ジッと白虎の口をにらみ、呼吸を整えるオディール――――。

「あー、飛び込もうったって無駄ですよ。白虎の牙が閉じるのに1ミリ秒もかかりませんからね。くふふふ……」

 その様子を見ていた官吏は毒を帯びた微笑を見せた。

 えっ……?

 オディールは眉をひそめ、凍りつく。

「邪心が無ければ……嚙まれないんですよね?」

 引きつった微笑みを浮かべ、改めて小人に聞くオディール。

「もちろん、そうですよ? でも今までたくさんの人が挑戦してきましたが、なぜか全員噛み殺されちゃったんですよねぇ。ぐふっぐふっ……」

 小人の残酷な笑いに、オディールは冷たくにらみ返した。

 レヴィアが翼をバサバサ鳴らしながら慌てて飛んでくる。

「オディール、こんなの止めるんじゃ。こんな無謀な事せんでええ。本当に出口がここだけかなんてわからんじゃないか」

 オディールの腕をギュッとつかみ、熱を込めて説得するその真紅の瞳には涙が切なく光っていた。

 しかし、オディールは不屈の決意を瞳に宿しながら首を振る。

「僕たちの肩には数兆人の未来がかかっているんだよ? このくらいは大したことないって」

「いやいや、死んだら終わりなんじゃ!」

「はははは、レヴィアはさっきまで死んでたじゃん」

 オディールは屈託のない晴れやかな笑いを見せる。

 レヴィアは口をとがらせ、オディールをジト目で見ると、指先を自分のわき腹に滑らせ、力を込めた。

 いてっ!

 そう言うと、顔を歪めながら、黒く鈍い光を放つ欠片(かけら)を無言でオディールに渡す。

 え……?

「ドラゴンの鱗は幸運のお守りにもなるんじゃ。持っとけ」

 レヴィアは今にもこぼれそうな涙をたたえながら言った。

「ありがと。……。でもちょっと何か臭うよ?」

 オディールは鱗を受け取ると、くんくんと嗅いでみて眉を寄せる。

「バッカもん! 返せ!」

 レヴィアは真っ赤になると、怒りに燃える瞳でオディールに飛びかかった。

「うそうそ。ありがとっ!」

 オディールはレヴィアを優しく抱きしめると、ほっぺたにチュッ! とキスをする。

 え? あ……。

 レヴィアはちょっと恥ずかしげにうつむいた。

「さーて、幸運のお守りも手に入れたし、イッツ、ショーターーイム!」

 オディールはレヴィアをそっと地面に下ろすと軽くピョンピョンと跳んで、競技直前の陸上選手のように手足をクルクルと回した。

「死体の掃除、大変なんですから、頑張ってくださいね。ぐふふふふ」

 官吏の口元からは、邪悪な笑みがこぼれた。

 オディールは冷めた目でその官吏を一瞥(いちべつ)し、フンと鼻を鳴らすと、大きく息をつく。

 じっと白虎の口を見つめるオディール――――。

 はっ!

 気合を入れた直後、一気に全力で白虎へ向かって駆けだした。

 オディールの鮮やかな動きに全員が息を呑む。足音のリズムが、戦場のドラムのように響きわたった。

 そいやー!

 オディールはまるで高校球児のようにヘッドスライディングをしながら、一気に口の中へと飛ぶ。

 刹那、ギラっと白虎の瞳が神秘的な光を放ち、オディールめがけて牙が動き出す。

 直後、雷のような轟音が鳴り響き、舞い上がる土煙――――。

 視界が土煙に閉ざされる中、レヴィアはたまらず駆け出す。そして、白虎の巨大な口からオディールの白く細い足首が露わになっているのを見て、レヴィアは息をのみ、悲痛な叫びをあげた。

「オ、オディールぅぅぅ!」

 すると、白虎の口がゴゴゴゴと石の擦れる音を立てながら、少しずつ開いていく。

 えっ……?

 中から現れたのはオディールの明るい笑顔だった。

「なんか、牙折れちゃったけど、条件は『通れたらOK』だからこれはセーフなんですよね? くふふふ……」

 四方に散乱する鋭利な牙の破片たちを前にして、官吏は顔が引きつった。

「あ、あ、あ、聖なる石像が……。まさか……」

「では、先に行ってるから早くみんなもおいで~。大天使様はちゃんと願い聞いてよ? きゃははは!」

 輝く笑顔を湛えながら、オディールは石像の影の奥深く、神秘的な闇へと消えていった。


        ◇


 オディールがゆっくりと瞼を開けると、目の前には黄金の楽園が広がっていた――――。

 うわぁぁぁ……。

 煌めく太陽の下、丘を埋め尽くすネモフィラのような花々は黄金色に輝き、それぞれが太陽の粒子のようにキラキラと輝いていた。まるで神々が丘全体を黄金の絨毯(じゅうたん)で飾り立てたかのようである。

 その黄金の海の中央に、壮麗な純白の建物がひときわ目を引く。その三角屋根は青空に向かってそびえ、黄金の世界の遠い伝説を静かに守っているかのようだった。

「オディールぅぅぅ!」

 振り返ると、レヴィアが金髪おかっぱの女の子の姿で、涙と共に全身を震わせながら飛びついてくる。

「おわぁ! レヴィちゃん。うふふ……。鱗のお守りありがと……」

 オディールはレヴィアをキュッと抱きしめると、輝く太陽のような金髪を優しく撫でた。

「あんまり無茶はせんでくれ」

 レヴィアは涙をポロポロとこぼしながら、切なくも優しい声で言葉を紡いだ。

「ははは、でも無茶しないと数兆人は救えないんだよねぇ……」

 オディールはうんざりした様子で重く深いため息をついた。