「ここだ」
フクマロのその声で、シャーリーと共に背筋を伸ばす。
視界に広がったのは──一面の湖。
「うおおー!」
「すごい景色!」
あまりにも綺麗なその景色に、俺とシャーリーは思わず声を上げた。
「それにしても、結構かかったなあ」
「だから遠いと言ったであろう」
途中、シャーリーの事も考えて何度か休みを取りながら、森を駆け抜けてきた。
六時間ほどかかったと思う。
フクマロはフェンリルだ。
魔獣の中でもトップクラスの速さを持つ。
そんなフクマロに乗ってもここまでかかるなんて。
本当、この森ってどこまで続いているんだろうな。
「壮大だよなあ……」
人類はこの『魔の大森林』の調査が進んでいない。
そのため現在の世界地図では、この森は南端に小さく書かれているのみ。
大陸は「南へいくほど小さくなる」と言われているからだ。
でも、若干過ごしてみて感じることがある。
この森は、下手したら人類の住む大陸クラスに広がっているのでは、と。
フクマロがそこそこ全力で駆けて六時間。
やっと辿り着くのが最寄りの湖、という事実がそう示している。
「ちょっと異常だよな」
そうして、うーんと考えていると、きゃっきゃとした声が聞こえてくる。
「エアル! 魚がいっぱいいるよ!」
「お、本当か!」
「ほら! 難しいことは後にしてさ!」
「……ふっ、そうだな」
シャーリーの言う通りだ。
森についてあれこれ考えるのもワクワクするが、今は魚を獲りに来たんだ。
まずはそちらを楽しもうじゃないか。
「こっちだよ、エアル!」
「おーどれどれ。……!」
シャーリーがバシャバシャ水で遊ぶ場所まで行く。
彼女に続いて湖を覗き込むと、驚きの発見があった。
「すげえ。水が綺麗で透き通って見えるんだな」
「そうなの!」
かなり深さがありそうなので底は見えない。
だけど、何十メートルであれば魚が気持ちよさそうに泳いでいるのを確認できる。
それほどに水が澄んでいるんだ。
うーん、ワクワクしてきたね!
それじゃあ早速!
「釣るぞ!」
俺はそう宣言し、意気揚々と収納魔法から自前の釣りセットを取り出す。
しかし、シャーリーの反応が良くない。
「……」
「どうしたの?」
「だってさあ……」
シャーリーは俺の顔をじっと見つめて口を開いた、
「エアルの魔法なら、簡単に獲れるんじゃないの」
「え? そ、そりゃあまあ……」
正直獲れる。
すごく簡単に。
テキトーにこの辺に魚をおびき寄せて、風魔法で一気に宙へ上げる。
それをまとめて氷魔法で冷凍して収納すれば、はい終わり。
でも……
「それじゃ趣がなくない!?」
「えー、何が趣よ。私は食べられたらそれで良い」
「男のロマンを分かっていないな」
「私、女だもん」
ぐっ、それを言われちゃ言い返しようがない。
ならばこうしよう。
「シャーリー、料理セットは持ってきた?」
「うん。持ってきたけど」
収納魔法が付与されたバックから、シャーリーが簡易調理セットを取り出す。
「何匹かサッと取ってくるから、シャーリーは調理をしてて良いよ。食べてても良いから」
「そう。そういうことなら……」
「よし」
これで解決。
シャーリーは趣味の料理をして、俺は趣味の釣りに勤しむ。
俺はやっぱり自分で釣った魚を食べてみたいと思うからね。
となれば、やはり相棒は必要だ。
俺はくるりと後方を振り返る。
「いこうぜ、フクマロ!」
「……」
「フクマロ?」
だけど、フクマロの様子がおかしい。
そういえばここに来てから妙に静かだとは思っていたけど、何やらフクマロは小刻みに震えている。
「どうしたの? 体調悪い?」
「な、なんでもないわっ!」
「んー?」
どう見ても「なんでもない」顔ではない。
ここにきてこの態度……いや、思えば最初からそこまでノリ気ではなかったな。
最初は「魚が獲れる場所なんてない」って言ってたぐらいだし。
などと考えていると、ぴーんときた。
「……」
でも、神獣だぞ?
