「ごめんなさーい」
素直にペコリを頭を下げ、頭をかくオディール。
「そもそもお前は……」
お小言モードに入った大天使。
「あっ! あれ何かな!」
オディールは巨木の裏手に、静かにたたずむ石造りの美しいアーチを見つけ、興奮して指を伸ばした。
「えっ?」「あれは……?」「おぉぉぉ……」
洞窟の中で、初めて目にした神秘的な建造物。それはイミグレーションの謎を解き明かす鍵だろう。
「見てきまーす!」
オディールはわれ先に駆け出した。
「待てというに!」
大天使は手を伸ばしたが、オディールは楽しそうに行ってしまう。その奔放さに大天使は頭を抱えた。
◇
古代からの風格を湛えた石造りのアーチの奥に、伝説の白虎とも思える雄大な神獣の巨像が佇んでいる。その精緻で今にも飛びかかってきそうな彫刻は地を這うように身構え、こちらに向けて広げた大口の中から、鋭利な牙を露わにしていた。牙の隙間からは、深淵のような黒闇がのぞいている。
その神秘的な巨像にオディールは小首をかしげた。
「どうしてお前は勝手に先に行くのだ!」
大天使が顔を真っ赤にしながら追いかけてきて怒鳴る。
その時、まるで伝説の中から飛び出したかのように、石造りのアーチが太陽のような眩しい黄金色の輝きを放ち、全てを光で包んだ。
うわぁ!
あたふたと焦り、驚く大天使。
煌めく光が収まってくると、アーチのところに不思議な小人が浮かんでいた。その大きさは赤ちゃんくらいだったが、顔は脂ぎった中年の男で、薄くなった頭髪がぺったりと頭皮にくっついている。グレーのベストを着込んだ小人は、オディールたちを探るような目で一瞥し、狡猾な笑みを口元に浮かべた。
「あーら、これはこれはようこそイミグレーションへ。ぐふふふふ」
大天使はオディールをどかせると、一歩前へと進み、胸に手を当てながら深い敬意を込めて会釈をした。
「これはこれは官吏様。我々は女神ヴィーナのところの者です。この度は……」
「堅苦しい挨拶なんて要らないよ! 金星はあの口の向こう。誰から入るんだい? ぐふっぐふっ……」
官吏は冷徹さが宿った瞳で冷ややかに言葉を投げかけると、一行の者たちを挑発するようにゆっくりと見回し、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「あの口を通る……だけですか?」
石造りとは思えないほどの生命感に満ちた白虎の石像を、大天使は怪訝そうな眼差しで見つめる。石像の口は四つん這いで進むには十分な大きさだったが、ところどころ漆黒に染まった尖鋭な牙が威嚇的に光り、未知の恐怖を予感させていた。
「通るだけー。でも、邪心を持つ者は噛み殺されるから気を付けてね。ぐふふ……」
「えっ!? では、通れないものは殺される……ってことですか?」
「そうだね。ちなみにまだ誰も通れた者なんていないんだけど。くはははは!」
官吏はこらえきれず甲高い笑いを響かせた。
「ちょ、ちょっと待ってください。みんな殺された……ってことですか?」
「そうだよ? あの牙の黒いのはみんな血さ。最後は数百年前だったかな? こんなところに来る連中はみんな訳アリ。とても金星に入れる資格なんてない連中ばかりさ」
「あ、いや、我々は難民ですよ。訳なんてない。ただ避難してきた……」
「あー、そういうのはいいから! 早く入った入った! 嫌なら通らなくていい。ただ、この次元からの出口はここしかないんだけどね。ぎゃははは!」
官吏の嗜虐的な欲望を隠すことなく嗤った。
大天使は、その力強い手でこぶしをギュッと握りながら、奥歯を強く噛み締める。自分たちを弄ぶことしか考えていないこの小人には何を言っても無駄だろう。大天使は燃えさかる怒りを鎮め、じっと我慢する。
オディールはテッテッテと白虎の像まで走り寄ると、その威圧的な牙をじっと見つめた。確かに黒い塗料のようなものが牙の隙間に溜まっている。数百年前の血だと言われればそうかもしれない。
「オ、オディール、お、お前行ってみるか?」
大天使の表情には痛みと憂いが混ざり合い、震える声で話しかけた。
「えっ!? ぼ、僕に行かせるの? うーん。だったら、今後僕のやる事に文句言わないって約束してくれる?」
オディールは挑戦的な瞳で返した。
「え……? お前が何をしても?」
「そう。何でも」
オディールは腰に手を添え、得意げな微笑みを浮かべながら颯爽と返す。
「まぁ、分かった。申し訳ないが先鋒をお願いする」
大天使は深々と頭を下げた。
「よーし、そうしたら……」
オディールはワンピースのすそを少したくし上げてキュッと結び、助走のための距離を取った。
素直にペコリを頭を下げ、頭をかくオディール。
「そもそもお前は……」
お小言モードに入った大天使。
「あっ! あれ何かな!」
オディールは巨木の裏手に、静かにたたずむ石造りの美しいアーチを見つけ、興奮して指を伸ばした。
「えっ?」「あれは……?」「おぉぉぉ……」
洞窟の中で、初めて目にした神秘的な建造物。それはイミグレーションの謎を解き明かす鍵だろう。
「見てきまーす!」
オディールはわれ先に駆け出した。
「待てというに!」
大天使は手を伸ばしたが、オディールは楽しそうに行ってしまう。その奔放さに大天使は頭を抱えた。
◇
古代からの風格を湛えた石造りのアーチの奥に、伝説の白虎とも思える雄大な神獣の巨像が佇んでいる。その精緻で今にも飛びかかってきそうな彫刻は地を這うように身構え、こちらに向けて広げた大口の中から、鋭利な牙を露わにしていた。牙の隙間からは、深淵のような黒闇がのぞいている。
その神秘的な巨像にオディールは小首をかしげた。
「どうしてお前は勝手に先に行くのだ!」
大天使が顔を真っ赤にしながら追いかけてきて怒鳴る。
その時、まるで伝説の中から飛び出したかのように、石造りのアーチが太陽のような眩しい黄金色の輝きを放ち、全てを光で包んだ。
うわぁ!
