演舞場のステージに登り、にらみ合う両者。

 文官の中年男と、Sランクの少女冒険者の対戦。こんな前代未聞の戦いを、宮殿の者たちが見逃すはずがない。演舞場には大勢の観客が詰めかけ、その結末に心を躍らせていた。

 演舞場のそばの椅子にちょこんと座らされた蒼は、テレパシーでムーシュに指示を出す。

『開始早々決めるからすごい魔法を打つポーズを見せろよ』

『合点なのです! ちゃちゃっと殺しちゃってください!』

 ムーシュは蒼に向かって手を振り、嬉しそうにパチッとウインクをする。

 そのあまりにお気楽な様子に、蒼の脳裏には嫌な予感がよぎった。

 大丈夫かな……。

 マグヌスは自分を引きずりだした少女のことを忌々(いまいま)し気に(にら)んでいた。苦労して手に入れた宮殿内での地位をこんな小娘の気まぐれで台無しにされてはたまったものではない。全力で口封じをして黙らせる以外なかった。

 両者がにらみ合いながらツカツカとお互い距離を詰めた時だった。

「もし、生き残っても、後でグチャグチャに犯しぬいてぶち殺してやるから楽しみにしておけよ」

 マグヌスはいやらしい笑みを浮かべながらささやく。

「あら? 最期の言葉がそれ? 遺族に伝えておくわ」

 ニヤッと笑うムーシュ。

 マグヌスは明らかに格下なムーシュの余裕に違和感を感じた。数年前魔王城で見たときはペーペーの下っ端の小娘だったはずである。上級魔人としての自分の実力だって知ってるはずだ。しかし、ムーシュは勝つ気でいるのだ。

 自分の知らない罠か魔導具を仕込んでいるのでは? と、ムーシュの身体を凝視してみても、ただの正装のジャケットを羽織っているだけで、武器一つ持っていない。そもそも試合になるのもさっき国王が決めた事。準備しているとも思えなかった。

『何だ? 何をやるつもりだ!?』

 マグヌスはギリッと奥歯を鳴らし、最初から全力で叩き潰す方針に変える。違和感を大切にしてきたから今まで生き残ってきたのだ。ムーシュには手を抜いてはならないと本能が告げている。

「はい! 両者位置について!」

 レフェリー役の男が声をかける。

 ムーシュは首を回し、バレリーナのようにすっと片足を前に伸ばすと、凛とした姿勢でぐっと背筋を張る。そして、まぶたを閉じて深く息を吸うと、マグヌスに向かって挑戦的な笑みを投げかけた。

「レディーーーー……」

  レフェリーの声が中庭に響き渡り、観衆は固唾を飲んで二人を食い入るように見つめている。

「GO!!」

 腕を振り下ろすレフェリーの叫び声と同時に、マグヌスは目にもとまらぬ速さで右手でシュッと小さな円を描いた。

 直後、目の前に紫色に輝く禍々しい魔法陣が浮き上がる。それと同時に無数の魔法陣がムーシュを囲むように出現し、激しい紫色のオーラを噴き上げた。

 その圧倒的な魔力と技に観衆は気おされ、みな表情をこわばらせる。

 へ?

 いきなりのことにムーシュは反応が遅れた。

 すると、魔法陣からは次々と大きなクモの魔物がゾロゾロと出てくる。

「ひ、ひぃぃぃぃ! いやぁぁぁ!」

 クモが大嫌いなムーシュは無数のクモに囲まれて半狂乱に陥る。

『バカ! 早く魔法打つポーズだ!』

 蒼は焦ってテレパシーを送ってみるが、ムーシュはもう言葉が通じる状態ではなかった。

『うぎゃぁぁぁぁ!』

 無様にクモから逃げ回るムーシュ。

『馬鹿野郎が!』

 蒼はギリッと歯を鳴らした。

「かははは! 死ねい!」

 勝ちを確信したマグヌスは両手を振り下ろし、無数のクモに攻撃の指令を送る。

 クモたちはムーシュに向かって目を激しくピカッと光らせた。

 うわぁ! ひぃ!

 観衆はあまりのまぶしさに目を覆う。

 ドサッ……。

 直後、演舞場で何かが倒れる音が響いた。

 観衆が恐る恐る目を開くと、そこにはなんとマグヌスが横たわっている。そして、無数のクモたちもすぅっと消えていった。

 舞台にはただひとり、放心状態のムーシュが固まったように立っている。

 え? はぁっ?

 観衆がポカンとしているとレフェリーが走り寄り、マグヌスの様子を見る。

 しかし、腕でバッテンを作ると叫んだ。

「担架だ! 急いで!」

 蒼は呆然と突っ立っているムーシュに念話で叫ぶ。

『バカ! 何やってんだ! 勝利のポーズだ、勝ち名乗りを上げろ!』

 ムーシュはハッとすると、慌ててピョンと跳び上がり、観客に向かって笑顔で手を振った。

「イェーイ! 私の勝ちよっ!」

 しかし、そのとってつけたかのようなパフォーマンスに観客全員、疑問の視線を浴びせかける。確かに勝利は手中に収めたかもしれないが、その戦いが伝説とされるSランクに相応しいとは誰も思わなかった。

 シーンと静まり返る会場。

「あ、あれ……?」

 ノリの悪い会場に、さすがに違和感を感じたムーシュは固まってしまう。

 と、その時だった。マグヌスの身体がすうっと消えると、後に紫色に輝く魔石がころりと転がっていく。

 えっ!? な、何ぃ!?

 会場が一瞬の静寂に包まれた後、驚きのどよめきが波のように広がった。

 宮殿の中枢の文官がなんと魔人だったのだ。それもあんな超ド級の攻撃を展開できるほどの手練れが中枢に食い込んでいたということであり、それは国家の存亡にかかわる危機だったということを意味する。

「こ、これはどういう事じゃ! 緊急会議じゃ! 宰相、今すぐ会議室にメンバーを集めよ!」

 国王は叫び、もはやSランク任命式など吹き飛んでしまった。

「あ、あれ……。褒章の話は?」

 ステージ上でムーシュはほったらかしにされ、ただ、所在なくオロオロするばかりだった。