「じゃ、誰が……?」
その時、いきなりドアが開き、バタバタと親衛隊の男たちが乱入してきた。
「ああっ! 魔王様……」「や、やられてしまった……」「おい、解析班急げ!」
親衛隊の男たちはムーシュたちのことを気にも留めず、魔石や、周囲に設置してあった魔道具の調査を始めた。
「北北東およそ二百キロです!」「まさか赫焔王?」「多分そうではないかと……」「くぅ……、マズい……」
聞き耳を立てていると、どうやらゲルフリックを殺した【即死】スキルは暴れ龍赫焔王が放ったものらしい。
『まさか僕以外にも【即死】スキル持ちがいたなんて……』
蒼は冷汗を垂らした。【即死】スキルの恐ろしさは蒼が一番よく知っている。今この瞬間にも『地上の者全員Death』と唱えられて滅亡させられてもおかしくないのだ。
『ど、どうしよう、パパが……』
ムーシュは涙目になって蒼を見つめる。
赫焔王が【即死】スキル持ちであれば、誰も暴れ龍を止められない。ムーシュの父親含め全員殺されるだろう。
蒼は何も言えず、うつむくしかなかった。
うぇぇぇん……。
ムーシュは軽く手を顔に押し当て、その瞳からは静かに涙がぽつりぽつりと零れ落ちていった。
『だ、大丈夫、何とかなるって。とりあえず情報を集めよう。赫焔王の場所と状態、パパの配属先とか……』
蒼はムーシュの背中をさすりながら元気づけるように言う。
ムーシュは涙をぬぐいながらうなずき、ヨロヨロと歩き出した。
◇
知り合いの情報部員から話を聞き出した二人は、ムーシュの部屋で作戦を練る。
自分のせいで赫焔王を解き放ってしまった蒼は責任を感じ、暗い顔で首をひねる。しかし、なかなかいい案は思い浮かばなかった。
「主様の【即死】で殺せないんですか?」
ムーシュはそんな蒼の暗い顔を心配そうにのぞき込む。
「【即死】は効くかもしれないし、効かないかもしれない。もし効かなくて自分が撃ったことを赫焔王に知られたら僕は終わりだよ?」
蒼は深く憂いを帯びた眼差しでムーシュの真紅の瞳を見つめた。【即死】スキル持ちのドラゴンが、同じスキルで簡単にその命を絶たれる光景は、どうしてもイメージできないのだ。
「でも、こうしている間にもパパは……」
感情が口から溢れ出そうなムーシュは、唇をぎゅっと結んで、そっと視線を下げた。
蒼は重い息を吐き出す。パパを戦地から連れ戻したところで、それは単なる敵前逃亡に過ぎず、厳しい罰が下されるだけだろう。そんなことをしても、赫焔王が恐怖を振りまき、大陸が次第に血塗られた地獄と化していくのは止められない。
先代魔王がどのような秘術で【即死】を持つ赫焔王を封印したのか、その詳細は歴史の闇に消えてしまっている。魔王軍が慌てふためいてるところを見ると、その強力な技は現代の魔王軍には使いこなせない、もしくは失われてしまったのだろう。
「仕方ない、【即死】を撃ってみるよ」
蒼の内部で静かながらも揺るぎない覚悟が湧きあがり、ムーシュを抱きしめるようにその震える肩に手を添えた。
「え……?」
「でも、ここじゃダメだ。撃った場所は分かるみたいだから少し離れてやろう」
ムーシュは涙を手のひらで拭いながらそっとうなずいた。
◇
食事を手短に済ませた後、魔王城の発着場を背に雄大な空へと元気一杯に翼を広げ、二人は飛び立った。
午後の日差しが岩山を金色に染め上げる中、南へと舵を取り、軽快に飛んでいく。やがて魔王城は、遥か彼方の霞む地平線に溶け、視界から静かに消え去った。
「じゃあそろそろ撃つぞ」
蒼の声は微かな震えを含み、その顔には抑えきれない緊張が浮かんでいる。
