その晩、ギルドでのお祝いを断って二人は夜を待った。

「なぁ、上手く解呪できるかなぁ……?」

 蒼はベッドに身を横たえ、窓から見える夕暮れの空を静かに見つめた。星々が徐々に現れ、一つ一つが静かに輝きを放ち始める。

「きっと上手くいきますよ! なんて言ったって女神の魔道具ですからね! くふふふ」

 ムーシュは蒼の隣に静かに身を横たえ、楽しそうに笑うと、その深く紅い瞳で蒼のブロンドを愛おしそうになでた。

「だといいんだけど……」

 海より深いため息をついて蒼は目をつぶった。生きるか死ぬか、運命の時が近づいていることに蒼は落ち着かない心を持て余す。

「上手くいったら主様はどうするんですか?」

「ん……? まぁ……、田舎の村でのんびり暮らそうかな」

「はぁ!? 何ですかその老人みたいな暮らし。主様は世界一強いお方。もっと表舞台で活躍していただかないと!」

 ムーシュはガバっと起き上がるとこぶしを握り力説した。

 蒼はチラッとムーシュを見ると鼻で笑う。

「活躍したら何が嬉しいんだ?」

「お金ガッポガッポで、毎日おいしいもの食べてイケメン(はべ)らせられますよ!」

 はぁ~……。

 蒼は首を振り、深いため息をついた。

「あのなぁ。金なら魔石換金したら不自由しないし、僕はイケメン嫌いなの!」

「イ、イケメン嫌い……。それはまだ主様が小さいからですよ! 大きくなればイケメンの良さも……」

「歳は関係ないの! イケメンは敵だ!!」

 八割の男子が抱えているであろう本音を蒼は爆発させる。

 前世、女の子たちのキラキラと輝く瞳がイケメンに向けられていたのを、モテない自分がどれだけ恨めしく思っていたことか。ちょっと容姿がいいだけで特別扱いされるその理不尽さに、激しい怒りを覚えていたことがフラッシュバックしてしまう。しかしそれは所詮ひがみだし、幼女となった自分にはもう関係ない話だった。

 蒼は自分でも情けないことを言っていることに嫌気がさして、毛布に潜り込んだ。

「もしかして……。女の子の方が好きとか……」

 ムーシュは恐る恐る聞いてくる。

 うるさい!

 蒼は毛布から手だけ出してパシパシとムーシュをはたいた。

「痛い痛い……。わかりましたよぉ、主様ぁ」

 ムーシュはたまらず逃げだしていく。

 蒼はもう一度銃身の模様を眺め、ふぅと深くため息をついた。


       ◇


 やがて暗がりが徐々に王都を覆いつくし、星々が空にきらめきを散らばらせた。赤い月が石畳の道の先から、静かにその顔を現し、いよいよその時がやってくる。

 蒼は銃を取り出すとそっと窓辺に置いた。

「これで……いいのかな?」

 ほのかな月明かりに照らされて、心なしか拳銃も光を纏って見える。

「うーん、もうちょっと昇って来ないと月光が弱いかもですね……」

 ムーシュはワクワクした瞳でじっと拳銃を見つめた。


       ◇


 しばらくすると月も青く輝き始め、拳銃も光の微粒子を辺りに放ち始めた。

「おぉぉぉ……」「綺麗ですねぇ……」

 月の明かりを浴びて徐々に輝きを増す拳銃。幻獣の彫り物も今にも飛びかかってきそうな迫力を帯びてきた。

「ではムーシュ、一発……頼むよ」

 蒼は何度か大きく深呼吸をするとそっと拳銃を持ち上げる。そして、先の方をつかんでムーシュに差し出した。その碧い瞳には今にも泣きだしそうな悲痛な覚悟が浮かんでいる。

「わ、私が撃つんですか?」

「自分じゃ上手く撃てないじゃないか」

「……。わかりましたよぉ……」

 ムーシュはおっかなびっくり銃を受け取ると、そっと光り輝く銃身をなでてみる。なでるたびに光の微粒子がパァっと散って部屋が明るくなった。

「引き金を引けば……いいんですね?」

 ムーシュはベッドに腰かける蒼の心臓を、素人丸出しのフォームで狙った。

「そう、引くだけ。ちゃんと心臓を狙えよ?」

 蒼はまるで予防注射を受ける保育園児のように、苦々しい顔をしながら顔をそらす。

「い、いきますよぉ……」

「外すなよ!」

 ムーシュは大きく息をつくと、目をギュッとつぶって引き金を引いた――――。

 キュイィィィィン……。

 拳銃は甲高い音を立てながら激しい閃光を放ち、直後パン! という破裂音を立てた。

 刹那、キン! という金属音が部屋に響き、蒼の胸の前には水面のように青く輝く波紋が広がっていった。

 カン! コロコロコロ……。

 床にはクリスタルの銃弾が転がっていく。

 は……? あれ……?

 呆然とする二人。

 心臓に当たらなければならないはずの弾丸が足元を転がっている。それはあってはならない事態だった。

「な、なんだよこれぇ!」

 蒼は頭を抱えた。女神製の魔道具ははじき返されてしまったのだ。つまり、天使のかけた呪いの方が魔道具より強かったということだろう。

「チクショー! もう一度だ!」

 その後二人は何度も試したが、何度やっても弾ははじき返され、心臓に届くことはなかった。