蒼は再度大きくため息をつくと、うつろな目でステータスウィンドウを眺めた。

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Lv.100 アオ 三歳 女性
種族 :ヒューマン
職業 :無職
スキル:即死(Death)、鑑定
称号 :救世主、ジャイアントキリング
特記事項:原点回帰【呪い】
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 いつの間にかレベルが100になっていた。レベル1がレベル999を倒せば一気にそのくらいは行くのだろう。

 試しに蒼はピョンと跳び上がってみる。

 すると、幼女にもかかわらず、まるでトランポリンのように宙高く舞い上がってしまった。その異常な跳躍力に焦ってバランスを崩し、思いっきり頭から落ちてしまう蒼。

 痛ってぇ!

 だが、かなりの勢いで落ちたにもかかわらず怪我一つなかった。レベル100の身体能力や防御力というのは実は相当に強いのではないだろうか? 冒険者としても上級クラスかもしれない。

 一瞬、冒険者になろうかとも思った蒼だったが、幼女ではきっと受け入れてくれないだろうとがっくりと肩を落とす。

「ふぅ……。さて、どうするかな……」

 蒼はもう一度ピョンと跳び上がって周りの様子を眺めてみる。

 しかし、目新しいものは何もない。しばらく草原が続いた先は森になっていて、遠くに山が見えるだけ。こんな大自然の中でどうやって生きていけばいいのだろう?

 と、その時だった。突如、空全体が不吉な暗雲に飲み込まれ、青空は一瞬にして消え失せる。その雲は不気味にうねり、静かなる恐怖の渦を生み出していた。遠くで雷が怒り狂うように轟き、その音はまるで天空が裂けるかのような鋭さを帯びている。

 蒼は不安に駆られながら眉をひそめ、暗雲をじっと見つめた。やがて暗雲にレーザー光線のような激しく輝く赤い点が浮かび上がると、ぐるっと円を描きながら大空を一周していく。

 大空に浮かび上がる巨大な真紅に輝く円、その神秘的な光は暗雲を不気味に照らし、異界の扉を開くかのような圧倒的な存在感を放った。

「な、なんだ、あれは……?」

 蒼は予期せぬ恐れに顔を歪めながら、ゆっくりと後ずさる。

 妖しく輝く巨大な円の中心にはルビーのように輝く六芒星が浮かび上がってくる。そして周囲には謎めいたルーン文字が一つ一つ刻まれ始めた。

「魔法陣だ!」

 迫りくる恐ろしい現実に、蒼の頬を冷汗が伝った。やはり魔王を殺してはならなかったのだ。その名を不用意に唱えたことの代償の大きさに、蒼は真っ青になる。

 に、逃げなきゃ……。

 ガクガクと震えるひざを無理に動かし、逃げようとする蒼。

 突如、天と地を焦がすような鮮烈な赤い閃光が辺りを覆いつくし、雷鳴が大地を揺るがし、大爆発を起こした。

 刹那、激しい爆発の衝撃波に飲み込まれた蒼は、風に吹かれる葉のように宙に舞い、草原に落ち、転がっていく。

 ぐはぁ!

 幸いにもフワフワとした草が彼の落下を優しく受け止めたが、勢いよく転がった影響で目が回り、うまく立ち上がれない。

 蒼の唇からは、痛みと驚きにまみれたうめき声が漏れる。

「な、何だってんだよ……」

 蒼はよろめきながらもなんとか体を起こした。

 すると、耳を打つドヤドヤという音――――。

 な、なんだ……?

 地響きとともに、大勢の重い足音が近づいてくる。彼らは粗野な咆哮と共に、危険な気配を運んできた。

 慌てふためく蒼が草の隙間から様子をうかがうと、そこには想像を絶する異形の魔物たちの軍団が出現していた。漆黒の翼を広げた端麗な男が率いる中、山羊の顔を持つ悪魔や、リザードマン、そして頭巾を被った骸骨のような幹部たちが陣を成している。さらに、その後方では赤い目を煌めかせる巨大な熊や狼の魔物たちが草原を埋め尽くしながらその凶暴な気配を放っていた。これはまさに魔王軍の一大軍勢が転移してきたのだろう。