ムーシュはキュッと蒼を抱きしめ、こわばる心に寄り添った。
大陸を火の海にする暴れ龍赫焔王。【即死】が効くなら一瞬で終わりだが、効かなかったときどう立ち回ったらいいか? いろいろ考えてみても逃げの一手以外ない。今はただ南へと飛び続けることしか考えられなかった。
蒼は深く、力強く息を吸い込む。その瞳には決意が宿り、直後、彼女のかわいい声が響き渡った。
「赫焔王死ぬDeath!」
不気味に静かな時間が流れる。効いたならレベルアップの音が鳴るはずだった。
「ど、どうですか……?」
ムーシュは心配そうに聞いてくる。
しかし、いくら待てども何の変化も起こらなかった。
蒼はギリッと歯を鳴らすと、後悔で焼けるような胸をこらえるようにムーシュの腕をギュッとつかんだ。
「全速離脱! 南へ逃げよう!」
「わ、分っかりましたー!」
ムーシュは羽を紫に輝かせると一気に速度を上げ、南へと急いだ。
「天声の羅針盤発動!」
蒼は焦りを隠せず、ムーシュの腕をパシパシと叩く。
「アイアイサー!」
ムーシュは目をつぶり、ブツブツと呪文を唱える。
さすがに数百キロも離れているのだからすぐに現れる訳はないと思うが、何が起こるか分からない。何しろ相手は史上最悪の暴れ龍なのだ。
「うーん、今のところ特に何の反応もないですねぇ……」
「うん、まぁ、そうだろうな。距離もあるし、これだけ速く飛んでるんだし……」
「えっ!?」
突如、ムーシュの驚愕の叫びが空気を震わせた。
「な、何だ?」
「なんか上に反応が……?」
直後、いきなり快晴の大空を飛んでいた二人は日陰に入った。
へっ!?
慌てて見上げた蒼が見つけたのは天空を闇に変える巨大な翼。大型旅客機をも凌ぐ漆黒の巨体が、圧倒的な威圧感をもって空を支配していた。
その時、いきなりドアが開き、バタバタと親衛隊の男たちが乱入してきた。
「ああっ! 魔王様……」「や、やられてしまった……」「おい、解析班急げ!」
親衛隊の男たちはムーシュたちのことを気にも留めず、魔石や、周囲に設置してあった魔道具の調査を始めた。
「北北東およそ二百キロです!」「まさか赫焔王?」「多分そうではないかと……」「くぅ……、マズい……」
聞き耳を立てていると、どうやらゲルフリックを殺した【即死】スキルは暴れ龍赫焔王が放ったものらしい。
『まさか僕以外にも【即死】スキル持ちがいたなんて……』
蒼は冷汗を垂らした。【即死】スキルの恐ろしさは蒼が一番よく知っている。今この瞬間にも『地上の者全員Death』と唱えられて滅亡させられてもおかしくないのだ。
『ど、どうしよう、パパが……』
ムーシュは涙目になって蒼を見つめる。
赫焔王が【即死】スキル持ちであれば、誰も暴れ龍を止められない。ムーシュの父親含め全員殺されるだろう。
蒼は何も言えず、うつむくしかなかった。
うぇぇぇん……。
ムーシュは軽く手を顔に押し当て、その瞳からは静かに涙がぽつりぽつりと零れ落ちていった。
『だ、大丈夫、何とかなるって。とりあえず情報を集めよう。赫焔王の場所と状態、パパの配属先とか……』
蒼はムーシュの背中をさすりながら元気づけるように言う。
ムーシュは涙をぬぐいながらうなずき、ヨロヨロと歩き出した。
◇
知り合いの情報部員から話を聞き出した二人は、ムーシュの部屋で作戦を練る。
自分のせいで赫焔王を解き放ってしまった蒼は責任を感じ、暗い顔で首をひねる。しかし、なかなかいい案は思い浮かばなかった。
「主様の【即死】で殺せないんですか?」
ムーシュはそんな蒼の暗い顔を心配そうにのぞき込む。
