聖女の力を失った私は用無しですか?~呪われた公爵様に嫁ぎましたが、彼は私を溺愛しているそうです~

 特に夫人と結婚してからは、ルセック伯爵は多額の支援金を彼女の実家、つまりこの『鉄血伯爵』と呼ばれるチャール伯爵から受け取っており、頭が上がらなかった。

 そんな状況下での不倫発覚。
 もうルセック伯爵にとって最大のピンチと言っても過言ではない。
 その場にへたり込んだ彼は、チャール伯爵の形相に恐れをなしてがくがくと震えながら何も言い返せずにいた。
 チャール伯爵のすぐ後ろには、ルセック伯爵夫人がふん、といった様子で腕組みしながら夫を見ている。

「君を信用して多額の支援をしたんだよっ!! まさか恩を仇で返すとはなっ!!」
「違うんですっ!! これにはわけが……!!!」
「不倫にわけも何もあるかっ!! うちの娘を悲しませた罪は重いぞ?!」
「ひいいっ!!!!!!!!」

 鬼のように憤慨して真っ赤にした顔がルセック伯爵の顔に近づけられ、彼はもう虫の息。
 その様子を見てルセック伯爵夫人は、いい気味ね、といった感じでにやりとその赤い紅で彩られた形のいい唇を動かして笑う。

 そして、少し収まったかに思えたチャール伯爵が、ルセック伯爵に目をやったまま笑って、そして一気に怖い顔に変化して低い声で言う。

「さて、次はお前の番だな。ミレット」
「……え?」

 チャール伯爵はルセック伯爵へ向けた目をそのまま少し後ろにいた娘であり、ルセック伯爵夫人である彼女へと向けた。
 なぜ自分がそのような目を向けられるのかわからず、戸惑いを隠せない。
 すると、チャール伯爵は冷たい表情を娘のミレット、そしてもう生気を失っているルセック伯爵に告げた。

「お前たちは子供ができないからと聖女の子供を引き取ったといっていたな」
「──っ!!」
「その子にどんな仕打ちをした? お前たちは愛情を向けず、道具のように扱い、そして力が尽きた彼女を地下牢で何年も閉じ込めたそうだな」
「なぜ、それを、お父様が……」

 その答えにすぐさま答えることはせずに、代わりにミレットに言う。

「ミレット、お前がいくらうちに戻りたいと言ってきても、もううちの敷居を跨がせはしない」
「お父様っ!! それはっ!!」
「そんな非情で人間の温かみの欠片もない仕打ちしかできないお前は、不倫をされても自業自得だ。勝手にしなさい」
「そんな……!」

 ミレットはよほど驚いたのか、まさか自分に矛先が向けられると思っていなかったのか、泣いて叫ぶもチャール伯爵は取り合わない。
 そして最後に、といった様子でチャール伯爵は懐から封筒を取り出すと、ルセック伯爵の前に置く。

「さあ、私から言いたいことはこれで終わった。あとはその招待状を持って王宮に向かうといい」

 呆然とするルセック伯爵の代わりに、その封筒を乱暴に開けると、中に書いてある文章をみてミレットは血の気が引く。

「ヴァイス公爵からの、招集命令……」

 彼の呼び出し……つまりは王族からの呼び出しを受けて、二人ともその場に座って動けなくなった。
 裁きの時が近づいていた──


 チャール伯爵から招待状を受け取ったルセック伯爵と伯爵夫人が、ようやく重い腰を上げて恐る恐る王宮に向かったのがその数日後。
 王宮へ向かうとすでに待っていたかのように衛兵がこちらに、という様子で案内をする。
 そして二人が連れて来られたのは、なんと並の貴族では到底足を踏み入れることのできない、謁見の間であった。

「「──っ!!」」

 そこにはすでにレオンハルトとコルネリアが玉座下の横に控えており、ルセック伯爵夫妻との久々の再会となった。
 二人の様子を見てさらに居心地の悪そうな表情を浮かべるルセック伯爵と夫人は、そっと案内された場所に立つ。

 すると、そこに堂々とした出で立ちで国王があらわれると、レオンハルトたち、その場にいた皆が一斉に恭しく礼をする。
 国王はそれらを一瞥して玉座に着くと、話を始める。

「ルセック伯爵、ならびに伯爵夫人。ここに呼び出された理由はわかるな」
「は、はい……」

 ルセック伯爵は事前の招待状という名の勧告書によって、コルネリアへの虐待についてを咎められることを知っていた。
 そしてそれを受けて他国へ亡命しようとしたのだが、なんと使用人であったメイドによって隠し金庫に入れていた財産を全て奪われており、どうすることもできなかったのだ。
 さらに悪いことに亡命しようとした動きを王国の影であるリュディーに調べられ、それを王国に報告されていた。

