その日。母と些細な事で喧嘩した私は夜の公園で黄昏れていた。フラフラと覚束無い足取りでブランコに座る。ギー、と鉄の錆びた音が豪快に響く。それでも構わず漕ぐ。ひたすら漕いだ。
どれだけそうしていたか分からない。
気が付いたら夜の22時を回っていた。
12月。寒空の下かじかむ手はすっかり鉄の匂いが染み付いている。でもそんな事どうだって良かった。今は家に帰りたくない。片意地を張るようにそこに陣取る私に、やけに明るい声がかかる。

「おぉ、九条玲乃(くじょう れの)。何してんだよ、こんな時間に。補導されるぞ?」

もう何時間も俯きぱなっしだった顔を上げる。揺れ動く金髪。制服の下にパーカーを着込んだチャラチャラした彼が目の前にいた。彼は一見筋金入りのヤンキーだ。

「別に何も。あんたこそなんでここにいんの。てかフルネームやめて」

公園内に1本だけもの寂しく突っ立っている灯りに照らされた彼は他校に通う同い年須藤優馬(すどう ゆうま)。前に一度友達と行ったカラオケで数時間だけ何故か一緒に歌うことになっただけの間柄だ。多分その場のノリ。しかし偶然にも家が近かった為か、こうしてこの辺りで時々会う事も多い。

「俺はカラオケ帰り。たまたまここ通ったらお前がブランコ乗ってるの見えたから。で?こんな時間にこんなとこで何してんの?」

「なんだっていいでしょ、もう、どっか行って」

こっちの気も知らないで、陽気で呑気で今の私の心とは真逆すぎるテンションの彼が気に食わずシッシッ、と手を払った。

「もう遅いから帰ろうぜ?」
「帰らない」
「何時だと思ってんだよ」
「10時」
「半だ」
「細かい」
「ほら。そこの自販でなんか奢ってやるから」

頑なにここから腰をあげない私に彼はまるで子供を家に連れ帰る時みたいな提案をしてきた。
ヤンキーの癖に女を早く家に帰らせようとするなんて見掛けに反して変な奴だ。

「じゃあコーンスープ」
「奢られるんかい」
「奢るって言ったじゃん」
「ちゃっかりしてんな」

その日は1本のコーンスープと引き換えに家に帰った。しかし飲み干したコーンスープの空き缶がなかなか捨てらなかった自分に気づき、恋を自覚したのは言うまでもない。若干傷付いている時に優しくされたから、っていうのもあったかもしれない。だけどそれはきっかけでしかなく、別の日も。また別の日も。彼を考えると気が付いたら胸が熱くなっていた。恋なんて自分とはまだ無縁だと思っていた。だけど確かにあの日から私はヤンキーなんだか真面目なんだかよく分かんない彼に惹かれていったのだ。

付き合い始めたのはそれから2ヶ月後の事。
その日は学校帰りに私が彼を呼び出して、夜またあの公園で会った。
それが2月14日。バレンタイン当日。
私が後ろ手に持っているのはラッピングされたチョコレートだった。

「九条ー!わりぃ、まった?」
「ううん。私も今来たとこ」
「はぁー、よかった!」

ニッ、と、安心したように歯を出して笑う彼。
屈託のない笑顔を彼はいつも真っ直ぐに向けてくる。私がどんなに落ち込んでいようが、いまいが、関係なく。一直線に。私はチョコレートが彼に見えないよう、そっと体の後ろで隠していた。

「で、話ってなんだった?」

元はと言えば、バレンタインちょーだい、と事前に言ってきたのは彼の方。そしてそのきっかけに乗っかろうとしているのは言うまでもない。私だ。

「あの、さ、バレンタイン……はい」

男子にチョコをあげる行為自体初めての経験だった。緊張して手が震える。ゆっくりと彼の前にチョコを差し出すと彼は目を輝かせて私を見た。

「え?マジ?俺に?」

コクリ、と小さく頷くと彼は「やべぇ、すっげぇ嬉しい」と口元に手を当てて喜んでくれた。
そんなピュアな反応が来ると思ってなかった私は「そんなに?」と微笑む。

「そんなに。ありがとな」
「うん」

手ぶらとなった手をギュッ、と握る。
その時。告白の勇気が最後の最後まで出せない自分に気づいてしまった。
……言わなくちゃ。今日、これを渡したら言おう、ってあんなに覚悟決めてここまで来たのに…。

