「し、失礼ですが、これはどちらで……?」
引きつった笑顔で受付嬢は聞いた。
「私が倒したんです」
ムーシュはなぜか自慢げに貧弱な力こぶを見せつけたが、受付嬢は小首をかしげて困惑し、何も言わず急いで奥へと引っ込んでいってしまった。
「ありゃぁどっかから盗んできたんだな」「さすがに魔熊はねーだろ……」
ロビーの方から野次馬の声が聞こえてくる。
ムーシュは口をとがらせ、抱きかかえている蒼を見ながら、テレパシーで聞いた。奴隷関係の間ではテレパシーが使えるのだ。
『主様、どうしましょう?』
まさかどうやって獲ってきたかまで詳細に報告させられるとは思わなかった蒼は、キュッと口を結び、どう頭をひねった。しかし、『幼女が即死スキルで倒しました』なんて説明をしても騒がれるばかりでロクなことになりそうにない。
『ラッキーで倒せたとしか言いようがないよなぁ……。僕がやったとは絶対言わないように』
『ラッキーで押し通すんですか!? はぁ……』
ムーシュは蒼をキュッと抱きしめ、ため息をついた。
奥からアラサーの筋骨隆々としたギルドマスターが出てきて二人をジロリとにらむ。皮鎧を着て頬には大きな傷跡が見え、相当の手練れに見えた。
「魔熊を倒したというのは……君か?」
「そうですよ? 嘘なんてついてませんよ?」
にこやかに答えるムーシュ。この辺りは悪魔らしい堂々とした受け答えである。
「……。どっちにしろギルドカードを作らねばならない。そのランクテストを兼ねて実技試験をやりたいが……いいかな?」
疑念に満ちた眼差しで、ギルドマスターはムーシュの顔をじっと見つめた。その視線には、どんな不正も見逃さないという決意がみなぎっており、ムーシュはその迫力にたじろぐ。
『テ、テスト……。困ったなぁ……』
蒼は渋い顔でうつむいた。明らかに力不足なムーシュではそのままじゃテストは通らない。しかし、今さら引くわけにもいかない。魔石の換金はやらなくてはならないのだ。
『ど、どうしましょう……』
不安げなムーシュ。
蒼は一計を案じ、テレパシーでムーシュに『非公開で頼め』と伝える。自分が秘かにサポートしてやらなくてはならないが、やじ馬の見られている中ではやりにくいからだ。
「いいですが、非公開で……お願いできます?」
ムーシュは少し前かがみで胸を強調しながら、艶っぽい上目遣いでマスターを見る。
「ひ、非公開……? ゲフンゲフン……。いいだろう。ついてきたまえ」
マスターはつい胸を見てしまったことをごまかすように咳払いした。
◇
案内された先はどこかの屋敷の裏庭だった。確かに庭木と建物に囲まれていて、覗かれる心配もなさそうである。
「さて、ここでテストしよう。コイツに一太刀でも入れられたら合格って簡単なルールさ」
そう言いながらギルドマスターはバッグから案山子を出し、組み立てた。
案山子は虹色のシャボン玉のような膜に覆われており、何らかの魔道具のようだった。
「この案山子はAランクの魔術師ならダメージが通るようになっている。魔熊を倒したならAはあるだろう?」
マスターはそう言って挑戦的な視線でムーシュを見る。
蒼は頭を抱えた。こんなテストじゃサポートのしようがない。
『主様~、私攻撃魔法なんて使えないですよぉ』
ムーシュもお手上げである。
『うーん、お前、目くらましの魔法使えたろ?』
『ピカッと光るだけの奴?』
『そうそう、それ、全力でやってくれ。僕がその隙に小石で案山子をぶち抜くから』
蒼は親指をはじいて見せた。
『えぇ……、そんなの上手くいくんですか?』
『じゃぁどうすんだよ!』
『うーん……』
「おい、どうした? 降参か?」
