聖女の力を失った私は用無しですか?~呪われた公爵様に嫁ぎましたが、彼は私を溺愛しているそうです~

 感情を露わにしながらも品よく紅茶を飲む様は、美しく絵画のよう。

「そういえば、最近はリュディーのカフェに行ってる?」
「あ、はいっ! つい一昨日もレオンハルト様と一緒に伺いました。今度はレモンケーキが新発売されていて、ついいただいてしまいました」
「あら、それは美味しそうね! 今度リュディーに言って分けてもらおうかしら」

 そう言いながら、シフォンケーキを口にする。
 クリスティーナは顔を綻ばせて、目の前に座るコルネリアに「食べて」と勧める。
 二人は好みのものが合うようで、何かと意気投合してはこうして共有し合って楽しんでいた。

「そういえば、リュディーさんがクリスティーナ様のご様子を気にされてました」
「えっ?!」

 ものすごく高い声で驚いた返事をすると、瞬きの回数を多くしては少し落ち着きのない表情を浮かべる。
 コルネリアはその変化を感じ取り、首を傾げた。
 すると、こほん、と咳払いをしたあとでゆっくりとコルネリアに問いかける。

「──リュディーはなんて?」
「え?」
「なんか私のこと言ってた?」
「えっと、最近ご公務が多くて睡眠時間が少なくなってそうだから心配だと」
「…………」
「クリスティーナ様?」

 クリスティーナは少し伏し目がちになり、目の前にいる情報提供者に礼を言う。

「ありがとう。まさか、彼にバレてるとは思わなかったわ」
「リュディーさんはクリスティーナ様の話をよくしますよ」
「まったく、世話焼きなんだから」

 そう言いながら紅茶をゆっくり飲み干す。
 その顔はほんのりと赤くなっていた──


 アフタヌーティーが終わりに差し掛かった頃、コルネリアはクリスティーナに一つの相談をした。

「クリスティーナ様、レオンハルト様の呪いのことは……」
「ええ、聞いたわ。ありがとう、彼を救ってくれて」
「いいえ、私は慌てふためいて何もできませんでした。なにも……」

 そう言いながら伏し目がちになるコルネリアの手を掬いあげると、柔らかい笑顔で告げる。

「あなたがいなかったら、そのままレオンハルトは死んでしまっていたかもしれない。あなたがいたから一命を取り留めたの」
「クリスティーナ様……」
「大丈夫、彼とあなたのことは必ず私達が守ってみせるわ」
「……?」

 『守る』という意味がわからず、コルネリアは瞬きをして言葉を咀嚼しようとする。
 彼女の戸惑いがわかったのか、「ごめんなさい」と呟きながら目を閉じた。

 そして、クリスティーナは覚悟を決めた表情で顔をあげて言う。

「あなたには言わなければならないわね。レオンハルトの過去を、それから……彼の秘密を……」

 そう言いながら、クリスティーナは語り始めた──
 クリスティーナは細い指でカップを持つと、喉を潤すために紅茶を一口飲んだ。
 息を少し大きめに吸って、静かに、ゆっくり話し始めた──

「レオンハルトが子供の姿になるのは知っているわよね?」
「──っ! ご存じだったのですか?」
「ええ、私と国王、そしてリュディーも知ってるわ」

 確かに屋敷以外で知っている者がいるのかどうかは聞いていなかったため、身近な存在である彼女らが知っていても不思議ではない。

「リュディーの調査によると、恐らく『シュヴェール騎士団』の仕業でないかと」
「シュヴェール団……?」
「過激な反王国派の人間たちで、彼らのリーダーであるローマンは元王国騎士団の人間なの」
「どうして……」

 シュヴェール騎士団は数十人規模ではあるものの、ローマンを中心に騎士や傭兵の経験者が多く在籍している。
 そのため、なかなか王国も手を焼いており、ここ数ヵ月はより数多くの犯罪が彼らによって引き起こされていた。

「そのローマンはなぜそんなことを……それに、その方とレオンハルト様に何か関係が?」

 クリスティーナは少し黙ったまま、空を見上げた。
 そして、口を開いてこう告げる。

「3年前にシュヴェール騎士団討伐作戦が繰り広げられたの。その責任者だったのが、レオンハルト」
「──っ!」
「当時はレオンハルトが王国騎士団の騎士長で、リュディーが副長だった。歴代最高の強さと権威を誇っていて、ローマンをついに追い詰めたの」

 「あと一歩のところまで……」と小さな声で呟いて唇を噛みしめたクリスティーナは、スカートの裾を握り締めて悔しさをにじませながら続けた。

「ローマンは追い詰められて卑怯にも一人の人質をとって逃走した。それで王国騎士団は迂闊に手出しできなくなった」
「それで……それでどうなったのですか?」
「ローマンと数人の幹部以外は捕縛できたわ。彼らも深手を負って引き下がった」