「なぁ、九条」

彼が白い息を吐きながら私を見つめる。
その真剣な眼差しは私の体を貫通するんじゃないか、って程強く熱い。

「ん?」
「これ、期待…していいやつ?」

渡したチョコを少し掲げて、そんな事を言った彼。たちまち背中を…押されたような気分になった。閉ざしていた口を私はゆっくりと慎重に開ける。

「……あの、、さ、私…、須藤の事がす​───…」

そこまで言いかけた所で優馬は慌てたように私に両手を伸ばした。

「あっ、まって!」
「えっ…?」
「俺から言いたい」

阻まれてしまった告白の矢先。
彼の口から出たのは私が望む言葉で…

「俺、九条が好きだ」

その言葉を言われた時、心臓がドクン!と大きく揺れて、たまらず彼に抱きついた。

「私も須藤が好き」

あの日。
普通に‪”‬好き‪”を伝えた。
ありきたりな告白かもしれないけど、今この世界で私が1番幸せ者なんじゃないか、って心から思った瞬間だった。あの日からだんだん互いの呼び方は苗字から名前になっていって。「玲乃」って呼ばれる度、私は彼の特別なんだ、って思えた。

付き合ってから私達は色んな場所に遊びに行った。彼はだいぶヤンチャだからその分私よりも私が知らない事を沢山知っていた。周りからはヤンキー?大丈夫なの?って度々心配されたけど、人は見かけによらない、っていうのは本当で。心配の欠片もない人だった。‪”女を取っかえ引っ変え‪”‬そんな噂を耳にした事もあったけれど、普通に無視した。私は彼を信じているし私の前での彼をいつだって信じていた。

…どっちがいいかな。
その日は早起きしてメイクに気合いを入れた私はタンスから服を引っ張り出してベッドの上に並べていた。
時刻は9時45分。
今日は10時に彼といつもの公園で待ち合わせて久しぶりにデートする予定だ。前日から楽しみで楽しみで仕方なかった。

「玲乃ー、今日寒いみたいだからこれしてきなさい」

家を出る直前。母が赤いチェックのマフラーを手渡してきた。

「えー、そんなに寒いの?」

「一応。ほら。マフラーあれば優馬くんと一緒に巻けるでしょ?」

少女漫画が好きな母はあのよくあるシチュエーションを想像しているのかニンマリとしていた。

「しっ、しないから!」
「えー?」
「じゃ!行ってくる!」
「行ってらっしゃい」

人当たりのいい性格の優馬。前に1度家に遊びに来た時はかなり真面目で紳士的な格好をしていたからか、私の母からの評価はとても高い。いつもはダボダボした緩い格好な事が多いのに、決めるところはちゃっかり決めて…。優馬は時にずる賢い。

待ち合わせ場所に到着したのは10時ピッタリだった。母の言った通り、外は極寒。今にも雪が降りそうだ。キンキンに冷えた手をポケットから出して彼にメッセージを送る。

【公園着いたよ】

それだけ送ってすぐにスマホをポケットにしまった。手袋も持ってくるべきだったかもしれないな、と思う程、頬を撫でる風は鋭い刃物みたいな冷たさを放っていた。
それから10分後。
なかなか来ないな、と思っていた頃。ポケットのスマホが震え、通知を知らせた。見ると彼からで【ごめん!今日行けなくなった!】と送られていた。続けてスタンプが連続的に10個程送られてくる。

【え?どうしたの?】
【ごめん!急な用事で。。】

急な用事、って何?そう送ろうとしたけれど止めた。代わりに送った【分かった】に既読が付いたのはそれから5時間後だった。
この日だけじゃない。他の日も、また他の日も…。それから彼は私を避けるかのように…よくドタキャンするようになった。

