薄暗い森の中、起き抜けに出会ったのは半透明の女性。
眠気眼には十分な衝撃だった。
土下座する森の木漏れ日の面々。
少し対応に困る神秘的な幽霊のような人。
何も知らずに起きたトモはその混沌とした状況を更に悪化させ、奇声をあげながら一行にならい土下座するのだった。

「えっと……あの、頭をあげてください」

「いや、ほんと勘弁してください! 幽霊とか流石に専門外なんで!」

「え……いや、その幽霊じゃないです、よ?」

「いーえ! 幽霊はみんなそういうんです! ちょっとでも油断するといきなり顔が怖くなったりするんだ!」

「え、えー……」

やっと言語の最適化が終わり流暢に慌てふためくトモ。
何を言っても話が前に進まないことに困惑しているドライアド。
混沌が更に深みを増す中、突如別の男性的な声が聞こえた。
その声色はあきれ果てている。

「マイスター。 いい加減人の話を聞いてください。相手も困っているでしょうに」

「ふぇ? ずびっ! でもだって幽霊だよ? うらめしやー!だよ?」

「はぁそんな非科学的な……」

科学とは違う技術で作られた魔導生物がさらに飽きれた声色で言い放つ。
それに対し、ドライアドは言わなくてもいいことを口走ってしまう。

「いえゴーストなんかはいますよ?」

「やっぱりいるんじゃん! もうやだ! こんなとこ居たくない!」

「いや、あなたも余計なことを言わないでください!」

散々喚き散らしたことでトモがやっと落ち着いたところで、ようやく話の本題に入ることができた。
トモと森の木漏れ日の面々は神妙な面持ちで正座している。
内心トモはこちらの世界も正座するんだな、などと考えていた。

「えぇと、わたくしはこの森の管理者のドライアドです。 まずは森をお救いいただいたことにお礼をしたく参上いたしました」

「お礼? あの熊みたいの?」

「正確にはあの熊に憑いた物をですね。 あれは宿主を変えながら、この森を荒らしまわっておりました。恥ずかしながら、私の力ではどうすることもできず困っていたのです」

その言葉にジェイルが反応する。

「ドライアド様でも、ですか? われわれはトレント達より災いがたくさん降ってきたと聞いておりますが、それはまことですか?」

「はい。 幸いこの森にはあれとそこにいるトモ様だけですが、おそらく世界中にあの災いは撒かれたと思います」

そのドライアドの言葉に森の木漏れ日の面々は苦い顔を浮かべる。
あんな化け物が広がったら、人類など人たまりもない。下手をすれば、ほかの上位種族すら対応しきれるかも怪しいものだ。
苦境を予見し、自分たちにできることを模索するが良案が浮かばなかったようだ。
そんな中、背にじっとりと嫌な汗が伝うのをトモは感じていた。

(これさぁ……。絶対私無関係な話じゃないよね? だって一緒に落ちてきたんでしょ?)

(珍しく冴えてますねマイスター。 92.7%の確率で何らかの関係があると思われます。 なお現在先ほどアメーバの解析が進んでおりますが、マイスターが戦った異世界の神と同様の魔力を検知しております)

(それ絶対私が原因だよね? 後始末しなきゃいけないってことだよね?)

(無視して帰還方法を探ることもできますが、転移した原因もわからない状況ではこのアメーバに帰還方法の手がかりがある可能性が一番高そうですよ?)

(う……、また戦いの日々かぁ)

もしかしたら、これは頑張って戦ったご褒美として起きた神様から休んでいいよというプレゼントかもしれないなどと、甘い考えが片隅にあったトモだが一気に現実に引き戻されたような感じだ。

「ねぇ、ドライアドさんその災厄ってどこにあるかわかる?」

ドライアドはトモの問いに、頭を横に振りながら答える。

「申し訳ありません。あいにく私の管理区域外ではわかりかねます。 お力になれず申し訳ありません。 ところで、やはりトモ様はこの事態を収束させるために神々から遣わされた勇者様なのですか?」

「勇者? いやそんな……。えーと。 ただちょっと……ほっとけないしみてまわろーかなぁ……って」

(私の持ち込み企画だなんて言えない! バレたら絶対面倒なことになる!)

どうやらドライアドは何か勘違いしてしているようだった。
自分もただ巻き込まれているだけなのだ、勇者なんていう壮大な使命を持つ者じゃない。
と思いながらトモは、額に汗をかきながらうまく話を纏められないか考えていた。
だがその時、マリーが助け舟を出してくれた。

「ドライアド様、トモは記憶がはっきりしないということなのです。 もしかしたら、使命についても……」

「そうなんですか? そうなるとすぐに、いろいろとお話するのは酷な話ですね」

(マリーさんナイス! これ以上追及されると苦しかった!)

「それではトモ様こちらをお持ちください」

そういうとドライアドは頭から生えていた枝を折り、トモに渡す。

「この枝を見せれば、それぞれの土地を管理する精霊の協力を得られるでしょう。 大したことはできませんがどうかお持ちください」

「え、はぁありがとうございます」

中ほどから折れた枝はなんとも痛々しい。
なんの躊躇もなくばきりと折る姿にトモはあっけにとられてしまった。
痛くないのだろうか? とぼんやりと疑問に思った。
そして、自分の役目は終わったとばかりに話を切り上げるドライアド、

「それではみなさんもお疲れのご様子ですし、わたくしの力で森の外までお送りしましょう。 明日の朝には北の人間の街の近くに運びます。 それまでごゆっくりお休みください」

そういうとドライアドはなにやら呪文を唱え始めた。
それは木々のさざめきとも、虫の鳴き声のようにも、フクロウの鳴き声のようにも聞こえた。
そうしてトモ達は心地よさを感じると深い眠りに誘われるのだった。