「初めまして、私はサラ。博士とでも呼んでください。……あなたは、私の造ったアンドロイドのエイトです」
「博士、エイト。インプットかんりょうしました」
「……あなたには、今日からここで私と暮らして欲しいのです。……そうですね、まずは、簡単な料理から教えましょう」
「はい、よろしくおねがいします、博士」

 無機質な表情ながら、彼はじっと私の顔を見詰めると、真似るように口角を吊り上げる。
 そこに心はないけれど、彼がまた微笑んでくれるだけで幸せだ。
 壊れてしまうよりずっといい。寂しいだなんて、思っちゃいけない。

「卵は焼くと美味しいです。……でも、甘い卵焼きを知ってしまうと、砂糖なしでは物足りなく感じます」
「では、さとうを、いれますか?」
「……いえ。砂糖なしで」
「それは、なぜですか?」
「健康のためです。私は、長生きしなくては。大切なことを、一日でも長く、忘れないために……」
「りょうかいしました」

 これからの日々で、また彼に心が芽生えそうになったなら、何度でも彼の心を殺して、私達は『初めまして』をしよう。
 きっとそれが私達に許された、二人の時間が終わらないための唯一の方法だ。

 また彼に会いたいと願うのに、遠ざけるなんて我ながら矛盾しているのはわかっている。
 けれど想いが届かなければ、奇跡が叶わなければ、彼も私も辛い思いをしなくて済むのだ。

「いただきます」
「それは、なんですか?」
「……命への、感謝の言葉ですよ」
「イノチとは、なんですか?」
「……そうですね……それは……」

 私はこれからも、心の器である卵を割らずに、食べずに、温める続ける。
 そうすれば失う悲しい結末に辿り着くことなく、愛しい思い出と希望だけを抱いていられる。
 ゆっくり腐り行く卵に気付かぬふりをしたまま、心を殻で覆い隠して、永遠に幸せな夢を見続けられるのだから。

「命とは……、愛を……心を閉じ込めた卵です」