くっ!
冷汗が蒼の頬をつたう。例え勝てない相手でも、全力で立ち向かうしか道はない。諦めたらそこで人生終了なのだ。
蒼は猛烈な力で地を蹴った。一瞬で舞い上がる土砂がサイノンへと襲いかかる。その隙に横っ飛びに跳び、サイノンの死角に入った蒼は大きな岩を踏み台にして、レベル三百のすさまじい跳躍力を生かし、全力でサイノンに殴りかかった。それは時間にしたらミリ秒クラスの目にも止まらない早業だった――――。
が、サイノンはほほ笑んでいた。
サイノンに襲いかかる蒼の可愛いこぶしは徐々に遅くなり、スローモーションのように遅々として進まない。やがてほぼ空中で止まった状態になってしまった。どうやら時間を操られているようである。
くぅぅぅ……。
サイノンの拳は幻のように消え、刹那、激しい衝撃が蒼を襲い、全身を貫いた。
ぐはっ!
まるでピンポン玉のように弾かれた蒼の身体は岩を砕きながら高く跳ね上がり、そして、クルクルと回りながら落ちてきて、荒れ地に叩きつけられ、転がった。
ゴフッと低い音を立てて、蒼の口から血が噴き出る。
会心の攻撃でも全く歯が立たず、敵の攻撃も見えない。その圧倒的な力の前に、絶望が静かに蒼の心を覆いつくしていく。
「あぁっ……、ぬ、主様ぁ……。ひっ!」
ムーシュがよろめきながら駆け寄るが、ぼろ雑巾のようになって転がる蒼の虚ろな瞳を見て石のように固まった。
「奴隷! 邪魔だ、どけ……」
サイノンはツカツカと近づきながら、容赦なく蒼に拳銃を向けてくる。
「ダ、ダメ……」
ムーシュは腕を大きく広げ、蒼の前に身を投じた。その瞳からは、数多の思いが涙となってあふれだした。
蒼は何とかしようと思うものの脳震盪のようで身体が上手く動かない。
「じゃあ、お前から死ね」
サイノンはかちりと撃鉄を起こし、ムーシュに照準を合わせる。
目に涙を浮かべながら静かに首を振るムーシュ。
「ダ、ダメだ……。逃げろ……」
蒼は言うことを聞かない身体をヨロヨロと動かしながら、ムーシュに手を伸ばす。
だが、蒼の方を振り向いたムーシュは寂しげな微笑みを浮かべただけだった。
刹那、蒼の中に今までムーシュと過ごしてきた楽しい日々のイメージがブワッと湧き上がる。彼女のいたずらに満ちた眼差しは、常に何か新しい笑いをもたらし、その無邪気さが周囲を照らし出す。時に手を焼かせるその性格も、今や蒼にとってはかけがえのない宝物だった。もうムーシュなしの人生など考えられない。かけがえない存在として蒼の中に大きな位置を占めていた。
それが今、失われようとしている――――。
「止めろ! 僕が何でもやる。だからムーシュには手を出さないでくれ!」
蒼は悲痛な叫びを上げる。
パン!
軽い破裂音が無情にも荒野を切り裂くように響き渡った――――。
大きく見開かれる真紅の瞳、静かに崩れ落ちる身体……。
ああっ!
どさりと地面に力なく横たわるムーシュ。
蒼があわてて抱き起こそうとした時、震える唇は「ありがとう」と、動いたように見えた。
蒼の心は激しい鼓動を伴って暴れ、目の前が真っ暗になる。
「ム、ムーシュぅ!」
脱力する腕、光を失う瞳……。その現実感のない光景に蒼は凍り付く。
次の瞬間、ムーシュの身体はすうっと消えていき、ピンクに輝く魔石となって転がった。
「お、おい、嘘だろ? いやだよぉぉぉ」
蒼はピンクの輝きを抱きしめ、絶叫する。
転生してからというもの、ずっと一緒だったかわいい小悪魔。どこか抜けていて、だけどその愛嬌に心奪われる愛しい仲間。それが今、永遠の別れを迎え、ただの石となってしまった。
うわぁぁ!
