「兄さん、いらっしゃい」
「ああ、お邪魔します」

 なんともぎこちなく交わされた挨拶は静かな時間をもたらし、二人は以前のようにソファの定位置へと腰かける。
 本棚側のソファにはアンリが右端側よりに座り、大きな時計側のソファにはルイスがこれまた右側よりに座った。
 少しだけずれたその位置が、彼ら兄弟の定位置──

「もう来てくれないかと思いました」
「いや、その、エリーヌに促されて……」

 やっぱり彼女が気を回してくれたのだと気づき、ルイスはわずかに微笑む。
 テーブルにあった冷水をグラスに注ぐと、兄の右手の前に置いた。

「ごめんね、お水しかないけど」
「大丈夫だよ。水は好きだ」
「昔、山に湧き水を汲みに行きましたね」
「ああ、勝手に家を出て怒られたな」

 意図的に”誰に”と言わないアンリに、彼は少し苛立ちを覚えた。

「僕はもう父上の死も、母上の死も受け入れています」
「──っ! ああ、そうだな」

 図星を突かれたように目を逸らした兄に向かって、ルイスは立ち上がって訴える。

「僕は子供じゃないんです!! 兄さんに、兄さんに守られなくても生きていけます!」
「ルイス……!」