そんな日々が続いた日にある事件が起こった。
 弟のティラルが学院から戻る馬車の事故で亡くなったのだ。
 前日の雨での道路でスリップした馬車は不運にも崖にそのまま舵が効かなくなって転落した。

 その日を境にエリーヌの母親は部屋に閉じこもってしまい、家の中は父親の勢力に塗り替えられていった。
 さらにここから父親の野望は加速し、なんとエリーヌの『歌』を使って、彼女を王族に嫁がせようと画策した。
 彼の思いは見事に通じてエリーヌは社交界での舞台でゼシフィードに見初められて婚約者となる。


 過去を思い出してそっとエリーヌは涙を流した。

「そんなに嬉しいか? 私のもとに戻ってくるのが」
「いいえ、思い出していたのです。あなたと出会ったときのこと、それから、自分の家族のことを」
「家族……?」
「ええ、それに歌のことも。私は歌がただ好きだったのに、いつの間にか本当の『歌』を歌えていなかったなと」

 ゼシフィードはエリーヌの真意が読み取れずに怪訝そうな顔をする。
 なぜ彼女は目の前で頬を濡らしているのか。
 それに、なぜ……。

「お前が歌に興味がない……だと?」