互いの名を呼んでどちらからともなく身体を寄せ合っていく。
 アンリの少し冷たい手がエリーヌの頬に添えられている。
 エリーヌはそっと目を閉じて、二人はまだ重なったことのない唇を意識して、鼓動を高鳴らせた。

 吐息が徐々に近づいていったその瞬間に、アンリは添えていた方と反対の頬にちゅっと優しく唇をつけた。
 エリーヌがそうっと閉じていた目を開くと、目の前には目を逸らして顔を赤くした夫の姿があった。

(ああ、そうだ。この人はこんな感じだ。可愛い人……)

 ここで思い切って唇に出来ないのが、彼。
 アンリも自らの頭に手をやって、悩ましそうにする。

「ふふ、待っています」
「それは、かなりプレッシャーだよ。エリーヌ……」

 再び目が合った二人は鳥のさえずりが一つ聞こえた後に、笑いあった──



 ゆっくりとした朝食の時間を過ごしたエリーヌは、自室で作業をするべく廊下を歩いていた。

(よし、ロザリアにペンとインクももらってきたし、これで作業できる)

 部屋に大量の紙はあったものの、ペンやインクは長年使用していないせいか変色が激しく使えなかった。