ムーシュは焦って蒼を抱きあげ、テレパシーで聞く。

『ご、ご主人様どうしましょう?』

『どうしようも何も、解呪の魔道具をもらわないとだから断るわけにはイカンよね。困ったなぁ……』

 蒼は頭を抱える。

『サクッと殺しちゃいましょう!』

 ムーシュは悪い顔で笑みを浮かべるが、模擬試合で殺すのも気が進まない蒼であった。

「ムーシュさん、お願いしますよ! ガツンと一発お願いしますよ!」

 渋ってるムーシュにギルドマスターは懇願(こんがん)する。ギルドの威信をかけてムーシュには頑張ってもらわねばならなかった。

「わ、わかりました……。でも、私、手加減できないので、相手を死なせちゃっても罪には問わないとお約束ください」

 ムーシュは顔を上げ、国王にお願いする。

 どよめきが部屋に広がった。ひ弱な小娘が殺されるのではなく、殺す心配をしている。それは異様な事態だった。

「こ、こう言ってるがどうじゃ?」

 国王はムーシュの言葉の真意をはかりかね、騎士団長に振る。

「こ、殺すだと……? お前が……?」

 騎士団長は、動揺を隠せなかった。ただのブラフだと思いたいが、ムーシュの口ぶりにはそんな駆け引きではなく素で心配して言っているニュアンスが感じられたのだ。

「魔人も殺すつもりはなかったんですが、なんだか死んじゃったんです。今回もそんなことになったら嫌だなって……」

 切々と語るムーシュ。皆、一体どういうことか分かりかね、部屋には静けさが広がった。

 蒼は騎士団長のステータスを表示させてみたが、レベルは253、ムーシュでは到底かなわない。蒼がひそかに手助けしたいところだったが、こんな衆人環視の下ではさすがに難しい。とは言え、即死スキルで殺すのは避けたかった。

 蒼はこの場をどう切り抜けたらいいか、キョロキョロと辺りを見回す。すると、後ろに控えていた文官が一人だけ落ち着きのない様子をしているのが目についた。試しに鑑定をかけてみるとステータスがとんでもない事になっている。



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Lv.323 マグヌス・シュペルバー 48歳 男性
種族 :魔族(人間に偽装中)
職業 :黒魔術師
スキル:多重展開
    魔法を一気に同時に多数展開できます
称号 :魔法に愛されし者
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『おいおい、上級魔人がなぜこんなところに……』

 蒼は思わず息をのんだ。魔王軍のスパイであり、王国を滅ぼす策略の中心的存在であるのだろう。

 期せずして魔王軍の策略を知ってしまった蒼は、一計を案じる。ムーシュに指示を出し、文官との対戦を希望させた。

『あ、あのオッサン知ってる! セクハラしてくる嫌な奴!』

 ムーシュは魔王城でマグヌスに意地悪されたことを思い出す。裏でも相当に悪いことをやっていたと聞いたことがあったのだ。

『あいつを退治しよう』

『オッケー!』

 ニヤリと笑ったムーシュは、マグヌスを指さしながらにこやかに言った。

「対戦相手は、あなた。そちらのローブを(まと)ってる文官の方にお願いしますわ」

 マグヌスはいきなりの指名に焦り、露骨に嫌そうな表情でムーシュをにらんだ。

 一瞬の静寂の後、室内はどよめきに包まれ、皆互いの顔を探りながら驚きの色を浮かべた。

「おいおい、彼は戦闘要員じゃない。彼に勝っても認められんぞ!」

 騎士団長が気色ばんで叫ぶ。

「この中で一番強いのは彼……。それに……、彼には私を倒さねばならない理由があるはずですわ」

 ムーシュはニヤリと笑いながら鋭い視線でマグヌスを貫いた。

 マグヌスはハッとして、ものすごい形相でムーシュをにらみ返しながら前に出る。どうやら彼もムーシュのことを思いだしたようだった。ムーシュに彼が魔人であることをばらされたら彼の計略は全てが水の泡である。もはや戦ってムーシュを抹殺するより他なかった。

「希望……とあらば私が出ざるをえませんね」

 マグヌスは前に歩み出ると全身から不穏な紫の輝きを放つオーラが浮き上がった。

 その異様な姿に室内は静まり返った。

「殺してしまうかもしれませんが、それはご了承ください。演舞場はこちらです……」

 ツカツカと靴音をたてながらマグヌスは中庭の演舞場にムーシュを(いざな)った。

「くふふっ! 死ぬのはお前だっつーの」

 ムーシュは小声で笑いながら、ぴょこぴょことマグヌスについていく。

「お、おい……」

 騎士団長はなぜ文官がムーシュを殺せるのか理解が及ばなかったが、彼の放つ異様なオーラに気おされ、力なく手を伸ばすことしかできなかった。