序章
なかなか寝付けない中学3年の今村貴音は、1年前に亡くなったおじいちゃんの書斎のドアを押し開いた。
1年もの間、この部屋は主人を失い時間が止まっている。おじいちゃんっ子だった貴音が、この部屋を遺して欲しいと両親にお願いしてから誰もこの部屋に入っていない。
ウィンドウベンチ上の窓から月明かりが部屋へと差し込んでいる。部屋に舞うほこりは、入り込んできた風と戯れるように勢いよく巻き上がるとそこらを浮遊し始めた。
窓辺に置かれた天体望遠鏡。その近くの本棚には、物理学者だったおじいちゃんが研究のために書き溜めたノートが所狭しと並べられていた。おじいちゃんの愛した書籍や実験器具もそのまま残されている。それらの遺された物を見ると、貴音は、おじいちゃんが今も傍に居るような錯覚を覚えた。
貴音は恐る恐る部屋に足を踏み入れ、天体望遠鏡に近づくと、そっと手を伸ばして触れた。触れると、ひんやりとした冷たさが貴音の全身をキュッと引き締めた。その冷たさと同時に、もっと幼かった頃の記憶が蘇ってくる。
貴音が7歳ぐらいの頃、この書斎でおじいちゃんは、夜空に輝く星たちの話や月に還って行ったお姫様、「かぐや姫物語」の話などをウィンドウベンチに腰掛けながら話してくれた。そのときのおじいちゃんの温かな手と、夜空に広がる星々の輝きが今でも覚えている。
貴音が小学校を卒業する頃までは、毎晩のように貴音はおじいちゃんのいるこの書斎に来ていた。その時おじいちゃんが話してくれる宇宙の話や自然界の解明されていない謎について議論を交わすことが、貴音にとって、何よりも楽しい時間だった。
しかし、貴音が中学に上がるとすぐに、おじいちゃんは体を壊し入院生活が続いた。おじいちゃんが最期にこの部屋に入ったのは、亡くなる1週間前だった。おじいちゃんは最後の研究だと言って、4日間も部屋から出てこなかった。
貴音は、窓辺に腰掛けた。お尻から伝わるひんやりとした空気は、窓の外が2月であることを知らしめた。時が止まっていた部屋は、少しずつ貴音の体温を受け入れ、主人を見つけた忠実な犬のように、その懐かしい匂いや空気を貴音の体に擦り寄せてくる。
貴音は、三日月の滑る夜空を見上げ、一つ深呼吸をした。すると、手に何かが触れた。見てみると、そこには鍵の掛かった木箱があった。「何だろう? 」と、手に取るとそれは軽かった。おそらくノート1冊分ぐらいの重さだ。貴音は、鍵穴の形に見覚えがあった。おじいちゃんが貴音にだけ特別に教えてあげると幼い頃に教えてくれた真鍮の鍵。その当時は、その鍵で何を開けるのかをおじいちゃんは教えてはくれなかった。「いつかその時が来たら、貴音にこの鍵を渡そう。それまでは、ここに隠しておくよ」と、おじいちゃんは机の広い引き出し箱裏に鍵を貼り付けた。
貴音は、今でもその鍵があるのか疑心しながら引き出し裏に手を伸ばした。すると、そこに真鍮の鍵はあった。少し錆びてはいるが、間違いなくあの時おじいちゃんが貴音に見せた鍵だった。
貴音は、その鍵で木箱を開けた。そこには、表紙に「貴音へ」と書かれたノートが入っていた。
なかなか寝付けない中学3年の今村貴音は、1年前に亡くなったおじいちゃんの書斎のドアを押し開いた。
1年もの間、この部屋は主人を失い時間が止まっている。おじいちゃんっ子だった貴音が、この部屋を遺して欲しいと両親にお願いしてから誰もこの部屋に入っていない。
ウィンドウベンチ上の窓から月明かりが部屋へと差し込んでいる。部屋に舞うほこりは、入り込んできた風と戯れるように勢いよく巻き上がるとそこらを浮遊し始めた。
窓辺に置かれた天体望遠鏡。その近くの本棚には、物理学者だったおじいちゃんが研究のために書き溜めたノートが所狭しと並べられていた。おじいちゃんの愛した書籍や実験器具もそのまま残されている。それらの遺された物を見ると、貴音は、おじいちゃんが今も傍に居るような錯覚を覚えた。
貴音は恐る恐る部屋に足を踏み入れ、天体望遠鏡に近づくと、そっと手を伸ばして触れた。触れると、ひんやりとした冷たさが貴音の全身をキュッと引き締めた。その冷たさと同時に、もっと幼かった頃の記憶が蘇ってくる。
貴音が7歳ぐらいの頃、この書斎でおじいちゃんは、夜空に輝く星たちの話や月に還って行ったお姫様、「かぐや姫物語」の話などをウィンドウベンチに腰掛けながら話してくれた。そのときのおじいちゃんの温かな手と、夜空に広がる星々の輝きが今でも覚えている。
貴音が小学校を卒業する頃までは、毎晩のように貴音はおじいちゃんのいるこの書斎に来ていた。その時おじいちゃんが話してくれる宇宙の話や自然界の解明されていない謎について議論を交わすことが、貴音にとって、何よりも楽しい時間だった。
しかし、貴音が中学に上がるとすぐに、おじいちゃんは体を壊し入院生活が続いた。おじいちゃんが最期にこの部屋に入ったのは、亡くなる1週間前だった。おじいちゃんは最後の研究だと言って、4日間も部屋から出てこなかった。
貴音は、窓辺に腰掛けた。お尻から伝わるひんやりとした空気は、窓の外が2月であることを知らしめた。時が止まっていた部屋は、少しずつ貴音の体温を受け入れ、主人を見つけた忠実な犬のように、その懐かしい匂いや空気を貴音の体に擦り寄せてくる。
貴音は、三日月の滑る夜空を見上げ、一つ深呼吸をした。すると、手に何かが触れた。見てみると、そこには鍵の掛かった木箱があった。「何だろう? 」と、手に取るとそれは軽かった。おそらくノート1冊分ぐらいの重さだ。貴音は、鍵穴の形に見覚えがあった。おじいちゃんが貴音にだけ特別に教えてあげると幼い頃に教えてくれた真鍮の鍵。その当時は、その鍵で何を開けるのかをおじいちゃんは教えてはくれなかった。「いつかその時が来たら、貴音にこの鍵を渡そう。それまでは、ここに隠しておくよ」と、おじいちゃんは机の広い引き出し箱裏に鍵を貼り付けた。
貴音は、今でもその鍵があるのか疑心しながら引き出し裏に手を伸ばした。すると、そこに真鍮の鍵はあった。少し錆びてはいるが、間違いなくあの時おじいちゃんが貴音に見せた鍵だった。
貴音は、その鍵で木箱を開けた。そこには、表紙に「貴音へ」と書かれたノートが入っていた。