「神の神じゃと? まぁ……、いてもおかしくないが……しかしそれがどういう……」

 レヴィアは冷汗を浮かべながら必死にサイノンの意図を考えるが、あまりにも奇想天外な発想についていけない。

「察しの悪い奴だな! 要は上位の神に『女神よりコイツの方が使える』と、思ってもらえたらリソースは俺に振り向けられるようになるのさ」

「いやいや、そんな荒唐無稽な……」

 とんでもない話にレヴィアはその言葉を打ち棄て、頭を振った。

「実はそういう可能性につながる証拠を俺はつかんでいるんだよ。この世界もその証拠の応用さ」

「上位の神の証拠? まさか……」

「まぁ、これを見ろよ」

 サイノンが空中を指し示すと、ヴゥンという不気味な電子音が響き渡り、空は突如として、異次元の歪みを抱く。

「な、なんじゃ!?」

 いきなり太陽の光が覆い隠される。漆黒のモノリスが、現れたのだ――――。

 その存在は一キロ以上もの高さを誇り、側面の(かど)の所にいくつも入った神秘的なスリットからは、幽玄の青白い光が噴き出している。それは、窓がほとんどない漆黒の超高層ビルが夜空に浮かんでいるかのような、不思議で荘厳な光景だった。

「こ、この面妖な物は一体……」

 その異形の巨大構造物に圧倒され、レヴィアは後ずさりする。

「これこそ、我が居城【電子(ビットストーン)浮岩城(フォートレス)】だよ。どうだい、美しいと思わんかね?」

「美しい? こんな禍々(まがまが)しい物作ってどうするつもりじゃ!?」

「どうするって? この俺が新しい宇宙のスタンダード、新たな神になるんだよ」

 熱に浮かされたようにサイノンは狂気と混ざり合った恍惚とした表情で、両手を高く掲げた。

「く、狂ってる……」

 首を振るレヴィアの顔には、拭い去ることのできない不安が冷汗となって流れた。

「なんだ? レヴィア。俺のこの世界を見てもまだそんなこと言ってるのか?」

「お主……、神になってどうしたいんじゃ?」

「どうしたい? 変なことを聞くんだな。自分が世界になる、それこそが全ての存在の最終到達点だろ? 神になり、俺は完成するんだよ! はっはっは!」

 サイノンの狂気は渦を巻き、彼の瞳にはもはや理性の光は宿らない。

「そんなの勝手にやってろ! わしらを巻き込むな!」

 サイノンは、ピクッと頬を引き攣らせ、レヴィアに対して暗く、不気味な視線を向けた。

「……。残念だよレヴィア。君なら理解してくれると思ったんだがな……」

 パチンと指を鳴らすサイノン。電子(ビットストーン)浮岩城(フォートレス)の表面にまるで水面に落ちた水滴のように虹色の波紋がブワッと広がっていく。

 直後、電子(ビットストーン)浮岩城(フォートレス)全体がまばゆい閃光を発し、ヴォンというけたたましい電子音が天地に響き渡った。

 うわっ!

 思わず耳をふさぐレヴィアだったが、直後に現れた直径数キロはあろうという巨大な暗黒の球に圧倒される。宇宙の暗黒を思わせる禍々しい球は不気味に宙に浮かび、その邪悪な存在感にレヴィアの鼓動は早鐘を打った。

「さぁ、君へのプレゼントだ!」

 嬉しそうに両腕を広げるサイノン。

 直後、黒い球はパチンとはじけ、中から見覚えのある火山が現れる。

「あ、あれは……。まさか……」

 火山は静かに重力に引かれ落ちていった。やがて、大森林へと墜落するとすさまじい轟音を立てながら割れ、崩落していく。もう千年もの永きにわたり、レヴィアの心の拠り所であったその雄大なる山が、あたかもオモチャのように崩れ去っていく……。

 レヴィアの震える唇は無言の叫びを紡ぎ、身体は凍りつく。

「レヴィア君、君の拠点を丸ごと持ってきてやったぞ! 壊れちまったけどな! はっはっはーー!」

「貴様ぁ!」

 レヴィアは腹にぐっと力を込め、ドラゴンへの変身を試みた……が。

「あ、あれ……? ど、どうしたんじゃ……?」

 何度やってもレヴィアは少女のまま、本来の姿に戻ることができず、絶望の淵で真っ青になって動けなくなる。

「クハハハ! この世界は俺の世界。君は全ての特殊能力は無効にさせてもらったよ。ここでは君はただの人間。非力な小娘だ」

「な、な、な、なんてことをするんじゃ……」

 鼓動が早鐘を打つ中、レヴィアは次々とスキルを起動しようとしてみるものの、全て片鱗すらも現われることはなかった。

 くぅぅぅ……。

 ドラゴンの姿、スキルはこれらはレヴィアにとって揺るぎない存在の象徴であり、自己のアイデンティティそのもの。その全てを喪うことは、高く大空を舞う鳥が突如、羽をもがれると同じである。

 自らの存在意義が霧散してしまったレヴィアは絶望の中、静かに膝を折った。

「おいおい、君には暴れまわってもらう予定だからこんなところでくたばってもらっちゃ困るよ。くふふふ……」

 サイノンは嗜虐(しぎゃく)的な笑みを浮かべながら静かに浮かび上がると、ツーっと空を飛び、電子(ビットストーン)浮岩城(フォートレス)のスリットのところにすぅっと吸い込まれて行った。

 レヴィアは忌々しそうにそんなサイノンの姿をにらみ、これから始まる地獄の予感にギリッと奥歯を鳴らした。

 ヴォン!

 電子(ビットストーン)浮岩城(フォートレス)の漆黒の表面に青い波紋がいくつか広がり、こちらへ向けて動き始める。

「おいおい……、もう止めろよぉ……」

 レヴィアはサイノンの容赦ない追い込みにウンザリして首を振る。

 宙に浮いたレヴィアの広間は周りの溶岩ごと丸く切り抜かれており、大きさで言ったら数十メートルくらいしかない。

 電子(ビットストーン)浮岩城(フォートレス)は一キロを超える巨体である。逃げることもできない無力のレヴィアには、絶望しか見えず、不気味に迫る影に心を凍りつかせていた。

 ぐんぐんと迫ってくる電子(ビットストーン)浮岩城(フォートレス)。もはや衝突は不可避だった。