マスターはニヤニヤしながらムーシュの顔をのぞきこんだ。
「あ、やりますやります。こんな案山子瞬殺ですよぉ。クフフフ……」
ムーシュは蒼をマスターの反対側に下ろす。そして、案山子の方を向いて大きく息をつくと、キッと案山子を睨んだ。
「じゃぁ、Aランクの魔法とやらを……、見せてもらおうか」
嗤うような笑みを浮かべ、腕組みをしてムーシュを見つめるマスター。
ムーシュは丁寧に呪文を唱え、目の前に黄金色に輝く大きな魔法陣を浮かび上がらせると魔力を充填していく。
『全力で行けよ、全力で!』
蒼は秘かに小石を握り、親指で弾く用意をしてその時を待った。
レベルだけは百近いムーシュ。注ぎ込む魔力は相当なものがある。魔法陣は輝きを増し、裏庭全体が黄金の輝きで燦然と輝いた。
「な、なんだこの魔法は……?」
マスターは見たこともない『攻撃魔法』にうろたえる。いまだかつてこんな魔力のこもった目くらまし魔法を放とうと思ったものはいなかったのだ。
その時だった、まるで飛行機のようなゴゴゴゴと空気を震わせる衝撃が上空を通過していく。
「な、なんだ?」「何が飛んでるんだ……?」
三人はその異様な衝撃に空を見上げた。
それは翼をつけた人に見える。ムーシュが飛ぶよりももっと高速に、まるで戦闘機のようにしてカッ飛んでいた。
「ま、魔人だ!?」
マスターが叫ぶ。
蒼とムーシュは顔を見合わせた。
『主様、司祭殺しちゃったのがマズかったみたいですよ?』
『知らないよそんなのぉ……』
蒼が鑑定したら上級魔人でレベルは三百を超えていた。下手をしたらこの辺一帯が火の海になりかねない。
『報復に来たって事? しまったなぁ』
蒼は余計なことをしてしまったと頭を抱えた。
魔人は急に旋回すると、今度はこっちに向かって突っ込んでくる。魔法陣の輝きを見つけたのだろう。
引きつった笑顔で受付嬢は聞いた。
「私が倒したんです」
ムーシュはなぜか自慢げに貧弱な力こぶを見せつけたが、受付嬢は小首をかしげて困惑し、何も言わず急いで奥へと引っ込んでいってしまった。
「ありゃぁどっかから盗んできたんだな」「さすがに魔熊はねーだろ……」
ロビーの方から野次馬の声が聞こえてくる。
ムーシュは口をとがらせ、抱きかかえている蒼を見ながら、テレパシーで聞いた。奴隷関係の間ではテレパシーが使えるのだ。
『主様、どうしましょう?』
まさかどうやって獲ってきたかまで詳細に報告させられるとは思わなかった蒼は、キュッと口を結び、どう頭をひねった。しかし、『幼女が即死スキルで倒しました』なんて説明をしても騒がれるばかりでロクなことになりそうにない。
『ラッキーで倒せたとしか言いようがないよなぁ……。僕がやったとは絶対言わないように』
『ラッキーで押し通すんですか!? はぁ……』
ムーシュは蒼をキュッと抱きしめ、ため息をついた。
奥からアラサーの筋骨隆々としたギルドマスターが出てきて二人をジロリとにらむ。皮鎧を着て頬には大きな傷跡が見え、相当の手練れに見えた。
「魔熊を倒したというのは……君か?」
「そうですよ? 嘘なんてついてませんよ?」
にこやかに答えるムーシュ。この辺りは悪魔らしい堂々とした受け答えである。
「……。どっちにしろギルドカードを作らねばならない。そのランクテストを兼ねて実技試験をやりたいが……いいかな?」
疑念に満ちた眼差しで、ギルドマスターはムーシュの顔をじっと見つめた。その視線には、どんな不正も見逃さないという決意がみなぎっており、ムーシュはその迫力にたじろぐ。
『テ、テスト……。困ったなぁ……』
