この年の冬は例年よりも気温が低く、三上景が住む街にも白い雪が降りしきっていた。
まだ高校生である景は実家の自室のベッドに仰向け寝転がっていた。しかもその顔は泣き腫らしてパンパンになっていた。

(いい加減泣き止まなきゃなのに。思い出すとすぐこれだ)

じわじわと両目に溜まってきた涙を服の袖で拭う。
深くため息を吐きながらうつ伏せになり、枕に顔を埋めて涙を染み込ませる。
彼の身に起きた出来事があまりにも悲劇過ぎてすぐには立ち直れるわけがなかった。それは、景だけではなく彼の周りの人間にも暗く影を落としていた。
そんな時だった。
突然、バンバンっと何がガラスを叩く様な音が部屋に響き渡った。

(え?何?こわ…)

その音を聞いた景は慌てて起き上がり周りを見渡す。静かだった筈の部屋に響く音の元を探る為に耳を立てる。
すると、部屋には景しかいないというのにどこからか女の子の声が聞こえてきた。

「ねぇ!ちょっと!誰かいない?ねぇ!!誰か!!」
(え…?その声って…)

ガラスを叩く音と共に聞こえてきたのは聞き慣れた幼馴染の声。川人千紗の声だった。
景はその声が聞こえた来た方にゆっくりと近付く。
音と声の音源であろう場所に姿見がある。景はその姿見を見た途端驚愕する。

「っ?!!ち…さ…?千紗なのか?」
「もう〜…ココどこなのよ…って…景?!!景なの?!!」

声の主にも驚いたが、一番景を驚かせたのは彼女が今置かれている状況だった。

「おま…なんで…!!」
「景!!助けて!!私いつの間にか此処にいて…!!!」
「なんで姿見の中にいるんだ?!!はぁ?!何?何かのどっきり?!」
「え?姿見の中…?このバリアみたいなのってまさか鏡ってこと…?」

今の千紗の姿を見て驚きつつも、さっきまでの悲しみは吹き飛んでいた。もう一度彼女に会えたら嬉しさの方が勝る。

(本当に千紗なんだよな。夢なんかじゃない、普通じゃないけどもう一度千紗に会えた…!!)

感情に浸る景を他所に、千紗は自分が置かれている状況に困惑していた。

「でもどうしてそんなところにいるのかな?こんな非日常的なこと有り?どうしよう…何も覚えてない。ねぇ?景?何か知らない?」
「えっ」

姿見越しの千紗の質問に景は押し黙ってしまう。
彼女が姿見の中に閉じ込められる前の事は今の景には言えなかった。もし真実を話してしまったら彼女はどうなってしまうのかと思うと怖くて言えなかった。
もしかしたら、千紗が姿見の中に閉じ込められているのもその真実が関係しているのではないかと考えてしまう。だから余計に言えなかった。

「ごめん。今日、俺、風邪で寝込んでたから学校行ってない」
「そっか〜じゃあ仕方ないね。これじゃ家にも帰れないし…ここから出る方法も分かんないし…というか家の場所も丸っきし忘れちゃってる…なんで…?」
(え、それってかなりやばいんじゃ…)

景はこれ以上記憶が欠落している千紗を困らせる訳にはいかないと咄嗟にある提案をする。
あまりにも勝手でスリルな提案だったが今の2人にはその選択肢しか残されていなかった。

「あ、あのさ、そこから出られるまで家にいなよ…って何も覚えてねーし出れねーからそうするしかないよな」
「うぅ〜そうだよねぇ〜…ごめん…しばらくお世話になりますぅ…」
「おばさん達には何か言い訳しとくし、俺の家族にはバレないように頑張るから」

幼馴染2人だけの特別な不思議な秘密。
さっきまで感じていた悲しみはもう無い。だって、景の目の前には大好きな人がいるのだから。
これが、現実の世界で生きる景と鏡の中でしか生きられなくなってしまった千紗との生活の始まりだった。