森で野宿をした翌日、ムーシュは力強く羽ばたきながら嬉しそうに地平線を指差した。

「主様、見えてきましたよぉ~」

 指の先には荒涼とした岩山の連なる中、ひときわ異彩を放つ漆黒の溶岩ドームが陰鬱な気配を漂わせている。どこか死を連想させるこの暗黒の巨大建造物こそ、多くの者が恐れをなす魔王城だった。

「初代の魔王様が地面を割ったらマグマが噴き出して巨大なドームができたんです。そこをくりぬいてお城にしたんですね」

「マジかよ……」

「伝説ですから盛ってあるんでしょ? きゃははは! で、ドームの地下にはアリの巣みたいに多くの通路と部屋があるんですよ。うちの家もそこにありマース!」

「え~っ、地下……? ダンジョンみたいなの? それはちょっと……」

「何言ってるんですか! 夏は涼しく、冬は暖かく、全館セントラル空調でめちゃくちゃ快適なんですよ?」

 ムーシュはほっぺたを膨らませて怒る。郷土愛は相当なものだった。

「そ、そうか、それは凄いな……」

「中には数万人収容のスタジアムまであるんですから! エヘン!」

「ス、スタジアム!? 地下に?」

「そうですよ! 魔王城をなめてもらっちゃ困るですよ? うふふ。あ、そうだ。これ着けなきゃ……」

 ムーシュはバッグからカチューシャを取り出すと、蒼のブロンドヘアに滑らかにセットした。カチューシャには可愛い(つの)がついており、これで蒼も魔人に見えるということらしい。

「ふふっ、主様もこれで魔人ですよ」

「いや、ちょっと、さすがにこれはバレるでしょ!」

 蒼はカチューシャを指先で確認しながら、不安になって叫んだ。

「大丈夫、大丈夫、バレたら殺しちゃってください。くふふふ」

「お、お前……」

 ムーシュの無邪気な笑いが空に溶けていく中、蒼は空を仰ぐことしかできなかった。


        ◇


 さらに近づいて行くと、溶岩ドームの全貌が見えてきた。高さは二キロ近くあり、太さは一キロ弱くらいだろうか? 岩山たちの中にあって、漆黒のドームは異様な雰囲気を醸し出している。ドームの表面には多くの穴がのぞいており、ガラス窓がはめられている。最上階には巨大な窓が開き、中には魔法のランプが並んで見えた。魔王の部屋だろうか?

 下の方にぽっかりと大きな穴が開いていて、そこから多くの人が出入りしているのが見えてきた。言わば空港なのだろう。飛び立って行く人が優先のようで、降りる人は飛び立つ人を避け、空いているところに着陸していく。中にはワイバーンのような巨大な魔物に乗って飛び立っていく人たちもいるが、そういう大きな魔物の場合は脇に専用の離発着場があるようだった。

「いやぁ、凄いなぁ……」

 蒼が圧倒されていると、ムーシュは嬉しそうにスリスリと頬ずりをする。

「でしょぉ? うふふっ」

 王都も見事だったが、この巨大な溶岩ドームを見てしまうと色あせてしまう。こんなの前世の地球だって見たことが無かったのだ。

「着陸しますよぉ……」

 ムーシュはバサバサッと力強く羽ばたきながら、空港のステップめがけて高度を下げていく。

 どんどん近づいてくる地面。

 ムーシュは最後にバサバサバサッと激しく羽ばたき、一瞬空中で止まるとそのまますっと地面に降り立った。

「お疲れ様!」

 蒼はトントンとムーシュの腕をタップして長旅をねぎらった。

「ようこそ魔王城へ!」

 ムーシュは蒼を高々と持ち上げると、空へとはるか高くそびえる魔王城を見せた。

「うはぁ……」

 見上げてみるとその漆黒の魔王城の迫力は圧倒的だった。巨大な壁面は二キロ近くも垂直に立ち上がっており、距離感がバグってくるレベルである。超高層ビルだって数百メートルなのだ。こんな高い建物などどう表現していいかもわからない。

「とりあえず、お(うち)へ行きましょ?」

 ムーシュは蒼のカチューシャを整えるとキュッと抱きしめ、魔王城の中へ駆け出した。


        ◇


「お疲れ様でーす!」

 入ってすぐのところの検問で、ムーシュは衛兵にブレスレットを見せてにこやかに通過する。

 その先にはまるで大型ショッピングモールを思わせる吹き抜けの回廊がずっと遠くまで続いていた。ずらりと並ぶ魔法ランプが明るく照らし出す中を、多くの魔人が翼をはばたかせ、飛び交っている。

「うわぁ! 何これ、すごい……」

 蒼はその活気あふれるファンタジーな世界に圧倒された。

「ふふーん、魔王城の方が断然進んでるのよ?」

 ムーシュはドヤ顔で嬉しそうにそう言うと、蒼を抱き上げて回廊にピョンとダイブして、ツーっと飛んでいく。

 うわぁ……。

 両脇には飲食店やら雑貨屋、食料品店などがずらりと並び、どこもにぎわっている。地下だと聞いていたのでかび臭くじめじめしている洞窟のような世界を想像していたがとんでもない、それは前世でも見たことの無いほど魅力的なジオフロントだった。原始的で野蛮な暮らしを想像していた蒼はその高度な生活水準に衝撃を受ける。

 回廊は枝分かれし、また、枝分かれのところには下の階層へとつながっている巨大な穴があり、立体的に高度に設計されていた。

「これは圧倒的だね……。でもなんで地下なの?」

「それはここが城塞都市、戦争に特化した街だからですよ」

「防衛に徹した街……ってことかな?」

「そうですよ。ここには目に見えない結界が無数張り巡らされていて、いまだかつて一度も攻め落とされたことがないんです。あ、主様に魔王様倒されてましたね、うふふ……」

 ムーシュは楽しそうに笑った。

 ここまで徹底した守りの拠点に居て、長きにわたり一度も倒されたことがない魔王が蒼の一言で消されてしまっていたのだ。改めて蒼は自分のスキルの異常なチート性能にクラクラしてしまう。

「さて、そろそろお(うち)ですよぉ。パパもママも元気かな~? ムーシュは帰ってきましたよぉ~♪」

 ムーシュは吹き抜けの二階層部分にシュタッと着地すると、枝分かれしている細い小路へと元気に駆けていった。