伝えたことで未練がなくなったのか、返事を待たずに、真琴はそのまま消えてしまった。
「……真琴の、ばーか」
自分が死んだことにも気付かない、どこか抜けた幼馴染み。いつも私に騙されて、からかわれて、それでも本気では怒らない優しい人。
一世一代の告白の返事くらい聞いていけばいいのにと、最後まで詰めが甘くて変わらない彼に、私は思わず泣きながら笑う。
真琴は、もう一週間も前に事故で死んでしまった。けれどそんなことにも気付かないまま、毎日毎日、変わらず私の隣を歩いていたのだ。
お葬式の翌日、普通に通学路に居るのを見付けた時には思わず取り乱したけれど、他の人には彼の姿は見えていないようだった。
そして、さらに次の日にも彼は変わらずいつもの通学路に居て、昨日の私の動揺も、自分が死んだことも、何も覚えていないようだった。
死後の記憶を毎日リセットしながら、ただ日常を辿るように登下校を繰り返す。その姿は、生きている頃と何ら変わりなかった。
言葉を交わせて、姿も見える。触れられないことを除いて、その声も、笑顔も、何も変わらない。
はじめは、嬉しかった。傍に居られるのならそれで十分だった。けれど、生きていた頃のように新たに思い出を重ねたとして、彼は次の日には、すべて忘れてしまうのだ。
それはもう、幽霊と呼ぶにも危うい、残滓のようなものだった。
はじめは生きている人と同じくらいはっきり見えていた彼は、日に日に薄れていった。
何故そんなになってまで、ここに居るのか。何か未練でもあるのだろうか。私はいろいろと考えた。
あの日食べたいと言ったパンケーキ、懐かしい絵本や、初めて恋を自覚した小学校、真琴が可愛いと指差した近所のペットショップの子猫。
思い出とも言えないような細やかな記憶を辿り、あらゆる未練の可能性を模索した。
何気ない愛しい日々は、思い出すだけで涙が出た。もう二度と重ねられない新しい一日を、もう二度と歩めない同じ未来を、どうしたって願ってしまう。
本当は、お別れなんてしたくない。けれど彼が現世に留まるほどの未練を、最後の願いを叶えられないまま、このまま少しずつ消えてしまうのが、どうしても耐えられなかった。
だから私は、この手で真琴の未練を晴らすことにしたのだ。
「結局、未練って何だったんだろ……私への告白? それとも……真琴の魂を縛ってたのは、私の方だったのかな……」
ようやく心が固まって、今日こそ真琴を成仏させるため、私は彼に、いつものように嘘をついた。
そう、死んだのは、私の方だということにしたのだ。
何度も忘れるくらいなのだ、きっと、死に際の記憶なんて、辛くて苦しい違いない。
それに自分が死んだなんて、そのせいでおばさんが毎日あんなに泣いているなんて、教えたくなかった。きっと、何だかんだ彼は傷付いてしまうから。
もちろん、私が死んだってことにしても、きっと傷付いてくれるのだろうけれど。私のためとした方が、何かと動きやすかった。
それに最後の一日くらい、生きている真琴として、過ごして欲しかったのだ。
「……ねぇ、今日一日、楽しかった?」
止まらない涙を袖口で拭って、私はもう誰も居ない隣に向かって話し掛ける。当然のように、返事はない。
「私は、今までで一番楽しかったよ」
幽霊になってから、どこか朧気だった真琴。けれど今日は、なんだか生き生きとしていた。
もう二度と取り戻せないと思っていた、彼との日常。当たり前で、奇跡のような時間。
「なーんて……嘘! 一番なんかじゃない……真琴との日々は、毎日、ずっと、全部楽しかったんだよ……」
いつか私が天国に行ったら、「あの時はよくも騙したな」なんて、いつものように、困ったように笑ってくれると信じて。
私は今日、彼に最後の嘘をついた。