「【即死】は効くかもしれないし、効かないかもしれない。もし効かなくて自分が撃ったことを赫焔王に知られたら僕は終わりだよ?」
蒼は深く憂いを帯びた眼差しでムーシュの真紅の瞳を見つめた。【即死】スキル持ちのドラゴンが、同じスキルで簡単にその命を絶たれる光景は、どうしてもイメージできないのだ。
「でも、こうしている間にもパパは……」
感情が口から溢れ出そうなムーシュは、唇をぎゅっと結んで、そっと視線を下げた。
蒼は重い息を吐き出す。パパを戦地から連れ戻したところで、それは単なる敵前逃亡に過ぎず、厳しい罰が下されるだけだろう。そんなことをしても、赫焔王が恐怖を振りまき、大陸が次第に血塗られた地獄と化していくのは止められない。
先代魔王がどのような秘術で【即死】を持つ赫焔王を封印したのか、その詳細は歴史の闇に消えてしまっている。魔王軍が慌てふためいてるところを見ると、その強力な技は現代の魔王軍には使いこなせない、もしくは失われてしまったのだろう。
「仕方ない、【即死】を撃ってみるよ」
蒼の内部で静かながらも揺るぎない覚悟が湧きあがり、ムーシュを抱きしめるようにその震える肩に手を添えた。
「え……?」
「でも、ここじゃダメだ。撃った場所は分かるみたいだから少し離れてやろう」
ムーシュは涙を手のひらで拭いながらそっとうなずいた。
◇
食事を手短に済ませた後、魔王城の発着場を背に雄大な空へと元気一杯に翼を広げ、二人は飛び立った。
午後の日差しが岩山を金色に染め上げる中、南へと舵を取り、軽快に飛んでいく。やがて魔王城は、遥か彼方の霞む地平線に溶け、視界から静かに消え去った。
「じゃあそろそろ撃つぞ」
蒼の声は微かな震えを含み、その顔には抑えきれない緊張が浮かんでいる。
ムーシュはキュッと蒼を抱きしめ、こわばる心に寄り添った。
大陸を火の海にする暴れ龍赫焔王。【即死】が効くなら一瞬で終わりだが、効かなかったときどう立ち回ったらいいか? いろいろ考えてみても逃げの一手以外ない。今はただ南へと飛び続けることしか考えられなかった。
蒼は深く、力強く息を吸い込む。その瞳には決意が宿り、直後、彼女のかわいい声が響き渡った。
「赫焔王死ぬDeath!」
不気味に静かな時間が流れる。効いたならレベルアップの音が鳴るはずだった。
「ど、どうですか……?」
ムーシュは心配そうに聞いてくる。
しかし、いくら待てども何の変化も起こらなかった。
蒼はギリッと歯を鳴らすと、後悔で焼けるような胸をこらえるようにムーシュの腕をギュッとつかんだ。
「全速離脱! 南へ逃げよう!」
「わ、分っかりましたー!」
ムーシュは羽を紫に輝かせると一気に速度を上げ、南へと急いだ。
「天声の羅針盤発動!」
蒼は焦りを隠せず、ムーシュの腕をパシパシと叩く。
「アイアイサー!」
ムーシュは目をつぶり、ブツブツと呪文を唱える。
さすがに数百キロも離れているのだからすぐに現れる訳はないと思うが、何が起こるか分からない。何しろ相手は史上最悪の暴れ龍なのだ。
「うーん、今のところ特に何の反応もないですねぇ……」
「うん、まぁ、そうだろうな。距離もあるし、これだけ速く飛んでるんだし……」
「えっ!?」
突如、ムーシュの驚愕の叫びが空気を震わせた。
「な、何だ?」
「なんか上に反応が……?」
直後、いきなり快晴の大空を飛んでいた二人は日陰に入った。
へっ!?
慌てて見上げた蒼が見つけたのは天空を闇に変える巨大な翼。大型旅客機をも凌ぐ漆黒の巨体が、圧倒的な威圧感をもって空を支配していた。