「うーん、こいつに殺せない人っているのかな?」

「殺せない? そりゃあさらに上位の神なら……」

「上位の神……かぁ。どうしようかな、うーーーーん……」

 オディールは渋い顔をして考えこむ。

「なんじゃ、お主、知っとるのか?」

「えっ!? し、知る訳ないじゃん。あははは。神以外だったら誰?」

「……。神以外なら……。ムーシュかな? 奴の奴隷の女の子。随分仲良しじゃったからな」

「おぉっ! それいいじゃん。彼女に説得してもらおう!」

 歓喜に輝いた表情で、オディールはグッとサムアップして見せた。

「説得……? 影を説得なんてできんのか? それにもう死んでるって聞いたぞ」

「何でもやってみないと! で、どこで死んだって? レヴィアと同じところ?」

「死んだことあまり言わんでくれよ……。サイノンの空間って聞いたから同じじゃろうな」

「よーし、じゃあお姉さん、ムーシュって娘を出して」

「えっ!? 死者……ですか? 死者は出せませんよ。居るとしたらこの上ですね」

 天使は申し訳なさそうにその純白の翼をかすかに震わせながら、上空を示した。つまり、積乱雲のもこもことした内部に漂っているということだった。

「よーし、レヴィちゃん。ムーシュを探しに行くゾ!」

「ちょ、ちょっと待てい! 数千万人も漂っているんじゃぞ? どうやって探すんじゃ?」

「知らないよ。呼んだら応えてくれるんじゃないの?」

「そんな訳あるかい! 相手はもう死んどって意識は朦朧(もうろう)としとるんじゃ。呼びかけになんて応えるかい!」

「あー、もー、すぐにそういう否定から入るの良くないよ? いいから僕を乗せてひとっ飛び飛んでよ」

「えっ!? 我が死者の中を飛ぶのか?」

「数兆人の命運がレヴィちゃんの飛翔にかかってる。いいねぇ、盛り上がるねぇ。ドキュメンタリーだったら凄い重厚なBGMかかってるよ? 『その時……レヴィアは……』 くふふふ」

「……。止めんかい!」

 レヴィアは口をとがらせ、楽しそうなオディールをジト目でにらんだ。


          ◇


 ボン!

 神殿で巨大なドラゴンに変身したレヴィア。オディールは鋼のように硬い黒鱗を力強く掴み、その広大な背に跨がった。

「さっきまで小竜だったのに随分育ったねぇ。きゃははは!」

 オディールは楽しそうにレヴィアの漆黒の鱗をパンパン叩いた。

「あの桃が良かったんじゃろう。知らんけど」

 レヴィアは投げ捨てるように言うと、天に向かってその威風堂々たる翼を広げた。

「おぉ、いいねいいね。最初に会った時のことを思い出したよ!」

「思い出さんでええわ。あんときは痛かったんじゃから……。しっかりつかまってろよ!」

「またまた、照れ屋さんなんだから。くふふふ」

 レヴィアは途轍もない力を後ろ足に溜め込むと、地を弾くようにして一気に跳び上がる。直後、その壮大な翼を嵐のように打ち下ろして高度を上げると雲へと突っ込んでいった。

「おわぁ! もっと優しく飛んでよぉ」

 落ちそうになりながら、必死に鱗の突起にしがみつくオディール。

「知らんわい。堕ちるなよ? 死者をこれ以上増やせんぞ」

 レヴィアはほくそ笑みながらさらに高度を上げていく。

 雲を抜けるとそこは眩いばかりの光の世界だった。薄く透ける無数の死者が光を放ちながら漂い、ゆったりとこの世の物語を胸に秘め、次なる転生へと静かなる準備を整えている。

 その中をレヴィアは強引に突っ切って上昇を続けた。

 死者の魂は実体がなく、まるで幽霊のように体をすり抜けていく。次々と死者が自分の身体を通り抜けていく感覚にレヴィアは鳥肌立てて叫んだ。

「あぁ、もうっ! で、ムーシュをどう探すんじゃ?」

「ほら、呼んで呼んで!」

 オディールはまるでゲームのように死者を巧みに避けながら、楽しそうに言う。

「へ? 我が呼ぶんか?」

「人間ののどじゃこんなの届かないよ。おねがーい」

 レヴィアはお気楽なオディールにムッとしながら、深く息を吸い込む。

「ムーシュ! 今すぐ来い! 蒼が大変なんじゃ! 聞こえたら今すぐ来い!」

 その重低音の叫びは遠雷のように遠くまで鳴り響いた。

 しかし、無数の魂がまとわりついてくるばかりでムーシュらしき魂は見えない。

「ほら、もっと叫んで。ムーシュが成仏しちゃったらアンノウンがこの世界も滅ぼしちゃうぞ?」

「あのなぁ……」

 オディールの他人任せな一言に、レヴィアは不機嫌に眉をひそめたが、その怒りを力に変えて再び叫んだ。レヴィアの肩には数兆という無数の人々の運命が懸かっており、その重みに押し潰されそうになりながらも、彼女は止まることなく叫び続けた。

「ムーシュ! 今すぐ来い! 繰り返す! ムーシュ! すぐに来い!」
 
 レヴィアは巨大な積乱雲に叫びを響かせながらどんどんと昇っていく――――。

 しかし、何の反応もないままついに天井にまで到達してしまう。もう数千万人の魂に声は届いているはずだった。

「なぁ、こんなんじゃ見つからんのじゃないか?」

 レヴィアが疲れた体をねじりながら背中を振り返ると、オディールがピンクの髪の奇妙な影と楽しそうに話している。黒い翼を背中に抱くそのシルエットは、まさにその人、ムーシュだった。