もはや愛情表現が足りなくなった彼女は逆に心がざわざわとして困ってしまう。
このままでは彼を襲ってしまいそう。
そう思ってコルネリアはゆっくりとベッドから離れることにした。
「あれ、もう終わり?」
「──!?」
思わず振り返ると、彼が艶めかしいサファイア色の瞳をこちらに向けている。
「レオンハルト様っ!」
「もう、最近素っ気ないなと思ってたから寂しくて隣に寝に来たのに」
「そ、素っ気ないのはレオンハルト様じゃないですか?」
少しむっとした表情を浮かべてコルネリアは反論する。
すると、レオンハルトは申し訳なさそうに目を逸らすと、彼女の元に向かう。
彼女を勢いよく抱きしめると、ごめんと耳元で呟いた。
すると、コルネリアは自分の首元が少しヒヤッとしたことに驚いて手をやると、そこには細いチェーンに飾りがあるネックレスがあった。
「レオンハルト様、これは……?」
「昨日は誕生日だから、コルネリアの。これをプレゼントする予定だったんだけど、間に合わなくて。ごめん」
申し訳なさそうにしゅんとする彼を見て、コルネリアはなんとも彼が愛おしくなった。
「いいえ、もしかして素っ気なかったのはこれのためですか?」
「ああ、その、プレゼントをサプライズで渡したかったけど、なんとなく口走ってしまいそうで。数日不安にさせたなら、ごめん」
星形の飾りの中に光る淡い紫の宝石は、朝日に照らされて輝いている。
その飾りを愛おしそうになでたあと、コルネリアは彼に抱き着いた。
「私も、レオンハルト様への愛が重すぎるかもしれないと、少し素っ気ない態度をとってしまいました。ごめんなさい」
ぎゅっと彼を抱きしめながら目に涙をためて謝る。
そんな彼女の謝罪を聞いて全ての行動の意味が納得できたのか、彼は微笑んだ。
「よかった、嫌われたわけじゃなくて」
「嫌うなんてっ!! その、大好きです……」
あまりにストレートな愛情表現に、彼の心は燃え上がった。
「コルネリア、ごめん我慢できないかも」
「え……?」
そう言って彼は彼女をベッドに押し倒すと、そのまま彼女の唇を貪る。
「レオンハルト、さま……」
「可愛すぎ。コルネリア」
そんな言葉と共に彼の溺愛は続く。
「んっ……」
何度も当てられる唇に思わず吐息が漏れる。
「ん……コルネリア、愛してる」
「私も、大好きです」
再び唇が重なって、甘い甘い時間が始まる──
「レオンハルト様、暑いです……」
「コルネリアっ! 身分がバレてしまうから『様』と敬語はなしって言ったでしょ」
「でも、レオンハルト様はレオンハルト様だし……」
人混みでごった返す中、暑さでうだってしまっているコルネリアの手を引いて目的の河原まで向かう。
由緒正しい家柄の二人はボディーガードに普段守られて過ごしているが、どうしても二人きりでデートがしたいとこの人混みを利用して振り切ってきたのだ。
暑さに弱いコルネリアは手で仰ぎながら身体を冷まそうとするが、それでも汗はじんわりと滲んでくる。
「私は大丈夫だから、手を離しましょう。レオンハルト様!」
「え?」
そう言って無理矢理手を離してしまうコルネリア。
「あ、あそこ涼しそうっ!」
「ちょっと、待ってっ! そっちは……!」
コルネリアが走って行った先は脇道で、大きな溝があった。
「──っ!」
気づいた時にはもう手遅れで、コルネリアはバランスを崩して足を踏み外してしまう。
地面に倒れてしまう、と想い衝撃を覚悟するも、力強い腕に引っ張られて痛さは訪れない。
「はあ……はあ……危なかった……」
「ご、ごめんなさい」
そうすると、レオンハルトは彼女を抱きしめて耳元で囁く。
「ドキドキしてるね」
「そ、それは、溝に落ちそうになってびっくりしたから……!」
「ふ~ん、本当?」
「ほんとっ!!」
もう離れてよ、と言いながら彼の胸板を押すも、全く解放される気配はない。
彼女は少し言いづらそうに顔を逸らしながら、もごもごとして言う。
「……るから」
「え?」
「汗が気になるから、恥ずかしい……」
先程の手を離したのも、手汗を気にして自分から離れたのだとわかり、レオンハルトは自分の行動を少し反省する。
「ごめん、僕のほうこそコルネリアのこと気にしてあげてなかったね」
「ううん、その、どめんなさい。嫌いになった?」
「なるわけない。でも、嫌ならもうくっついたりしないから」
「……」
コルネリアは何か言おうと顔をあげた。
その瞬間、轟音が響き渡り夜空が一気に明るくなる。
「あ……花火……」
「河原まで間に合わなかったね……」
「いいや、ここでも十分見られた」
そう言うレオンハルトの横で必死に背伸びをしてみているコルネリア。
次第に動きは大きくなり、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
そんな恋人の姿を見て、彼は彼女の脇に手を入れると、そのまま力を入れて持ち上げた。
「うわっ!」
「ほら、これで良く見える?」
「う、うん……」
お姫様抱っこでもない、高い高いの状態で持ち上げられるコルネリアは少し顔を赤らめて彼に言う。
「も、もういいよ!」
「そう、じゃあ……」
最後に大きな花火が打ち上がったと共に、コルネリアの唇はレオンハルトに奪われていた。
「来年も一緒に来ようね」
「ず、ずるい……もう……」
そう言って暗闇の中、もう一度二人の影は重なった──
月が煌々と輝く夜の事──
コルネリアは夜着に着替えてある人の帰りを待っていた。
「遅い……」
彼女は自分の部屋の中でぐるぐると歩き回っている。
口を尖らせて時折ため息をついては、ベッドに座ってじっと門の方を眺めた。
「レオンハルト様、今日は早く帰るって言ったのに……」
彼女の夫であるレオンハルトは今夜会合があるためある公爵家へと出向いていた。
夕方には戻ると聞いていたため食事も待っていたが、一向に戻って来る気配がないため、仕方なくコルネリアは一人で食べることとなった。
もう寝る時間に差し掛かったその時、玄関の前にレオンハルトの乗った馬車が停まった。
「──っ! レオンハルト様っ!」
コルネリアは急いで玄関へと向かうと、そこにはなんともふらふらとした足つきの夫がいたのだ。
「どうなさったのですか?」
「コルネリア!!!!!」
「──っ!」
いきなり玄関先で抱き着かれた彼女は、夫の異変に気付いた。
「お酒……ですか?」
「ん? ああ、フィルド公爵がぜひにと勧めてくれて断れなくてね……」
顔をにこにことさせながら、まぶたの重そうな目でコルネリアを見つめる。
そうして頬を両手で捕まえると、レオンハルトはいきなり唇を重ねた。
「──っ!!」
「へへ……会いたかった……コルネリア」
「……もうっ! 調子がいいんですから……」
ぺろりとなめられた唇と、満足そうな表情を浮かべて屋敷に入る。
少し冷たい手に捕まえられたコルネリアは、そのまま彼に部屋へと連行された。
甘い時間が訪れる……かと思いきや、レオンハルトはお酒の魔力に負けてそのまま眠ってしまい、翌日コルネリアに口をきいてもらえなかった……。