そんなことあるかなのかなあ。
なんて思いつつも俺は聞いてみる。
「フクマロくん」
「な、なんだ?」
「もしかして湖が怖いのかな?」
「ぎくっ」
まさかのビンゴでした。
こんな神獣の姿は見たくなかった。
「えと、温泉は大丈夫なのに?」
「……うむ。無理というわけでは決してないが、昔少し怖い思いをしてな……」
「なるほどー」
おー、おー、神獣フェンリルさんよ。
なんだか知れば知るほどに、威厳がなくなっていくのは気のせいかな。
けどまあ、逆に親近感が湧いてくる気もする。
「ははっ、可愛いじゃないか!」
「……ブルブル」
よっぽど恐怖心があるらしい。
こんな状態なのによく連れて来てくれたなあ。
その点には感謝しないとね。
「そうだなあ」
けど、このまま怯えて見てるだけというのも可哀そうだ。
俺も手を貸そうと思う。
「フクマロ、俺に体を預けてくれ」
「……? ……ブルブル」
フクマロの体にそっと触れ、魔法を付与する。
すると俺の魔力が巡り、フクマロの体の表面にシャボン球のような膜が張られた。
「こ、これは……?」
「『水除けの魔法』だよ。本来は、傘を差さずに雨に当たらないように出来ないかなーって、考えた魔法だったけど」
「そんなことが?」
「うん。本当だよ」
「……う、うむ」
俺を信頼してくれてないわけではないけど、そう簡単に恐怖は抜けないよな。
ここはちょっと強めにでも。
「論より証拠。水に入ってみな」
「いや、しかし……」
「はいどーん!」
「ワ、ワォーン!」
いじいじしているフクマロを魔力で押し込んだ。
フクマロは犬のような鳴き声を上げながら湖に飛び込んだ。
「ハッ、ハッ、ハッ!」
恐怖心からか、すっごく焦った顔で一生懸命犬かきをするが……
「あっはっはっは! 何やってんだよフクマロ! 周りを見てみろって!」
「……ハ?」
周りの水は全く飛沫を上げていない。
フクマロの体を沿うように張られた薄い膜が、水を弾いているのだ。
「あはははっ! 可愛い~!」
後ろで見守っていたシャーリーも、腹を抱えて笑っていた。
シャーリーもこの魔法を知っているからな。
どうなるか予想できたのだろう。
顔を赤らめたフクマロに、俺は尋ねてみる。
「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」
「……うむ。お主の魔法は本当みたいだな」
「ははっ、だろ?」
どうやら魔法を信頼して落ち着いたみたい。
そしてフクマロを見ていたら、なんだか俺も入りたくなってきた。
釣りはするにしても、一旦水遊びを堪能しよう!
俺はあのひんやりとした感覚も味わいたいので、顔回りや装備にだけ『水除けの魔法』を付与する。
「とりゃ!」
足から湖に飛び込むと、ばしゃん! っと飛沫を上がる。
ちょっと冷たくて、気持ちいい~!
「そういうことなら、私もちょっとだけ入ろうかな」
「来るか? シャーリー」
「うん、魔法よろしく! 私もエアルで同じ場所でいいよ」
水際でシャーリーの足部分に触れ、シャーリーに水除けの魔法を巡らせる。
「ほっ!」
シャーリーも、勢いよく湖に飛び込む。
『水除けの魔法』は、衣服が濡れることもなくそのまま水に入れるのが良い点だね!
ずーっと内陸の地上を旅してきたからな。
久しぶりに湖に入りたくなったのだろう。
そんな様子に、落ち着いたらしいフクマロが口を開いた。
「水とは、こんなに楽しいものなのだな!」
「フクマロは全然浸かってないけどな……」
「あははっ!」
それから三十分ほど。
飽きもせず、湖を潜ったり水を掛け合ったりして遊んだ。
シャーリーが湖から上がると言ったタイミングで、俺たちは釣りに移行。
十分楽しんだので、俺の腕の見せ所だな。
「じゃあ頑張ってね~」
「任せときな」
「我も釣るぞ」
シャーリーは俺が獲った魚を調理しながら、俺たちの様子を眺めている。
俺たちは木製の簡易船で中央まで移動し、そこから釣り糸を垂らす。
すっかり水への恐怖はなくなったのか、フクマロも釣りに参戦した。
そうして少し落ち着いたタイミングで、フクマロが話しかけてくる。
「知っておるか? エアルよ」
「なに?」
フクマロの話の途中で、俺の探知範囲にぴくんと引っ掛かるものがある。
それなりの魔力量を持った何かが、こちらに向かっているようだ。
「この湖には、主が存在するのだ」
「主?」
何かは簡易船に真っ直ぐに向かってくる。
って、まさか……。
「おい、その主ってこれのことじゃないよな……?」
「これとは?」
俺が湖の深くを指差すと、フクマロはカッと目を見開いた。
「こ、こやつだー!」
「えええええええ!」
ざっぱああん!