 クリスティーナは悲しい表情をやめず、その目には涙を浮かべていた。
 コルネリアはそっと彼女の背中をさすると、「ありがとう」と返事をされる。

「では、作戦は成功したのですね」
「ローマンももう剣を握れないほどの傷を負って、シュヴェール騎士団の脅威は過ぎ去ったわ」
「レオンハルト様たちも無事に?」
「ええ、リュディーが地下室に立てこもったローマンを追い詰めるために怪我を負ったけど無事よ」
「よかった……」

 そう言うと、クリスティーナは静かに首を振った。

「でも間に合わなかったのよ」
「え?」
「…………リュディーが駆け付けたときにはもう、人質はローマンに殺されて亡くなっていたの」
「──っ!!!!」

 コルネリアは息が止まるような思いがして、絶句する。
 目を閉じたクリスティーナの頬に涙が伝う──


「人質の犠牲を重く受けとめたレオンハルトは騎士団長の任を降りた。そのあと怪我が原因でリュディーも前線から外れることになったの」

 自分の夫とその友人にそのような辛い過去があったことを知り、コルネリアは胸が苦しくなった。

「そして、半年前に恐れていたことが起こったのよ」

 壊滅したかに思えたシュヴェール騎士団が息を吹き返して、ここ数ヵ月の犯罪をおこなっているのだという。
 王国は早急に王国騎士団を派遣して鎮圧に向かうも、どの現場でも苦戦を強いられている。

 コルネリアは自分の頭の中で導き出した結果をクリスティーナに話す。

「もしかして、レオンハルト様の呪いは……」
「そう、ローマンが復讐のためにしているのではないか、というのがリュディーの調査結果」

 リュディーの調査では、シュヴェール騎士団の人間が他国の魔術師と密会した形跡があったという。
 さらにその魔術師というのが、「呪い」を専門とする黒魔術師であると……。

 レオンハルトに向けられた強い復讐の念が、彼の身体を蝕んでいることがわかり、コルネリアは手を握り締める。

「まだ確定情報ではないけど、彼らが何か絡んでいるのは確実ね」

 コルネリアはミハエルから伝えられていたことを思い出す。

 『呪いを解くには、かけた本人が解除するか。もしくは……』

「聖女の力で解除する……」

 コルネリアはそう呟いた──

 レオンハルトが子供の姿になってしまった呪いに、シュヴェール騎士団が絡んでいる可能性がある。
 そして、シュヴェール騎士団とレオンハルトの因縁、そして彼の過去について聞いたコルネリアは王宮からの帰り道、馬車にも乗らずに考え込んでいた。

(レオンハルト様の過去……。騎士長だった。それからシュヴェール騎士団……)

 そんな過去があれば、レオンハルトとリュディーのあの仲の良さも納得がいく。
 レオンハルトに詳しいことを聞きたいと思うが、今日彼は夜遅くまで仕事で外出している。
 そうとは知りながらも、いてもたってもいられなくなったコルネリアはある場所へと向かった──


「おや、珍しいですね。あなたお一人でいらっしゃるなんて」
「はい。今日はリュディーさんとお話したくて来ました」
「レオンハルトのことですね」
「──っ!」

 言い当てられたことに驚きはしたが、彼は王家の影と呼ばれる存在であり、レオンハルトと共に戦場に立っていた人間。
 相手の表情や言いたい事を読むのはたやすいのかもしれないと感じた。

「はい、教えていただきたいのです。レオンハルト様の過去を」
「わかりました。では、立ち話もなんですし、カフェオレでも淹れましょうか」
「……お願いします」

 コルネリアはそっとカウンターの席について、大きく一つ息を吐いた。
 リュディーは表の看板をCLOSEにした後、豆を挽いてゆっくりとした手つきでコーヒーを入れていく。
 その様子をじっとコルネリアは見つめていた。

 しばしの無言の時間が流れた時、ふとリュディーが話し始めた。

「王女殿下からお聞きになったのですね?」
「はい。クリスティーナ様からお聞きしました。レオンハルト様があの姿になってしまう呪いについて、そしてそれに関係する過去について」
「おおよそお聞きした内容については予想できます。驚いたでしょう」
「ええ」

 優しい微笑みを向けた後、カフェオレが入りましたよと彼女の元に置く。
 ありがとうございます、と言ってコルネリアはカップを持って冷めないうちに一口飲む。

「美味しいです」
「ありがとうございます。少しは慣れましたか?」
「はい、この苦味が美味しいというのが少しわかりました」