グロウリア王国を出発して約二週間。
 馬車を乗り継ぎして、大陸をずっと南下してきた。

「おー、おぉー」

 俺はいつものように、窓から外の景色を堪能(たんのう)する。
 田や畑、森林などが一面に広がり、高い建物・大きな建物はさして見当たらない。

 この世界は一つの大陸でできている。
 その中には二十ほどの国々が存在するが、構図は至って簡単。
 北にいくほど都会、南にいくほど田舎だ。

「グロウリアかあ……」

 あんな王家の『グロウリア王国』も、北端の一部を占める一国。
 昔からの権威もあって、やっぱり大国ではあるんだよね。

 対して、俺たち追放組はずっと南下している。
 もうすぐ南の端なんじゃないの? ってぐらいに。
 目指しているのが南の端だからね。

 ここまであまり目立つこともなく、国を(また)いで南下してきた。
 こっそり知り合いの王たちに挨拶した時には、そりゃびっくりされたけど。

 どの国の王も大抵顔見知りだったこともあり、馬車や宿を用意してくれた。
 本当に助かったよ。

 そして、そんな当の俺たち。
 二週間で年頃の男女が同じ屋根の下、馬車の中。

 ……何もないはずがなく。

「シャーリー」
「なんでしょ……なに?」
「なんでもない」
「……? 意味が分からないけど」

 お気付きだろうか。

 まずは、その口調。
 俺はもう王家なんかじゃないし、シャーリーとは主従関係をなくしたかったので俺から「タメ口で!」と提案した。
 彼女もまだぎこちないながら、頑張ってタメ口で話してくれている。

「外の景色見ないの?」
「もう、見飽きたよ」

 王家に仕えるメイドでも、一番優秀だったシャーリー。
 けどそれは年の功ではなく、彼女の家系が代々メイドの家系であり、幼少からそう育てられたからだ。

 なのでキャリアは長いにしても、実は俺の二つしか上ではない十七歳。
 まだまだ若い。

 それも、

「……」

 ふんわりと広がりながら首元辺りまで伸びた、明るい茶色のショートカット。
 風に(なび)かれて見え隠れする“うなじ”や、たまに髪を耳にかける仕草なんかは俺をイチコロだ。

 小さな顔は美しいというより可愛いタイプで、くりんとした青みがかった瞳が特徴的。
 身長は俺と変わらないぐらいあり、抜群のスタイルを持つ。

 ただでさえ美形が多かったグロウリアでも、シャーリーは一際目立つ容姿をしていた。
 ニホンにシャーリーがいたら、目立ってしょうがないだろうなあ。
 そんなシャーリーとくっついて二人旅。

 俺、この先やっていけるの……?
 とは思いつつも、シャーリーとは離れたくないので俺が頑張って欲を抑えよう。
 もしそうなった時は……流れに身を任せてしまうがな!

 そんな時、馬車のおじさんの声が前方から聞こえてくる。

「エアル王子、この辺りですよ」
「ありがとう! それと俺はもう……」

 そこまで言って、おじさんが自分の言葉に気づいた。

「こ、これは失礼いたしました! 王子ではない事は分かっているつもりなのですが、やはり功績を考えると……」
「いえいえ、怒っているわけではないですから。ここまでありがとうございました」
「そんな、恐れ多きことでございます。あのエアル様をお運びさせてもらえるなんて。一生の光栄でした!」
「大げさだなあ」

 軽い会話をして、荷物を馬車から降ろす。
 『収納魔法』を使っているので、荷物にコンパクトに収まっている。

 ちなみに、馬車の主や泊まらせてもらった宿の人は大体がこんな反応だった。
 功績って言っても、知り合いの王に「こうすれば?」って助言をして、ちょっと手を貸したぐらいなんだけどな。

 正直、魔法の力に頼っているこの世界と日本があったニホン、文明レベルを比べるとどうしても前世が勝ってしまう。
 まあ、あちらでは魔法なんてものは存在しなかったので、人々は「いかに生活を便利にするか」を何より考えていたからね。

 俺もそういう思考が身に付いたのかもしれない。

「では、ありがとうございました」
「はい! お気を付けてエアル様! エアル様に栄光あれ!」
「ははは……。やっぱり大げさなんだよなあ」

 隣で、シャーリーもにっこりと笑いながら呟く。

「エアル様が慕われている証拠ですよ」
「……」
「しょ、証拠だねっ!」
「良し」

 じろっと見つめると、口調を直してくれた。
 って、いけない。
 ついやってしまったけど、今のやり取りは前世ならパワハラ案件だな。

 俺も気を付けないと。
 まあ対等の関係なら、からかうぐらい良いかな。

「エ、エアル様ああ!」
「ん?」

 そうして馬車を見送っていると、もはや叫び声にすら思える声が聞こえてきた。
 振り返った先には……事前に連絡を取っていた人物。

「これはこれは。サタエル王で間違いないでしょうか」
「そ、そんな恐れ多い! あの(・・)エアル様から名を読んで頂けるなど!」
「あ、あははー……」

 お相手は到着した『トリシェラ国』の王様。
 サタエル王だ。

 そんなこんなで、とりあえずサタエル王に招かれた場所へ足を運ぶのであった。





「ど、どどど、どうぞ」
「あ、ありがとうございます~……」

 妙にプルプルしたサタエル王から、お茶が差し出される。
 初対面なのに、どうしてこんな頭を下げられているのだろう。

 そんなサタエル王が口を開く。

「それで……本当なのですか。あの場所(・・・・)に行かれるというのは」
「本当です」
「左様でございますか」

 少しうつむくような表情を見せるサタエル王。

 それもそのはず、そこは“名前を呼ぶことすらはばかられる”未開の地。
 世界中の人々から畏怖(いふ)の対象となっている場所だ。

 それでも、俺は堂々と宣言した。

「俺たちは、『魔の大森林』に行きます」