俺たちが叫んだ瞬間、湖の主は俺たちの簡易船を下から高く打ち上げた。
フクマロのその声で、シャーリーと共に背筋を伸ばす。
視界に広がったのは──一面の湖。
「うおおー!」
「すごい景色!」
あまりにも綺麗なその景色に、俺とシャーリーは思わず声を上げた。
「それにしても、結構かかったなあ」
「だから遠いと言ったであろう」
途中、シャーリーの事も考えて何度か休みを取りながら、森を駆け抜けてきた。
六時間ほどかかったと思う。
フクマロはフェンリルだ。
魔獣の中でもトップクラスの速さを持つ。
そんなフクマロに乗ってもここまでかかるなんて。
本当、この森ってどこまで続いているんだろうな。
「壮大だよなあ……」
人類はこの『魔の大森林』の調査が進んでいない。
そのため現在の世界地図では、この森は南端に小さく書かれているのみ。
大陸は「南へいくほど小さくなる」と言われているからだ。
でも、若干過ごしてみて感じることがある。
この森は、下手したら人類の住む大陸クラスに広がっているのでは、と。
フクマロがそこそこ全力で駆けて六時間。
やっと辿り着くのが最寄りの湖、という事実がそう示している。
「ちょっと異常だよな」
そうして、うーんと考えていると、きゃっきゃとした声が聞こえてくる。
「エアル! 魚がいっぱいいるよ!」
「お、本当か!」
「ほら! 難しいことは後にしてさ!」
「……ふっ、そうだな」
シャーリーの言う通りだ。
森についてあれこれ考えるのもワクワクするが、今は魚を獲りに来たんだ。
まずはそちらを楽しもうじゃないか。
「こっちだよ、エアル!」
「おーどれどれ。……!」
シャーリーがバシャバシャ水で遊ぶ場所まで行く。
彼女に続いて湖を覗き込むと、驚きの発見があった。
「すげえ。水が綺麗で透き通って見えるんだな」
「そうなの!」
かなり深さがありそうなので底は見えない。
だけど、何十メートルであれば魚が気持ちよさそうに泳いでいるのを確認できる。
それほどに水が澄んでいるんだ。
うーん、ワクワクしてきたね!
それじゃあ早速!
「釣るぞ!」
俺はそう宣言し、意気揚々と収納魔法から自前の釣りセットを取り出す。
しかし、シャーリーの反応が良くない。
「……」
「どうしたの?」
「だってさあ……」
シャーリーは俺の顔をじっと見つめて口を開いた、
「エアルの魔法なら、簡単に獲れるんじゃないの」
「え? そ、そりゃあまあ……」
正直獲れる。
すごく簡単に。
テキトーにこの辺に魚をおびき寄せて、風魔法で一気に宙へ上げる。
それをまとめて氷魔法で冷凍して収納すれば、はい終わり。
でも……
「それじゃ趣がなくない!?」
「えー、何が趣よ。私は食べられたらそれで良い」
「男のロマンを分かっていないな」
「私、女だもん」
ぐっ、それを言われちゃ言い返しようがない。
ならばこうしよう。
「シャーリー、料理セットは持ってきた?」
「うん。持ってきたけど」
収納魔法が付与されたバックから、シャーリーが簡易調理セットを取り出す。
「何匹かサッと取ってくるから、シャーリーは調理をしてて良いよ。食べてても良いから」
「そう。そういうことなら……」
「よし」
これで解決。
シャーリーは趣味の料理をして、俺は趣味の釣りに勤しむ。
俺はやっぱり自分で釣った魚を食べてみたいと思うからね。
となれば、やはり相棒は必要だ。
俺はくるりと後方を振り返る。
「いこうぜ、フクマロ!」
「……」
「フクマロ?」
だけど、フクマロの様子がおかしい。
そういえばここに来てから妙に静かだとは思っていたけど、何やらフクマロは小刻みに震えている。
「どうしたの? 体調悪い?」
「な、なんでもないわっ!」
「んー?」
どう見ても「なんでもない」顔ではない。
ここにきてこの態度……いや、思えば最初からそこまでノリ気ではなかったな。
最初は「魚が獲れる場所なんてない」って言ってたぐらいだし。
などと考えていると、ぴーんときた。
「……」
でも、神獣だぞ?