「何か申し開きはあるか?」
「いえ……」

 だらだらと汗が流れ落ちており、どのような処遇を言い渡されるのか恐怖心で溢れているルセック伯爵、そして納得がいかないというような表情を浮かべる伯爵夫人がいる。

 義理とはいえ、自分の父親と母親である彼らを、コルネリアは悲しい目で見つめていた。
 そうだ、この人たちは罪を償わなければならない。

「コルネリアを商売道具として扱った上に、用なしと感じるや否や酷い扱い環境下で生活をさせた。まずこれ自体が虐待罪にあたる、わかるな?」
「……」
「さらに、君を調べるうちにどんどん悪いものが出てきたよ」

 国王がレオンハルトに目を遣ると、私が代わりに話しますと言った様子で資料を片手に話し始めた。

「ルセック伯爵、お久しぶりですね。コルネリアを虐待していた罪、私は許しませんよ?」
「ひいっ!」

 いつもとは明らかに違う低い声と様子、そして表情を横目で見て、コルネリアは驚く。

「それに、実はあなたを調べていたら、多くの罪が出てきましてね、その一つがフィードル伯爵家の没落の原因となった貿易不正。あれは、あなたが裏で糸を引いていましたね?」
「……知りません」
「しらを切っても無駄ですよ。ある人物から不正に関する証拠の資料、帳簿、全ていただきましたから」
「なっ?!」

 束になった証拠資料を掲げてルセック伯爵に突きつけながらレオンハルトは言う。

「あなたの家の財産を盗んだメイド、なんのために盗んでいたか知っていますか? ……復讐ですよ、あなたへの」
「復讐?」
「彼女はもともとフィードル伯爵家で最後まで雇われていたメイド。フィードル伯爵夫妻が命を絶った後もその娘であるご令嬢に仕えていたメイドですよ」
「──っ!!」
「主人であるフィードル伯爵夫妻のため、そしてそのご令嬢であるテレーゼ嬢のために、あなたの財産を奪ったんです」

 そう、全ては自分の蒔いた種であり、それが返ってきた。
 因果応報という、それだけの話であった。
 もちろん盗み自体は良くないのだが、証拠も不十分、そして今回ルセック伯爵の不正資料も一緒に提出をして自首をしたため、おそらく彼女は不起訴となるだろうとのことだった。

「さあ、私の大事な妻への酷い仕打ち、暴力、そして国への反逆、その他不正行為の数々……ここまで揃うのも珍しいですね。さあ、国王いかに裁きましょうか?」

 もはやルセック伯爵は言い訳できないと言った様子で観念しているが、その横でピーピーと伯爵夫人は騒ぎ立てている。

「これは全て夫がしたことですわっ! わたくしは何も悪くありませんもの! 裁くなら夫だけをさば……」
「黙れ」
「ひぃっ!!」

 国王の威厳のある低い声、そしてその圧力に負けて夫人は腰が引けている。
 先ほどまでの威勢はどこへやらと言った様子で、何も言えずにわなわなと震えていた。
 まるで、怪物を見ているがごとく──


「ルセック伯爵ならびに、伯爵夫人両名は、国家に対して、そして大事なこの国の民に対して信頼を損ない行動を起こした。よって、法によって裁きを下す」

 国王は玉座から立ち上がって右手を掲げ、こう宣言した。

「ルセック伯爵の爵位はく奪、ならびに領地領民の返却、そして両名を国外永久追放とする!」

「そんな……」
「うそでしょ……」

 ルセック伯爵と伯爵夫人はその場に今度こそ力なくへたり込み、頭を抱えて泣き叫んだ。

 そんな様子をなんとも悲し気な表情で眺めているコルネリアは、その後レオンハルトの進言によって彼らから正式な謝罪をもらった。

 ルセック伯爵と伯爵夫人が追放の命を下された直後、レオンハルトとコルネリアは急いでヴァイス邸へと戻っていた。
 馬車を飛び降りて廊下を駆け抜けると、二人は急いでレオンハルトの部屋のドアを開けて入る。

「ま、間に合った……」

 と、いうのも。
 今ドアを寸でのところで閉めて落ち着いた彼らは、いつもの”それ”を見て一息つく。
 コルネリアの目の前には、小さな子供の姿のレオンハルトがソファにうなだれるように座って、息を整えていた。

 そう、今日は新月の日だったのだ──

「何も今日裁くからと言わなくても」
「仕方ありませんよ、あれ以上お父様たちを見逃してしまっては、何か良くないことがまた起こるかもしれませんでしたし」
「コルネリアは偉いね、周りのことをきちんと考えられて」

 そんなことはないと言った様子で首を振るコルネリアは、レオンハルトの横にちょこんと座る。
 そしてそっと彼の肩に自分の頭を預けた。

「──っ!!」

 まさかの甘い雰囲気にレオンハルトは驚きを隠せず、照れている様子を見られないように顔を手で覆う。

「レオンハルト様」