これは、世紀の大発明だ。
 僕はその奇跡の結晶である美しい少女を見下ろす。
 無機質な部屋の中心にある白い簡素なベッドで目を覚ました少女は、まだどこかぼんやりとして、夢うつつだ。

 そんな彼女の様子を眺めながら、僕は今にも溢れ出しそうな感動を何とか抑え込み、穏やかに微笑みかける。

「おはよう。無事目覚めて良かった。気分はどうだい?」
「……おはよう、ございます。……頭が、少し痛みます」

 開口一番、頭痛を訴える彼女に少し焦ったけれど、コードで繋いだモニターの数値を見て、脳内のメモリーが空っぽなこと以外に異常がないのを確認し、一息吐く。

「身体は問題ないし、会話も可能。稼働するのに必要な数値の異常もない……頭痛がするのなら、データをあとで調整しよう」
「データ……」
「きみの名前は『サラ』……きみは、僕が造ったアンドロイドだ」
「アンドロイド……サラ……」
「そして、僕はエイト。僕のことは博士とでも呼んでくれ。今日からよろしく頼むよ、サラ」
「……はい、よろしくお願いします、エイト博士」

 僕の言葉を聞いて真似るサラは、ベッドに寝転んだまま僕の顔をじっと見上げて、やがて表情を真似るようにぎこちなく微笑んだ。


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 人気のない森の奥にひっそりと構えられた、小さな研究施設。そこで僕と、目覚めたての少女の生活は始まった。

「サラ、これは卵。焼くと美味しい。割って混ぜて焼くと卵焼き、割って混ぜずにそのまま焼くと目玉焼きだよ」
「……どちらも割って、最後に焼く。同じ始まりと終わりでも、途中の工程によって名前が変わるのですね」

 記憶容量を十分に確保したサラはとても賢く、好奇心も旺盛だった。僕の言葉を的確に処理して、自分なりに考え認識する。

「そうだね、面白いだろう。僕は卵焼きの方が好きだな、特に甘い物がいい」
「博士は甘く混ぜるのがお好み……混ぜ方によって甘さが変わるのですか?」
「あはは、甘さを付けるのには普通に砂糖を使うよ」

 研究室とは別の部屋にある、一人用の簡易キッチン。狭いスペースで二人寄り添い、ひとつひとつ説明しながら作り上げた料理は、あまり見本になるような見た目をしていなかったけれど。
 僕が作る料理を興味深そうに見詰め、彼女は知識として蓄える。

「いただきます」
「……それは何の呪文ですか?」
「命に敬意を払う、大切な感謝の言葉さ」
「……命への、感謝の言葉。……いただきます」

 初めて二人で食べた、少し焦げた甘い卵焼き。その味は彼女の中に深く刻まれたようだった。

 その後も目玉焼きや茹で卵、いろんな料理を試したけれど、砂糖をたっぷり使った甘い卵焼きを食べた時が、一番良い顔をする。
 そのようにインプットした記憶はないから、単純に彼女の好みと僕の好みが似ているのだろう。
 もしくは、初めての思い出を大切にするという、人間らしい情緒からの反応なのだろうか。

 それから知識が増える度、思い出を重ねる度、彼女はとてもよく笑うようになった。

 庭先に花を見付けて、その美しさを理解した。迷い込んだ野兎を、柔らかそう、可愛いと追い掛けた。小さな畑の作物を収穫し食べると、美味しいと目を輝かせた。
 書斎の本をあっという間に読破して語り合うこともあったし、掃除中うっかりバケツの水を溢して慌てふためく日もあった。

 彼女は初めの頃のぎこちなさが嘘のように、人間の少女と変わりなく日々を過ごした。
 あらゆることに感動し、ころころと表情を変える。ことあるごとに新発見だと興奮し、何度も僕を呼ぶ声が、袖を引く指先が、とても愛しい。

 そんな彼女の姿を、いつまでも眺めていたかった。いつまでもこうして居たかった。

 けれどそんな彼女との穏やかな日々は、呆気なく終わりを迎えたのだ。


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 その日はいつものように、森の奥に朝日が差し込む頃サラを起こして、食事を作ろうとした。
 狭いキッチンに立って、新鮮な卵をふたつ手に取って、今日は甘い卵焼きにしようと、卵を割ろうとして……出来なかった。
 床に落ちた卵が、ぐちゃぐちゃに割れる。

「あ……?」
「……しっかりしてください、エイト博士!」

 頭が異常な熱を帯びて、身体が動かない。ぐらりと視界が傾いたかと思うと、そのまま冷たい床に倒れ込む。強かに身体を打ち付けながら突っ伏して、駆け寄る彼女の足音と悲痛な声を聞いた。

「サ、ラ……」
「大丈夫ですか!? どこか痛むのですか!?」

 白い服が汚れるのも厭わず膝を付き、僕の様子を心配そうに伺うサラ。彼女の瞳には、アンドロイドでは有り得ない、大粒の涙が溢れていた。

「涙……? ああ、そうか、……きみは『心』を得たんだね」
「え……?」

 初めて見るはずの、サラの涙。
 けれど、おかしい。少し前にも、こんなことがあった気がする。

 僕はぼんやりとした視界で彼女の溢す美しい雫を眺め、それを拭おうと重たい手を持ち上げる。
 なのに指先が震えて、力が上手く入らない。視界もなんだかちかちかとして、ノイズがかかったようだ。

「あれ……?」
「……っ! エイト!」

 濡れた頬に触れる刹那、泣き叫ぶような彼女の声がして、そこでぷつりと、意識が途切れた。


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