彼女は少し思案した後に彼の手を取って一歩踏み出す。

 元婚約者なだけあり動きの勝手は知っているが、それでも今まで目を引いていたような一体感のあるダンスではない。
 わずかにずれたリズムと足並み──
 ゼシフィードは手をぎゅっと握り締めて彼女の瞳を見つめようとしている。

 ゆっくりとしたワルツのテンポよりも少しだけ早いゼシフィードの足取りは、エリーヌに近寄っては離されてを繰り返す。
 彼女の瞳は彼を映さずに遠くの月を眺めていた。

 自分を映すことがない彼女にいら立ちを募らせた彼は、強引に彼女を抱き寄せるとそのまま唇を重ねた。

「──っ!!」

 すぐさま離されたその唇と、そして彼女は『彼の意図』に気づいて思わず吐き出そうとするがすでに喉を通ってしまっていた。
 彼女の唯一の失態は、彼への想いが消えたからこそ、彼から目を離してしまったこと。

「なに……を……」
「ふふ、ゆっくりお休み、私の腕の中で……」

 エリーヌの視界が段々と揺らぎ、彼が抱き留める腕を払いのける力もなくなってしまっていた。

(毒……? いえ、これは……いしきが……)