。
 そりゃ裸の状態で男に介抱されれば、心配もしたくなるというものだ。

 俺はバッと頭を下げた。

「ごめんっ! 何も言わずにここへ連れて来てしまって! 本当に、体はなるべく見ていないから!」

 誠心誠意あやまる。
 隣のシャーリーさんの目もまだ大変怖いし。

「……」
「うぐっ」
 
 シャーリーは俺の事をじっくりと見つめ、何も言わない。
 この人が寝ている間に説明をして、誤解は解いたはず。

 だが、まだこの目なのだ。
 いや、もしかして、まだ解けてないのか?

 なんて、シャーリーと無言のやり取りをしていると、金髪の女性が口を開いた。

「あの」
「……!」

 少し高めの、透き通ったような声だ。
 どことなく神聖さを感じさせる。

「……あなたが、わたしを助けてくれたのですか?」
「あ、うん。そうだよ」
「では、わたしを看病してくれたのも、あなたですか?」
「そうですね」

 助けるタイミングで女性に肩を貸した時、かなり体が火照っているのが分かった。
 そこで俺は、風魔法で体を乾かしつつ、魔力で彼女の体温を調整していたのだ。
 
 もちろん、やましいことはしておりません。
 隣で腕を組むシャーリーさんがしっかり見張っていたからね。

 手の甲を少しばかり触らせていただいて、調整していた。
 そんな器用な魔法の使い方は、俺にしか出来ないし。

「それでは……」
「?」
 
 女性は顔を赤くしながら、恥ずかしげに言い放った。
  
「どうか、もう一度わたしに魔力を!」
「……はい?」




 それから少し。

「なるほど。あの温泉はたまたま見つけて、興味本位で入ったと」
「その通りです……」

 女性はようやく冷静さを取り戻し、温泉に来た経緯を教えてくれた。
 なんでも、ちょうどこの辺に立ち寄っており、惹かれるがままに温泉に浸かったのだとか。

 裸だったのは、単純に服が濡れるからだそう。

「それで、この手はいつまで握っていれば?」
「まだです!」
「そ、そうですか」

 ちなみに、俺は現在進行形で彼女の手を握っている。
 先程言われた通り、魔力を送るためだ。

 けど、どう感じ取っても体温はバッチリ調整されている。
 これ以上魔力を送っても意味がない事は分かっているのだが──

「あ、まだダメです! まだわたしには魔力が必要なのです!」
「あ、はい」

 手を離そうとするとこれだ。

 そしてシャーリーは何故か機嫌が悪い。

「チッ」
「……」

 そんな状況にフクマロがボソっとつぶやいた。

『修羅場よのう』
「……何がだよ」

 そんな会話もしつつ、一応女性の手を握り続ける。
 って、そうだ、そろそろ彼女の話の続きを聞こう。

「それで、あなたは一体何者なのですか?」
「何者? 何者……そうですね。一言で言うと『エルフ』です」
「エルフ!?」

 彼女はニッコリとした笑顔で続ける。

「はい。それもエルフの中でも上位種の『ハイエルフ』です」
「ハイエルフ!? まじで!?」
「まじです」

 その笑顔がまた(まぶ)しい。

 でも内心、エルフ(そう)ではないかと期待していた。
 
 綺麗な長い金髪は、女の子座りをしていると先の方が床についている。
 立った時には、膝辺りまでありそうだ。

 真っ白な肌の笑顔はさらに美人さんで、特徴的な長い耳が斜め上に伸びている。
 おしゃれなのか、首にかけた輝くペンダントも相まって一層美しく見える。

 さらに、体調が優れた時から、薄く触れらない綺麗な羽が見え始めた。
 あれは魔力で出来ているのかな。

 そして、

「……」

 シャーリーが貸した服は、なんとも胸が窮屈(きゅうくつ)そうにしている。
 シャーリーも人並み以上のものを持っているが……それ以上とは。

 なにしろ、“あれ”だしなあ。
 白色のにごり湯なんかはまだ導入していないので、それはもう──

「エアル、何かやましいこと考えてないでしょうね?」
「いいえ、決して」

 っと、あぶないあぶない。
 シャーリーの言葉でサッと紳士の目に戻した。

 俺は再度ハイエルフの女性に尋ねてみる。

「お名前を聞いても?」
「はい。わたしは『スフィル』といいます。ぜひそのまま、スフィルとお呼びください
「じゃあスフィル。ここに来たのはどうして?」

 スフィルは少しうつむき、また視線を合わせて言葉にする。

「ここへは、食材を探しに来たのです」
「食材?」
「はい。ここから少し行ったところにわたしたちの里があるのですが、食料が足りなくなってきちゃいまして……」

 なるほど、食糧危機か。

「そこでお願いがあるんです」
「……!?」

 そうしてスフィルはぐっと顔を近づけてくる。

「先程から感じられるこの魔力、そして扱い方。エアルさんは魔力に精通しているのでは、と思うのです!」
「ま、まあ……」

 自分で言うのもだけど、知ってる方ではあると思うよ。

「だから、わたしたちの里にきてもらえませんか!」
「!」

 ふーむ、そういうことか。
 この森の食材は、特に魔力と関係が深いみたいだからな。
 
 けど、一つ問題が。

「あの、シャーリーさんは、どうでしょうか……」
「別に行ってあげてもいいけど」
「お!」

 お許しが出た!
 問題解決!

 まあ、なんだかんだでシャーリーも、困っている人は助けてしまう性格だからな。

 俺としてはもちろん『行く』の一択だったんだけどね。
 お胸(あれ)を見てしまっていて協力しないというのは、男としてどうかと思うしな。

 そうと決まれば、いくつか聞いておくことがある。

「食糧危機の原因は分かっているの?」
「そ、それが……」
「?」

 スフィルは、少し丸めた手を口元に当てて、恥ずかしそうに話した。

「わたしたちの里では、料理が大流行してまして……」
「料理!?」
「はい。経緯は説明すると長くなりますが、明らかに使う量は増えているかと」

 なんじゃそりゃ。
 てっきり、魔力の回路が壊れて大量にダメになったとか、そういう話かと思ったが……。

「あの、それが原因なのではなくて?」
「ち、違うんです! それもある……とは思いますが、明らかに収穫量自体も減ってるんです」
「そうなのか」

 なるほど、そうだよな。

「わかった。とりあえず里にお邪魔させてもらうよ」
「……!」
「それと──」

 俺はちらっとフクマロの方を確認すると、迷わずうなずいてくれた。

「一旦、ここの食糧も分けるよ。収納できる魔法を持ってるから、どうぞお好きに選んで」
「そんな、あ、ありがとうございます!」

 もちろん単なる厚意でもあるのだが、こういう時は持ちつ持たれつ。
 ご近所さん(この森基準)でもあるみたいなので、仲良くなりたいと思う。

 たしかに、この大自然(あふ)れる森で食糧危機っていうのも、少し違和感は残るしな。
 エルフさん達の食いっぷりを見てないから、はっきりとは言えないけど。

 あとは……単純に楽しみ!
 スフィルのようなエルフがたくさんいる里にご招待?
 こんな機会、逃すはずがないだろう!

 というわけで、いっちょ行きますか!
 エルフの里!