聖女の力を失った私は用無しですか?~呪われた公爵様に嫁ぎましたが、彼は私を溺愛しているそうです~


 ひるんだ腕を振り払い、その人物はクリスティーナの腕を引いて自らの後ろに下がらせる。
 彼女は自分の腕を引いて守るようにして背に隠した彼の名を呟いた。

「リュディー……」
「遅くなってしまい、申し訳ございません。クリスティーナ様」

 クリスティーナを守るようにしっかりと手を繋ぎながら、ゆっくりと陸の方へと足を向ける。

「くそっ!! 王女を奪えっ!!」

 リストの叫びに呼応するかのように、船の中から凄まじい数の衛兵がリュディーとクリスティーナを襲う。
 気づけば陸にいたミストラル国の人間からも追い詰められており、まさに挟み撃ちとなっていた。
 リュディーはちらりと双方の敵を見遣ると、クリスティーナに囁く。

「クリスティーナ様、私から離れぬよう」
「でも、こんなに囲まれてちゃ……」
「大丈夫です、あなたは必ず命に代えても守ります」
「リュディー……」

 リュディーはナイフを手に向かってきた敵をひらりと交わすと、その手を上から手刀で殴りつける。
 そのまま回し蹴りをして相手をもう一人の敵にぶつけると、二人まとめて海に突き落とす。

「クリスティーナ様、十秒後に陸のほうへ走ってください! 彼らが助けてくれます」
「──っ!」

 リュディーの言う”彼ら”を視認すると、クリスティーナは心の中で刻を刻む。

(一、二、三……)

 その間にリュディーは迫りくる敵を一人ずつ倒していく。
 相手から奪ったナイフを使って牽制すると、彼は繋いでいた手を離して彼女の背中を押した。

「今ですっ!」

 クリスティーナはリュディーの開いてくれた脱出路をひたすら走って陸を目指す。
 息を切らしながら走った先には、ちょうど船の元にたどり着いたコルネリアとレオンハルトがいた。

「コルネリアっ!!」
「クリスティーナ様っ!!」

 抱きしめ合った二人を守るようにレオンハルトが剣を抜く。
 敵が次々に襲いかかるも、騎士団長であった彼に敵うはずもなくあっけなく散らされていった。

「くそっ!! いいっ! 撤退するぞっ!」
「させませんよ」

 リストのもとにたどり着くと、彼を陸のほうへと一気に蹴り倒す。
 蹴られた衝撃でそのまま陸まで転がり落ちた彼は、痛みで顔を歪める。

「タダで帰すわけないじゃないですか、まだ話は終わりませんよ」

 リュディーは怒りで刺すような視線でリストへ向けた──

「くそっ! こんなことしてただで済むと思うなよ?!」
「こちらの台詞です。クリスティーナ様を私欲のために利用しようとしたな」

 冷たく突き刺さるような声でリュディーは言うと、同じく彼を咎めるためにレオンハルトが歩みを進めた。

「あなたの悪事はすでに知れ渡っています。先程、我が国王にも早馬で知らせました」
「ふん、私が何をしたというんだ」

 レオンハルトは持っていた書類をリストに見せる。
 その書類はリュディーとミハエルが調べ上げた、リストの悪事の全てが記されたものだった。

「掘れば出てくる、法を犯しているというのに、意外と爪が甘いのですね」
「なに?」

 苛立ちやすい性格の彼は立ち上がってレオンハルトへ掴みかかろうとするが、その手をリュディーが払い、そのまま関節を外す。

「いってええっ!!」
「おとなしくしなければ、もっと痛い目に合わせる」

 耳元で囁かれた声色の低さと鋭さにぞわりとさせて、リストは苦々しい表情を浮かべた。

「リュディーはこの国一番の武術使いです。騒がない方が身のためかと」
「……ぐっ……」
「さあ、話を戻しましょうか。あなたは我が国の王女殿下と婚姻を結び、ミストラル国の第一王子より優位に立とうとした。そればかりか、王女殿下のパイプを使って我が国への侵略を考えていましたね?」

 その言葉を聞き、クリスティーナが口元に手を当てて驚く。
 まさか自分の婚約の裏にそんな陰謀が隠されていたことに、立っていられなくなるほどに息苦しさを感じる。
 大丈夫ですか、とコルネリアはクリスティーナの身体をなんとか支えた。

「ええ、大丈夫。ありがとう」

 目を逸らせない、王女としてこの事実を受け止めると決心した彼女は、もう一度自分の足でしっかりと立って彼らを見守った。

「ふん、そんな証拠がどこに……」
「あなたの部下は武力は優秀でしたが、頭の方はあまり、のようですね」

 にやりと笑ってちらりとリストの少し後ろに控えた側近を見遣ると、ぎくりとした表情で目を逸らす。
 事実、彼は口が軽く、酒に酔うと誰彼構わずに機密情報を漏らしていた。
 リュディーが酒場に潜入して数日張り込んだところ、やはり彼は第二王子が描く陰謀を口走ったのだ。

