「…やっぱりおかしい」
こっそりと電柱の陰に隠れて、前方の様子を伺っている私の名前は、浅田七彩(ななせ)。
今年の春から大学1年生になった18歳。
え?何で電柱の陰に隠れているのかって?
実は、現在、ある人物を絶賛尾行中なのだ。
「まったく…舞斗ってば、いつの間に私に隠れてバイトなんな始めたのかしら。ますます怪しい…」
ポツリと呟いた私の声は、通りを歩く人々の声に掻き消されていく。胸の中のモヤモヤが広がっていくのを感じた。
私が尾行しているのは、付き合って3ヶ月になる彼氏の笠原舞斗(まいと)。
彼を尾行する経緯は、今朝、大学で会った舞斗から感じたある香りが原因だったー…。
❥❥
「七彩、おはよ」
ふわぁ…と大きな欠伸をしながら声をかけてきたのは、彼氏の笠原舞斗だ。
「舞斗おはよ。講義、ギリギリだよ」
大学の講義室の時計をチラリと見ると、1限目の始まる5分前。遅刻ギリギリの舞斗に私は呆れた表情を向ける。
「…あはは。ちょっとオンラインゲームにハマってさ」
「もう、しょうがないな〜。ゲームばっかりして単位落としてもしらないからね」
「大丈夫、大丈夫。テスト勉強はバッチリだから。ゴメン、少し寝るわ。教授来たら起こしてよ」
そう言って、私の隣の席に腰を下ろした舞斗は、すぐに机に突っ伏して眠ってしまった。
スヤスヤと眠る舞斗の横顔を見つめ「しょうがないなぁ」と頰杖をついた時。
フワッと、私の鼻腔を擽ったのは…。
バニラのような甘い香り。
一瞬にして私の思考は、その甘い香りで支配されてしまう。
だって、普段、舞斗がつける香水はシトラス系の爽やかな香りだったから。