絶望が叫び声を引き裂き、蒼は自分の不甲斐なさに打ちひしがれた。何が世界最強だ、かけがえのない者一人守れない力に何の意味があるのか。蒼は全てが嫌になり涙を流しながら地面に突っ伏した。
「はっ、奴隷が死んだだけで大騒ぎ、何なのおたく?」
サイノンは軽蔑の色を浮かべ、冷ややかに言葉を紡いだ。
「こ、この野郎……」
蒼の目からは激しい怒りがほとばしり、獰猛に歪む顔でサイノンをじっと見据えた。
「あー、怖い怖い。お前もすぐに奴隷のところに送ってやろう」
無慈悲な冷笑を浮かべ、サイノンは拳銃を蒼に向ける。撃鉄を起こすカチリとした金属音が静まり返った荒野に響いた。
蒼はムーシュの魔石をギュッと握り締める。蒼の体内には燃え盛るマグマの如く、抑えがたい怒りのネルギーが渦巻いた。ムーシュの無念を晴らさなければならない、その一心に燃え、死ぬことさえももはやどうでも良かった。ただ一点、サイノンを地に叩きつけることだけ、これが蒼の全てとなっている。その思いは猛々しい嵐となり、頭を駆け巡り、こぶしには無尽蔵のエネルギーを集約させていった。
その時だった、ムーシュの魔石がひときわ明るく輝きを放った。その輝きは蒼の精神と直結し、静かに響く波紋を送り込んだ。波紋が心に刻むイメージ、それはムーシュの得意魔法【目つぶしの魔法】の呪文だった。この瞬間、未知の力が蒼の中で目覚めた。そう、目つぶしの魔法が、蒼の魂に刻まれたのである。
冷汗が蒼の頬をつたう。例え勝てない相手でも、全力で立ち向かうしか道はない。諦めたらそこで人生終了なのだ。
蒼は猛烈な力で地を蹴った。一瞬で舞い上がる土砂がサイノンへと襲いかかる。その隙に横っ飛びに跳び、サイノンの死角に入った蒼は大きな岩を踏み台にして、レベル三百のすさまじい跳躍力を生かし、全力でサイノンに殴りかかった。それは時間にしたらミリ秒クラスの目にも止まらない早業だった――――。
が、サイノンはほほ笑んでいた。
サイノンに襲いかかる蒼の可愛いこぶしは徐々に遅くなり、スローモーションのように遅々として進まない。やがてほぼ空中で止まった状態になってしまった。どうやら時間を操られているようである。
くぅぅぅ……。
サイノンの拳は幻のように消え、刹那、激しい衝撃が蒼を襲い、全身を貫いた。
ぐはっ!