あたふたと焦り、驚く大天使。
煌めく光が収まってくると、アーチのところに不思議な小人が浮かんでいた。その大きさは赤ちゃんくらいだったが、顔は脂ぎった中年の男で、薄くなった頭髪がぺったりと頭皮にくっついている。グレーのベストを着込んだ小人は、オディールたちを探るような目で一瞥し、狡猾な笑みを口元に浮かべた。
「あーら、これはこれはようこそイミグレーションへ。ぐふふふふ」
大天使はオディールをどかせると、一歩前へと進み、胸に手を当てながら深い敬意を込めて会釈をした。
「これはこれは官吏様。我々は女神ヴィーナのところの者です。この度は……」
「堅苦しい挨拶なんて要らないよ! 金星はあの口の向こう。誰から入るんだい? ぐふっぐふっ……」
官吏は冷徹さが宿った瞳で冷ややかに言葉を投げかけると、一行の者たちを挑発するようにゆっくりと見回し、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「あの口を通る……だけですか?」
石造りとは思えないほどの生命感に満ちた白虎の石像を、大天使は怪訝そうな眼差しで見つめる。石像の口は四つん這いで進むには十分な大きさだったが、ところどころ漆黒に染まった尖鋭な牙が威嚇的に光り、未知の恐怖を予感させていた。
「通るだけー。でも、邪心を持つ者は噛み殺されるから気を付けてね。ぐふふ……」
「えっ!? では、通れないものは殺される……ってことですか?」
「そうだね。ちなみにまだ誰も通れた者なんていないんだけど。くはははは!」
官吏はこらえきれず甲高い笑いを響かせた。
「ちょ、ちょっと待ってください。みんな殺された……ってことですか?」
「そうだよ? あの牙の黒いのはみんな血さ。最後は数百年前だったかな? こんなところに来る連中はみんな訳アリ。とても金星に入れる資格なんてない連中ばかりさ」
「あ、いや、我々は難民ですよ。訳なんてない。ただ避難してきた……」
「あー、そういうのはいいから! 早く入った入った! 嫌なら通らなくていい。ただ、この次元からの出口はここしかないんだけどね。ぎゃははは!」
官吏の嗜虐的な欲望を隠すことなく嗤った。
大天使は、その力強い手でこぶしをギュッと握りながら、奥歯を強く噛み締める。自分たちを弄ぶことしか考えていないこの小人には何を言っても無駄だろう。大天使は燃えさかる怒りを鎮め、じっと我慢する。
オディールはテッテッテと白虎の像まで走り寄ると、その威圧的な牙をじっと見つめた。確かに黒い塗料のようなものが牙の隙間に溜まっている。数百年前の血だと言われればそうかもしれない。
「オ、オディール、お、お前行ってみるか?」
大天使の表情には痛みと憂いが混ざり合い、震える声で話しかけた。
「えっ!? ぼ、僕に行かせるの? うーん。だったら、今後僕のやる事に文句言わないって約束してくれる?」
オディールは挑戦的な瞳で返した。
「え……? お前が何をしても?」
「そう。何でも」
オディールは腰に手を添え、得意げな微笑みを浮かべながら颯爽と返す。
「まぁ、分かった。申し訳ないが先鋒をお願いする」
大天使は深々と頭を下げた。
「よーし、そうしたら……」
オディールはワンピースのすそを少したくし上げてキュッと結び、助走のための距離を取った。