蒼は渋い顔でうつむいた。明らかに力不足なムーシュではそのままじゃテストは通らない。しかし、今さら引くわけにもいかない。魔石の換金はやらなくてはならないのだ。
『ど、どうしましょう……』
不安げなムーシュ。
蒼は一計を案じ、テレパシーでムーシュに『非公開で頼め』と伝える。自分が秘かにサポートしてやらなくてはならないが、やじ馬の見られている中ではやりにくいからだ。
「いいですが、非公開で……お願いできます?」
ムーシュは少し前かがみで胸を強調しながら、艶っぽい上目遣いでマスターを見る。
「ひ、非公開……? ゲフンゲフン……。いいだろう。ついてきたまえ」
マスターはつい胸を見てしまったことをごまかすように咳払いした。
◇
案内された先はどこかの屋敷の裏庭だった。確かに庭木と建物に囲まれていて、覗かれる心配もなさそうである。
「さて、ここでテストしよう。コイツに一太刀でも入れられたら合格って簡単なルールさ」
そう言いながらギルドマスターはバッグから案山子を出し、組み立てた。
案山子は虹色のシャボン玉のような膜に覆われており、何らかの魔道具のようだった。
「この案山子はAランクの魔術師ならダメージが通るようになっている。魔熊を倒したならAはあるだろう?」
マスターはそう言って挑戦的な視線でムーシュを見る。
蒼は頭を抱えた。こんなテストじゃサポートのしようがない。
『主様~、私攻撃魔法なんて使えないですよぉ』
ムーシュもお手上げである。
『うーん、お前、目くらましの魔法使えたろ?』
『ピカッと光るだけの奴?』
『そうそう、それ、全力でやってくれ。僕がその隙に小石で案山子をぶち抜くから』
蒼は親指をはじいて見せた。
『えぇ……、そんなの上手くいくんですか?』
『じゃぁどうすんだよ!』
『うーん……』
「おい、どうした? 降参か?」
マスターはニヤニヤしながらムーシュの顔をのぞきこんだ。
「あ、やりますやります。こんな案山子瞬殺ですよぉ。クフフフ……」
ムーシュは蒼をマスターの反対側に下ろす。そして、案山子の方を向いて大きく息をつくと、キッと案山子を睨んだ。
「じゃぁ、Aランクの魔法とやらを……、見せてもらおうか」
嗤うような笑みを浮かべ、腕組みをしてムーシュを見つめるマスター。
ムーシュは丁寧に呪文を唱え、目の前に黄金色に輝く大きな魔法陣を浮かび上がらせると魔力を充填していく。
『全力で行けよ、全力で!』
蒼は秘かに小石を握り、親指で弾く用意をしてその時を待った。
レベルだけは百近いムーシュ。注ぎ込む魔力は相当なものがある。魔法陣は輝きを増し、裏庭全体が黄金の輝きで燦然と輝いた。
「な、なんだこの魔法は……?」
マスターは見たこともない『攻撃魔法』にうろたえる。いまだかつてこんな魔力のこもった目くらまし魔法を放とうと思ったものはいなかったのだ。
その時だった、まるで飛行機のようなゴゴゴゴと空気を震わせる衝撃が上空を通過していく。
「な、なんだ?」「何が飛んでるんだ……?」
三人はその異様な衝撃に空を見上げた。
それは翼をつけた人に見える。ムーシュが飛ぶよりももっと高速に、まるで戦闘機のようにしてカッ飛んでいた。
「ま、魔人だ!?」
マスターが叫ぶ。
蒼とムーシュは顔を見合わせた。
『主様、司祭殺しちゃったのがマズかったみたいですよ?』
『知らないよそんなのぉ……』
蒼が鑑定したら上級魔人でレベルは三百を超えていた。下手をしたらこの辺一帯が火の海になりかねない。
『報復に来たって事? しまったなぁ』
蒼は余計なことをしてしまったと頭を抱えた。
魔人は急に旋回すると、今度はこっちに向かって突っ込んでくる。魔法陣の輝きを見つけたのだろう。