「部下に恵まれませんしたね。あなたは」
「く、くそっ!!」

 部下の証言だけではなく、これに関してはご丁寧にリストの直筆で部下への指示書が出てきた。
 さらに、自分陣営につけば、侵略後に新たな領地を授けると第一王子と懇意にする貴族たちに手紙まで。
 まあ、そのうちの数人は第一王子を通してミストラル国王に密告していたのだが……。

「な……じゃあ、あいつら」
「ええ、あなたにつくどころか、国王に伝わっているでしょうね」

 段々青ざめていくリストの顔を見て、レオンハルトは冷めた笑顔を向ける。
 彼にぐっと近寄ると、リストの顔面に顔を寄せて囁いた。

「ふ、そのくらいで青ざめてもらっては困りますよ。まだ終わるわけないでしょう? あなたが償うべき罪は山ほどありますよ」

 がくがくと震えだしたリストに対して容赦なく咎め続ける。

「我が国にいる犯罪者集団、シュヴェール騎士団をそそのかしてここ数ヵ月内乱を扇動していたのはあなたですね」
「……なっ! あればローマンが……っ!!!」
「ローマン、そうですね。彼がリーダーでした」

 そこまで言うと船の上にいる深く布を被った男にレオンハルトは呼びかけた。

「お久しぶりですねっ! ローマン」

 その声を聞き、布を被った男は可動橋をゆっくりと渡ってこちらにやってくる。
 そのローブを取ると、顔にやけどを負った姿が露わになる。

「お元気でしたか? ローマン」
「ああ、お前もまだ生きているんだな」
「呪いは解けましたよ。残念ながら」
「そうか……やっぱりあんたの女はろくなやつがいねえ。三年前の女も、そこにいる女も」

 侮辱されたことでレオンハルトは拳を握り締めて、彼を殴りつけた。
 騎士団長だった頃に培った強さもあるが、なによりもはや身体の自由がほとんど利かなくなっていたローマンはその俊敏な攻撃を避けることができなかった。

「お前のその汚い口で、俺の大事な人たちを呼ぶな」
「ふん、相変わらず手が早いね」
「黙れ」

 港に到着した王国騎士団たちがローマンを取り囲み、捕縛する。

「お前はおとなしく獄で罪を償え」
「ふん、俺も終わりか」

 いけるとおもったんだけどな、と呟きながら兵士たちに連れていかれる。

「さあ、ローマンも引き渡していただきましたし。あなたもそろそろ自分のお国に戻られては」
「言われなくとも帰る! くそっ! 絶対に許さないからな、こんなことをしてミストラル国を敵に回したらどうなるか……」

 暴言の数々を言い続ける彼に、レオンハルトは冷たく言い放った。

「あ、きっともうあなたの戻る場所はないですよ?」
「……は?」
「リュディー、そうですね?」
「はい、ミストラル国王にこのことを全て伝えております。もちろん、黒魔術師との関係も全て」
「なっ!!」
「と、言うことだそうですよ。今頃あなたの王位継承権、そして国への永住権も剥奪されているかもしれませんね」

 その言葉を聞き、リストはついに全ての終わりを悟ったのか、その場にへたり込んだ。

 すると、クリスティーナがリストに向かってすたすたと歩いていく。

「王女殿下っ!」

 リュディーの言葉に大丈夫と返答を返すと、そのままリストと目を合わせる。

「我が国を危機にさらすところでした。それに、あなたは私の大事な人たちを傷つけた。国を背負っていた者として恥を知りなさいっ!!」

 クリスティーナの右手がリストの頬を激しく打つ。
 コルネリアはそっと彼女の傍に駆け寄って、涙ぐむ背中を優しく撫でた──

 王族同士の結婚が破談となり、そしてミストラル国第二王子の不祥事が明るみになったことで世間への衝撃は大きかった。
 ミストラル国王からは正式な謝罪がおこなわれ、第二王子の王位継承権の剥奪ならびに、二国からの永久追放が決まった。
 一方、その第二王子と結託して暗躍していたローマンも捕縛され、一生獄に繋がれる身となった。

「では、やはりレオンハルト様の呪いはローマンが」
「ああ、第二王子と手を組んでいた黒魔術師に依頼してかけたそうだ」

 王宮での仕事を終えてヴァイス邸に戻ったレオンハルトは、出迎えたコルネリアに仔細を伝えていく。
 コートを脱いでクローゼットにしまうと、ソファに腰かけて一息つく。
 連日後処理で忙しかった彼は、夕日の光でうとうととしてしまう。
 そんな彼の隣にぴとりと身体をつけながら座るコルネリアは、何かに気づいたように身体を離してレオンハルトをまじまじと見つめる。

「コルネリア……?」
「あの……もうすぐ、夜ですよね?」
「あ、ああ」