戦いの痕で切り開かれた森はマリーが放った照明魔法を消しても、月明りが差し込み足元ぐらいまでは見えるようになっていた。
 化け物の襲来の後の疲弊した身体で森歩きは危険だということで、一行は焚火を炊いて休むことにした。
 赤々と揺らめく焚火の火を見つめていると眠気を催すものだが、死にかけたという事実が心音を速めトモ以外の4人は眼を閉じることができなかった。

「マリーは見てたんだろ? その嬢ちゃんが、あのバケモンを退治するところ」

 大口を開けて眠りこけているトモに目線をやりつつ、ジェイルは自分たちの身に起きたことを確認する。
 化け物の範囲攻撃で自分たちが壊滅したことは覚えている。そして結果だけを見ると化け物は倒されこの豪快にいびきをかいた少女が自分たちを救ってくれた。それだけはわかった。

 だが年端もいかない少女に助けられるなどにわかには信じがたいことだった
 自分たちが手も足も出ない化け物相手に、だ。
 彼らは街でもそれなりに有名な冒険者だ。金等級冒険者チームーー森の木漏れ日。それが彼らの肩書だった。冒険者としての等級も金等級は中堅の上位には位置している。
 それ以上は人外の域だ。英雄たちの領域となる。
 少しはプライドもあった。だがそんなことをちっぽけな自尊心を抜きにしても、怪しいが無害そうなこの少女に助けられた事実を否定したくなるのだった。

「すごかったよ。 魔力が圧縮された服に着替えて、髪の色なんかも変わってた。 大きな剣であいつの触手粉々にしててね。 吟遊詩人が語る英雄たちみたいだった。 こんなぽやぽやしてるのにね」

 トモの寝顔をつんつんとつつきながら、マリーは語る。
 そのだらしのない寝顔にマリー以外の三人は大きくため息をつくのだった。

「しかしマリーよ。 この後はどうするんじゃ? やはりその娘を街に連れていくのか?」

 ゲラルトはそれほどの力のある者を街に入れてもいいのかと心配していた。
 悪意がないとは思うが万が一それが嘘だった場合大変なことになるのは火を見るより明らかだった。
 そもそもそれでなくても厄介ごとなのは目に見えている。
 置いていく選択は十二分に考慮するべきだった。

「でも、放っておくわけにもいかんだろう。 トレント達はどちらの問題も森から連れ出してほしいという話だった。 おそらく片方の問題は先ほどの熊で間違いあるまい? なら、この娘を放置して森を拠点にされたら森に更なる災厄を呼び込んだと逆恨みされないか?」

 普段無口なキリアンも今回は意見を言った

「確かにすごい力を持ってるけど、私たちを守ってくれたなら大丈夫だと思う。直感だけど。そもそも私たちに選択権なんてないんじゃないかしら、彼女がその気になれば多分私たち一瞬で森の養分になるわよ?」

 真剣な表情を浮かべたマリーに一同は黙ってしまった。
 実際のところあの化け物を軽々倒すような相手に何ができるはずもないのだ。
 ここは、ゆっくり休む方がいいだろう。各々そう判断し眠りに付こうかといったところだった。

「あら……、ごめんなさい。 もう眠ってしまったかしら?」

 突然強い気配と共に上品そうな女性の声が聞こえた。
 その声に対して咄嗟に森の木漏れ日の面々は傍らの武器を取ったのだった。

「そんな怯えなくてもよろしいですよ。 そちらの方とお話をさせていただきたいだけですので」

 武器を構える面々に臆することなくその声は続けた。
 どうやら敵対の意思はないようだ。
 どこからともなく聞こえる声に警戒していると、緑色の光が彼らのいる地点から数歩先に集まりだす。
 それは徐々に輪郭を形作り、一際強く瞬くと一人の女性が現れた。
 緑の髪に全身から淡い緑色の光が漏れている。白い肌は透明で、森の先が透けて見えていた。

「ドライアド様! まさかお姿を拝見できるとは! これは失礼いたしました。どうかご勘弁ください!」

 マリーは相手の正体に気付き武器を向けた非礼をすかさずに謝罪する。
 ドライアド――森の管理者にして最上位者、森を拠点にした活動をしている森の木漏れ日一行でも出会うのは初めての超常の存在だった。
 マリーの行動にほかの三人も慌てて武器をしまい平伏する。

「あらあら、ごめんなさい。 そんな怖がらなくていいわ。 ほんとにお話があるだけだから」

 四人が頭を下げる姿にドライアドは対応に窮してしまった。
 ドライアド自身それほど畏まられることに慣れてはいないらしくどう対応するのが正解かわからずにいた。
 そんな最中、トモが起きだし、

「え? なにこれ? って、幽霊? ひ、ひぇぇぇ! ごめんなさい! ごめんなさい! お願い成仏してください。 なんでもしますから!」

 騒がしく叫び声をあげるのだった。