こうも続くと、もしかしたらこれが‪”‬冷め期‪”‬ってやつなのかもしれないな、って漠然と思い始めて、私達の関係は何となく終わりに近づいているような、そんな気がしていた。ドタキャンされる度、彼に対する私の熱も、次第に冷めていく感覚はいつの間にか自覚する程になっていた。あんなに好きだったのに。今となっては随分昔の事みたいだ。

***

「おはよー、って、玲乃顔めっちゃ険しいよ?」

昨日もドタキャンされ、正直私はまだ若干怒っていた。登校してきた友達が私のほっぺをぷに、っと摘む。

「もしかして昨日もデート、ドタキャンされちゃったの?」

友達には最近の優馬との関係が上手くいってない事を常日頃から話していた。わざわざ話さなくたって今日はもう私の顔から滲み出ていたみたいだ。

「うん……」
「なんか理由あるんじゃないの?」

理由……。
理由なんて山ほど考えた。だけどやっぱり分かんない。優馬はいつもごめん!って謝るばっかりで用事、の一点張りだ。

「わかんない。でも…なんかさ。私も冷めてきちゃった」
「玲乃…」

やっぱりもう、冷めているのかもしれない。
私も彼も。だけどそれを言葉にしてしまったら本当の終わりな気がしていた。そこを恐れる時点で、私はきっと彼にまだ希望を抱いているんだろうし、モヤモヤと揺蕩う恐怖心が私の気持ちを明確に物語っていた。用事が何なのかをいくらドタキャンされても聞けないのだってそうだ。すでに険悪なのは分かっていたけどこれ以上険悪になるんじゃないか、と思っていつも躊躇ってしまう。

ーーブー

ポケットでスマホが揺れる。それは彼からのメッセージで、見ると【今日学校終わったらいつもの公園で会える?】ときていた。どうせまたドタキャンするんでしょ?頭に浮かんだ返答はこれで。どうも気分が乗らなかった。私はそれを既読スルーした。気が向いた時にまた返せばいい。そう思った。思った割に私が【分かった。待ってる】と返信したのはその30分後の事。やっぱり、ちゃんと話そう、と腹を括ったのだ。

***

【公園着いたよ】

学校が終わって、直接公園に向かった。着いてすぐそうメッセージを送ったけれどなかなか返信がない。きっと向こうも学校が終わってこっちに向かってるはずだから特に急かしたりはしなかった。制服のまま公園のベンチに座る。まだ子供がチラホラ、と遊んでいて、その母親らしき人達は井戸端会議を繰り広げている。でも17時のチャイムが鳴り響いたのと同時にみんな帰ってしまった。いつの間にか私1人だけがポツン、と取り残されている。

17時……17時30分…18時……
時間はただただ経過していくばかり。
だけどそれでも今日は待とう、と決めていた。話したい。なにか不満があるなら教えて欲しい。昨日はなんで来れなかったの?優馬は私の事嫌いになっちゃった?だとしても私はまだ好きだよ。伝えたい事。聞きたい事が沢山あった。

でも結局その日、
彼は待ち合わせ場所に来てくれなかった。


***
【公園着いたよ】
未だ既読にならない彼宛てのメッセージ。
このメッセージを送ったのは1ヶ月前。そう。もう1ヶ月も私達は顔を合わせていないのだ。

「玲乃…、玲乃……」
「えっ?」

教室で顔を突っ伏していたら肩を揺らされた。顔を上げると友達が心配そうに私を覗き込んでいた。

「大丈夫?」
「ん?大丈夫だよ?」

正直何で既読にすらならないの?と不貞腐れてはいる。あの日はドタキャンでもなんでもない。ただのすっぽかしだ。自分から誘っておいて。一体なんなの?

「本当に大丈夫?無理しないでね」
「大袈裟だって」

そんなに心配されなくたって私は平気だ。多分……。平気だ、と思っている割に私の心はあの日からずっとどこか穴が空いたみたいだった。それに加えて私はずっと……まるでなにかから目を逸らしているみたい。

……なにか(・・・)、、??