 辺りは魔物たちの放つ紫色の(すす)のような微粒子が立ち上り、生命力を奪い去るかのような不穏なオーラが充満していた。

 あわわわわ……。

 蒼は魔王軍の放つ圧倒的な魔気に当てられて、思わずペタリとへたり込んでしまった。目の前に広がるのは、闇を宿したまさに死を象徴する魔物たちの軍団。なぜ今こんな軍隊がここに現れたか? と言えば魔王を倒した自分を探しに来たに違いない。一体どうやってバレたのかは分からないが、一刻も早く逃げねばならなかった。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい……。

 蒼は慎重に後ろを振り返ると、草の群れに紛れながらそっと這い進み、忍び足で逃げ出す。

 しかし、逃げようとする方向から無慈悲な声が響く。

「そこな小娘、どこへ行く?」

 ひっ!?

 その言葉は冷徹に空間を切り裂き、蒼はその衝撃に身を震わせた。

 そーっと顔を上げると、目の前にはまさに異世界と言うべき美しい顔立ちの男が立っていた。突如として行く手をふさいだ彼は、鋭い角を頭から生やし、漆黒の巨大な翼をゆっくりと動かしながら、炎のように揺らめく真紅の瞳で蒼を静かに見つめている。そこには一瞥(いちべつ)だけで周囲の空気が凍りつくような圧倒的なオーラが感じられた。

「ひぃぃぃ! お、お家に帰らないとママが……」

 蒼は恐怖でおしっこを漏らしそうになるのを必死に我慢し、出まかせを言った。家も無ければ母親は日本である。それは平凡な男子高校生にしては良くできたファインプレーだった。

「ママ……? それよりここで怪しい者を見なかったか? きっと魔導士のたぐいだと思うが……?」

 イケメンは体中から青色に煌めく微粒子をふわぁと噴き上げながら、蒼の顔をのぞきこむ。その冷徹な仮面の後ろで、終わりなき憎悪が暗く渦を巻いているのが感じられた。

「ま、魔導士? あたちよく分からない……わ」

 ブンブンと首を振り、必死に無能な幼女を装う蒼の演技は、はた目にはうまくいっているように見えた。

 イケメンは美しい切れ長の目で蒼を見つめ、小首をかしげながら、蒼の隠された真実をじっとりと探っていく。その真紅の瞳には、見た者の命を分解してしまうようなすさまじい魔力を感じる。

 や、やばい、殺される……。

 蒼は絶望的な表情を浮かべながら後ずさりした。レベル100の身体能力があったとしてもこんな上級魔族の前では無力であることを、彼の魂がひしひしと感じていた。

 イケメンは指先でツーっと空間を切り裂き、突如現れた巨大な大鎌を無言で振り上げる。その優雅な鎌(さば)きには優雅さすら感じられた。

「……。まぁいい。死んでおけ」

 いたいけな幼女を問答無用で殺そうとするイケメン。さすが上級魔族である。しかし、転生早々殺されるわけにもいかない。

「ダメDeath(デス)!」

 蒼は目をギュッとつぶると、両手をイケメンの方に向け叫ぶ。

 刹那、イケメンは神秘的な紫色の光に瞬時に飲み込まれ、次の瞬間、彼は無情な運命に導かれるように静かに美しく地に崩れ落ちた。

 蒼は半ば無意識に即死スキルを使ったのだった。

 そのあってはならない光景にあぜんとし、静まり返る魔王軍。

 このイケメンは魔王軍四天王の一角を担う最強の悪魔、ルシファーだった。彼の美しさは夜空の星々のように輝き、その力は天をも裂く。戦場では彼の名前だけで敵を震え上がらせたが、今、彼は予期せぬ敵、あどけない幼女によって打ち倒された。

 ルシファーは、一陣の風のようにすうっと静かに消え去り、彼の後には、幻想的な輝きを放つアメジストのような魔石がポトリと落ちて転がった。その石の転がる様は、草原に響き渡る魔王軍の絶叫を巻き起こす。

 恐怖と暴力の象徴、ルシファーがあっさりと幼女に(ほうむ)られた。それはまるで神話や伝説が崩壊したかのような衝撃を魔王軍に与えた。