そんなことあるかなのかなあ。
なんて思いつつも俺は聞いてみる。
「フクマロくん」
「な、なんだ?」
「もしかして湖が怖いのかな?」
「ぎくっ」
まさかのビンゴでした。
こんな神獣の姿は見たくなかった。
「えと、温泉は大丈夫なのに?」
「……うむ。無理というわけでは決してないが、昔少し怖い思いをしてな……」
「なるほどー」
おー、おー、神獣フェンリルさんよ。
なんだか知れば知るほどに、威厳がなくなっていくのは気のせいかな。
けどまあ、逆に親近感が湧いてくる気もする。
「ははっ、可愛いじゃないか!」
「……ブルブル」
よっぽど恐怖心があるらしい。
こんな状態なのによく連れて来てくれたなあ。
その点には感謝しないとね。
「そうだなあ」
けど、このまま怯えて見てるだけというのも可哀そうだ。
俺も手を貸そうと思う。
「フクマロ、俺に体を預けてくれ」
「……? ……ブルブル」
フクマロの体にそっと触れ、魔法を付与する。
すると俺の魔力が巡り、フクマロの体の表面にシャボン球のような膜が張られた。
「こ、これは……?」
「『水除けの魔法』だよ。本来は、傘を差さずに雨に当たらないように出来ないかなーって、考えた魔法だったけど」
「そんなことが?」
「うん。本当だよ」
「……う、うむ」
俺を信頼してくれてないわけではないけど、そう簡単に恐怖は抜けないよな。
ここはちょっと強めにでも。
「論より証拠。水に入ってみな」
「いや、しかし……」
「はいどーん!」
「ワ、ワォーン!」
いじいじしているフクマロを魔力で押し込んだ。
フクマロは犬のような鳴き声を上げながら湖に飛び込んだ。
「ハッ、ハッ、ハッ!」
恐怖心からか、すっごく焦った顔で一生懸命犬かきをするが……
「あっはっはっは! 何やってんだよフクマロ! 周りを見てみろって!」
「……ハ?」
周りの水は全く飛沫を上げていない。
フクマロの体を沿うように張られた薄い膜が、水を弾いているのだ。
「あはははっ! 可愛い~!」
後ろで見守っていたシャーリーも、腹を抱えて笑っていた。
シャーリーもこの魔法を知っているからな。
どうなるか予想できたのだろう。
顔を赤らめたフクマロに、俺は尋ねてみる。
「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」
「……うむ。お主の魔法は本当みたいだな」
「ははっ、だろ?」
どうやら魔法を信頼して落ち着いたみたい。
そしてフクマロを見ていたら、なんだか俺も入りたくなってきた。
釣りはするにしても、一旦水遊びを堪能しよう!
俺はあのひんやりとした感覚も味わいたいので、顔回りや装備にだけ『水除けの魔法』を付与する。
「とりゃ!」
足から湖に飛び込むと、ばしゃん! っと飛沫を上がる。
ちょっと冷たくて、気持ちいい~!
「そういうことなら、私もちょっとだけ入ろうかな」
「来るか? シャーリー」
「うん、魔法よろしく! 私もエアルで同じ場所でいいよ」
水際でシャーリーの足部分に触れ、シャーリーに水除けの魔法を巡らせる。
「ほっ!」
シャーリーも、勢いよく湖に飛び込む。
『水除けの魔法』は、衣服が濡れることもなくそのまま水に入れるのが良い点だね!
ずーっと内陸の地上を旅してきたからな。
久しぶりに湖に入りたくなったのだろう。
そんな様子に、落ち着いたらしいフクマロが口を開いた。
「水とは、こんなに楽しいものなのだな!」
「フクマロは全然浸かってないけどな……」
「あははっ!」
それから三十分ほど。
飽きもせず、湖を潜ったり水を掛け合ったりして遊んだ。
シャーリーが湖から上がると言ったタイミングで、俺たちは釣りに移行。
十分楽しんだので、俺の腕の見せ所だな。
「じゃあ頑張ってね~」
「任せときな」
「我も釣るぞ」
シャーリーは俺が獲った魚を調理しながら、俺たちの様子を眺めている。
俺たちは木製の簡易船で中央まで移動し、そこから釣り糸を垂らす。
すっかり水への恐怖はなくなったのか、フクマロも釣りに参戦した。
そうして少し落ち着いたタイミングで、フクマロが話しかけてくる。
「知っておるか? エアルよ」
「なに?」
フクマロの話の途中で、俺の探知範囲にぴくんと引っ掛かるものがある。
それなりの魔力量を持った何かが、こちらに向かっているようだ。
「この湖には、主が存在するのだ」
「主?」
何かは簡易船に真っ直ぐに向かってくる。
って、まさか……。
「おい、その主ってこれのことじゃないよな……?」
「これとは?」
俺が湖の深くを指差すと、フクマロはカッと目を見開いた。
「こ、こやつだー!」
「えええええええ!」
ざっぱああん!
俺たちが叫んだ瞬間、湖の主は俺たちの簡易船を下から高く打ち上げた。