…いや、別にどうだっていいか。

突っかかった疑問を直ぐに捨て、私はまた机に突っ伏した。

学校からの帰り道。
何を思い立ったのかいつもの…あの公園に来てしまった。いつもなら子供が沢山いる時間帯なのに珍しく今日は誰も居なかった。寂しげに夕日が滑り台やブランコを照らしている。必然的にベンチに目を移すと、あの日、待ちぼうけになった私の面影がそこにあるような気さえした。

「……?」

たまたま目をやった公園の近くの横断歩道。吸い寄せられるみたいに私の足はそこに向いた。そこには看板が立てかけられてあって、私は首を傾げた。

◎目撃者を探しています◎
ーー‪‪年2月14日 19時10分頃
この場所でトラックと歩行者のひき逃げ事故が発生しました。この事故を目撃された方は、左記までご連絡下さい。

「事故……?」

いつあったんだろう。家の近くなのに全然知らなかっ……

「……ゆう、ま?」

看板の横に目をやった私はポツリ、と声を漏らした。彼が…、そこに立っていたのだ。会うのは1ヶ月ぶりだ。緊張して心臓が徐々に鼓動を増していく。
なぜか涙も頬に伝っていく。
あれ……。なんで。なんでだろう。なんで私…優馬に会えてこんなに嬉しいんだろう。

「優馬……」

彼に手を伸ばす。だけどその手は彼の体を貫通してダラン、と落ちた。

「玲乃」

彼が眉を下げて私の名を口に出したその瞬間。私の頭には、あの日の記憶がゆっくりと揺蕩った。それは1か月前。この公園で待ち合わせした時の記憶だ​───────。

17時……17時30分…18時……
時間はただただ経過していくばかり。
【公園着いたよ】
既読すらつかないメッセージ。
スマホでゲームをしていたら案外あっという間に時間は経っていたけど、指先はかじかんでもう既に上手く動かなかった。そんな状態の私に声がかかったのは私が公園に着いて2時間後の事。それは19時5分の事だった。

「……ごめんっ…、遅れた…」

そう言ってゲームオーバーの文字が表示されるスマホ片手にブランコを漕いでいた私は顔を上げる。白い息を吐き出しながら肩で息をする彼をつい睨む。

「ほんっと、ごめん!」

顔の前で手を合わせる彼は申し訳無さそうに私を見つめていたけれど、だけどどこか浮ついたように口角が上がっていて、無性に苛立ってしまった。

「…はぁ……遅れた、って何」

伝えたい事も聞きたい事も山ほどあった。だけどそんな気持ちはどこかへスー、と消え去っていくようだった。

「……ごめんっ!俺さ今日玲乃に言いたいことあって…」

「もういいよ。……疲れた」

言いたいこと、っていうのが別れ話な気がして逃げ出すように私は彼に背を向けた。

「玲乃…、ちょっと待って…」
「なに!?」

腕を掴まれて泣きながら振り返った。

すると…

「え?」

彼が小さな小箱を差し出して笑っていた。そっと私の頬に指を当てて、涙を拭う。

「泣かせてごめん。これ…、玲乃にプレゼ……」

「そんなのいらない!」

どうせ私のご機嫌取り。ビックリ箱とかどうせそんなんだ。突っぱねるように私は小箱を払ってまた彼に背を向けた。涙のせいで視界はボヤボヤしてて、だけどまた腕を掴まれないように全速力で走った。


その時…

ーーピ​───────​──────ッ!!