まるでピンポン玉のように弾かれた蒼の身体は岩を砕きながら高く跳ね上がり、そして、クルクルと回りながら落ちてきて、荒れ地に叩きつけられ、転がった。
ゴフッと低い音を立てて、蒼の口から血が噴き出る。
会心の攻撃でも全く歯が立たず、敵の攻撃も見えない。その圧倒的な力の前に、絶望が静かに蒼の心を覆いつくしていく。
「あぁっ……、ぬ、主様ぁ……。ひっ!」
ムーシュがよろめきながら駆け寄るが、ぼろ雑巾のようになって転がる蒼の虚ろな瞳を見て石のように固まった。
「奴隷! 邪魔だ、どけ……」
サイノンはツカツカと近づきながら、容赦なく蒼に拳銃を向けてくる。
「ダ、ダメ……」
ムーシュは腕を大きく広げ、蒼の前に身を投じた。その瞳からは、数多の思いが涙となってあふれだした。
蒼は何とかしようと思うものの脳震盪のようで身体が上手く動かない。
「じゃあ、お前から死ね」
サイノンはかちりと撃鉄を起こし、ムーシュに照準を合わせる。
目に涙を浮かべながら静かに首を振るムーシュ。
「ダ、ダメだ……。逃げろ……」
蒼は言うことを聞かない身体をヨロヨロと動かしながら、ムーシュに手を伸ばす。
だが、蒼の方を振り向いたムーシュは寂しげな微笑みを浮かべただけだった。
刹那、蒼の中に今までムーシュと過ごしてきた楽しい日々のイメージがブワッと湧き上がる。彼女のいたずらに満ちた眼差しは、常に何か新しい笑いをもたらし、その無邪気さが周囲を照らし出す。時に手を焼かせるその性格も、今や蒼にとってはかけがえのない宝物だった。もうムーシュなしの人生など考えられない。かけがえない存在として蒼の中に大きな位置を占めていた。
それが今、失われようとしている――――。
「止めろ! 僕が何でもやる。だからムーシュには手を出さないでくれ!」
蒼は悲痛な叫びを上げる。
パン!
軽い破裂音が無情にも荒野を切り裂くように響き渡った――――。
大きく見開かれる真紅の瞳、静かに崩れ落ちる身体……。
ああっ!
どさりと地面に力なく横たわるムーシュ。
蒼があわてて抱き起こそうとした時、震える唇は「ありがとう」と、動いたように見えた。
蒼の心は激しい鼓動を伴って暴れ、目の前が真っ暗になる。
「ム、ムーシュぅ!」
脱力する腕、光を失う瞳……。その現実感のない光景に蒼は凍り付く。
次の瞬間、ムーシュの身体はすうっと消えていき、ピンクに輝く魔石となって転がった。
「お、おい、嘘だろ? いやだよぉぉぉ」
蒼はピンクの輝きを抱きしめ、絶叫する。
転生してからというもの、ずっと一緒だったかわいい小悪魔。どこか抜けていて、だけどその愛嬌に心奪われる愛しい仲間。それが今、永遠の別れを迎え、ただの石となってしまった。
うわぁぁ!
絶望が叫び声を引き裂き、蒼は自分の不甲斐なさに打ちひしがれた。何が世界最強だ、かけがえのない者一人守れない力に何の意味があるのか。蒼は全てが嫌になり涙を流しながら地面に突っ伏した。
「はっ、奴隷が死んだだけで大騒ぎ、何なのおたく?」
サイノンは軽蔑の色を浮かべ、冷ややかに言葉を紡いだ。
「こ、この野郎……」
蒼の目からは激しい怒りがほとばしり、獰猛に歪む顔でサイノンをじっと見据えた。
「あー、怖い怖い。お前もすぐに奴隷のところに送ってやろう」
無慈悲な冷笑を浮かべ、サイノンは拳銃を蒼に向ける。撃鉄を起こすカチリとした金属音が静まり返った荒野に響いた。
蒼はムーシュの魔石をギュッと握り締める。蒼の体内には燃え盛るマグマの如く、抑えがたい怒りのネルギーが渦巻いた。ムーシュの無念を晴らさなければならない、その一心に燃え、死ぬことさえももはやどうでも良かった。ただ一点、サイノンを地に叩きつけることだけ、これが蒼の全てとなっている。その思いは猛々しい嵐となり、頭を駆け巡り、こぶしには無尽蔵のエネルギーを集約させていった。
その時だった、ムーシュの魔石がひときわ明るく輝きを放った。その輝きは蒼の精神と直結し、静かに響く波紋を送り込んだ。波紋が心に刻むイメージ、それはムーシュの得意魔法【目つぶしの魔法】の呪文だった。この瞬間、未知の力が蒼の中で目覚めた。そう、目つぶしの魔法が、蒼の魂に刻まれたのである。