(もっと、もっと素敵に歌いたい……)

 そう彼女が思った瞬間、エリーヌの視線に黒い影が映る。
 誰かが来たのだ、と思って顔をあげた時に、すでに彼女の”それ”は奪われていた──


「ん……」

 エリーヌはいつの間にか気を失っており、その場に倒れていた。
 ひどい頭痛がして、喉がなぜか焼けるように痛い。

 すると、バルコニーのほうからざわざわと声がするのが聞こえる。
 耳を澄ませると、第一王子であるゼシフィードの声がした。

「エリーヌはどこに行ったんだ?!」

 どうやら気を失ったまま休憩時間を過ぎていたようで、エリーヌは慌ててドレスの裾を持って舞台のほうへと走って戻った。

「はぁ……はぁ……」

 身体が熱く、ひどい風邪を引いたような重だるさがエリーヌを襲う。
 眩暈や頭痛も辛かったが、大事な舞台に穴をあけてはならないと彼女はひた走った──

「申し訳ございませんっ! 準備に時間がかかってしまいまして……」

 ダンスホールの入り口に姿を現した彼女に、皆の視線が刺さる。