鼓膜が張り裂けるようなクラクションの音と

「玲乃!!!」

彼の酷く焦った声が辺りの静寂を打ち切った。最後に残ったのは背中を強くドン!と押された彼の手の感覚だけだった。

***

「思い出したか?」

目の前にいる彼の声で静かに現実に引き戻された。

「……っ、」

涙が一直線に容赦なく頬を濡らしていく。

そうだ……

耐えられなくて途中で抜け出しちゃったけど、私は…優馬の通夜にも……葬式にも、行った。
……行ったんだ。

あの日……、彼は公園に来た。来てくれた。

だいぶ待ったけど待ちぼうけになんてなってなかった。彼はあの日…私を庇って…死んじゃったんだ。全てを理解した時、優馬は人差し指を近くの草むらに向けた。

「そこに落ちてるからさ、良かったらもらってよ?」

その言葉を合図に私は弾かれたように草むらの中に手を伸ばした。

ーー「泣かせてごめん。これ…、玲乃にプレゼ……」

ーー「そんなのいらない!」

あの時私が突っぱねた小箱が…そこには転がっていた。

「…っ、」

そっと拾い上げる。土まみれだった。あの時優馬が向けてくれた笑顔が、ぼんやりとまぶたの奥に浮かぶ。あの時の顔はもうそこにはなくて、今目の前にいる彼は寂しげに私の手のひらにある小箱を見つめていた。

「開けて……いい?」
「あぁ」

包装を丁寧に破いて、中身を取り出す。開けて最初に目に付いたのはメッセージカードだった。

─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
1年記念!
前デート行った時、玲乃欲しそうに
見てたから!これからもよろしくな♡ 優馬
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───

ゴツゴツした男っぽい字。彼の字を見たのは初めてだった。優馬って、こんな字書くんだ…。そしてメッセージカードを少しずらすと雫の形のネックレスが顔を出した。メッセージカードにも書かれている通り、これは前に私が欲しいな、と思って眺めていたやつだった。ショーケースに飾られていた。ガラス越しに見たあの煌びやかな輝きが今、ここに小さく宿っていた。

「これ…高かったやつ…」

とても手を出せる値段じゃなかった。こんな高価な物…一体…。
色んな感情がごっちゃになって口元を手で押えた。すると彼が優しく諭すような口調で言う。

「最近上手く会えなくてごめんな。突然シフト入れられる事多くて…」

「シフト…?バイトしてたの?」

「あぁ」

……まさか、と思う。恐る恐る尋ねた。

「この為、に…?」

「まぁな…、1年記念にこれ、買ってやりたかったんだよ。でも間に合うかギリギリで…最近はバイトばっか優先しちまった…。うわー、玲乃絶対怒ってんだろうな、って思ってたんだけど、バイトの事とか言ったらサプライズ台無しになっ…」

「もう…!!」

遮るように叫んだ。これ以上聞かなくたって私は知っていた。優馬は優しい人だ、って。
私が……信じてあげられなかっただけ…。

「……っ、」

どうしよう。涙止まんない。だってこんなっ…、

私は……、1年記念なんて、忘れてた。
バレンタインなんて忘れてた……。
私達にとって大切な日なのに……。
もう冷めた、とか何も知らずに私浅ましい感情ばっか持って……。

ーー「そんなのいらない!」

優馬が頑張ってバイトして買ってくれたこれ……、こんな所に1ヶ月も…放置しちゃって…。それだけじゃない。優馬の死からも私は目を背けて…。逃げ続けていた。苦しい。心が苦しくて、苦しくて仕方ない。ギリギリと音を立てて蝕まれていく感覚が走る。

「ごめんね…ゆうま……、ごめんね…」

優馬の体がスー、と消えていく。
死んでからも、私に会いに来てくれたんだ。
きっと、優馬の死と向き合わせてくれる為に。

「別にいいよ、変に気に病むことねぇからな?俺は先に向こうで待ってるから」

「いやっ…、私も…、私も一緒に…っ」

「馬鹿野郎。何のために俺が身を呈して守ってやったと思ってんだよ」

「でも…っ」

「いいんだよ。お前は、前見てちゃんと生きてろ。な?……あんま早くこっち来んな。シッシッ…」

そう言ってまるで私がハエみたいに、手を払う彼。

「うん…、分かっ…た」

目の前にはいつもみたいにニッ、と歯を出して笑う彼が居た。その顔は私が大好きな彼の顔だ。

「守ってくれてありがとう…。大好き…大好きだよ優馬っ…」

そう笑いかけた私の視界にはもう、優馬は居なくて、置き土産のように手中に残された小箱を私はそっと抱きしめた。

【終】