「ありがとうございます。恐れ入ります」

 彼女は公務に戻るためにその場を後にする。
 王宮の廊下を歩きながら、彼女は先程彼に触れた手をじっと見つめた。

(不思議な感覚……)

 鼓動が速くなり、頬が紅潮する。

 それから数日経ってもリュディーのことが忘れられなかった。
 なんとなく知識として知っていたし、まわりの令嬢たちもそんな話題をしていたから、自分の気持ちがなんなのか、すぐに理解した。

(恋……したのよね、私……)

 太陽の光で輝いていた長い髪も、芯のある強い瞳も、何もかもが気になる。
 彼は何が好きなんだろうか。
 彼はどんな風に話して、どんな風に食べて、どんな風に笑うのだろうか。

 窓の外に見える騎士団の演習をそっと覗き見る。
 ガラスに手を当ててみるが、彼までは遠い。

 リュディーは没落した子爵家の嫡男だったと後で知った。
 騎士団長が拾って、王宮にある寮で過ごしているのだという。

(彼と話してみたい……)

 そう思っていても、王女と一騎士兵見習い。
 ガラス越しに映る彼の如く、それは決して届かないところにいて自分の「恋しい」という声すら届けられない。