巻き上げられた湖畔の水は、魔力によって発生した熱量によって厚い水蒸気の霧を作り異様な光景を作り出していた。
爆音と突風により、街側にいた人々は皆屈みこみ湿り気のある空気に身を震わせるのだった。
その混乱した状況に現れたのは聖女フアナであった。

「みなさま! これより騎士団の拠点は戦場となります! なるべく遠くに離れてください! 早く!」

彼女は更に現場を混乱させるべく、少ない情報だけを伝える。
目の前で爆発が起きたばかりの民衆たちは、我さきにとその場を逃げ出していく。道は人の流れで波濤が起き、混乱と恐慌は更に大きくなっていった。
その人の波を逆らうように現れた騎士団の増援は、立往生どころか押し戻され今しばらくは状況の確認すらおぼつかないだろう。
聖女は悲痛な面持ちでその状況を見守る。
おそらくこの中には押しつぶされ命を落とすものもいるだろう。
だが彼女はこの犠牲を許容した。
手駒の少なさを無辜の民で贖うという足止め作戦。
この悪辣な手段を考えたエルフの冒険者には、不快感を覚えたが彼女は最後にはこれぐらいしかできないと突き付けられたのだ。
己の不甲斐なさに歯噛みしながら、この阿鼻叫喚の地獄に救いを求めただ神へと祈るのだった。


リリアナたちは、城外の轟音を尻目に裏門から城内に紛れ込んでいた。
城内は慌ただしいが、物陰から人の流れを見ていると、前面で大暴れしているトモの元へ向かう者の他に地下へ向かう者が数人いることがわかる。

正面からの攻撃に対しての動きにしては妙だ。
陽動を警戒して彼女たちが入ってきた船で入れる裏門へ向かうか、指揮官がいる上階に向かうなら解るが、わざわざ行き止まりの地下へと向かうのは考えにくい。
事前に確認した地図には倉庫しかなかったはずなのだ。

「地下に何があるんすかね? 行ってみます? 逃げ道ないからあんま行きたくないっすけど」

アリシアは地図を見ながらしっぽをふりふりと振り、リーダーとなるリリアナの判断を伺う。
リリアナはそれに「いくしかないでしょ?」と返し、にんまりと笑う。
その表情にアリシアとティルは嫌な顔をしながら、地下へと向かうのだった。


古城の上空から突如飛来した光で城門周辺にいた騎士たちは文字通り消滅した。
城門は半分以上消えさり、残った門柱は半ばから衝撃で折れていた。
その死の光を直視したものは、ただ神の救いを求め跪き祈りを捧げる。
内門にいた騎士たちは、完全に心が折れていた。
今の今迄、影も形もないのところから、いきなりの破滅の光は鍛え上げられた騎士の心をもってしても恐怖に抗えるものではなかった。
もう一撃、それが少し門の内側に放たれるだけで自分の命など、生きた証ごと消え去る。その事実に、みなただただ恐怖していた。

しかし、その最悪の二射目は一向にこない。
かわりに現れたのは、半魔族と侮蔑の対象となる獣人と同じ尻尾を持つ少女だった。
片角と蝙蝠の羽根は歪さを際立たせ、今は恐怖の対象でしかなかった。

「あれはなんだ?」騎士たちはいろいろな種族の要素を持つ少女の、この状況で現れる異質さを理解できずにいる。
少女は大剣を振り上げると大地に叩きつけた。
その一撃は、「私はお前たちの敵だ!」と言外に主張する。
割れた大地はその威力の凄まじさを物語る。

その堂々とした侵入者に最初に切りかかったのは場内から出てきた応援だった。
城外の惨状を見て、彼らは怒りに燃える。
だが、向かっていった5名ほどの集団は少女の放った一凪で胴を真っ二つにされる。
ただの暴力、それだけで鍛えた騎士が切り払われる事態に応援に出てきた騎士たちも二の足を踏んだ。

これは我らとは根本的に違う。
本能で理解してしまった。

「神技《スキル》を使う! 全員一斉に行くぞ! 請願! 絶対切断!」

リーダーらしき騎士を中心に先日少女が手傷を負わされた神技と呼ばれるこの世界特有の力を発動する。
しかし、その瞬間騎士たちの視界は地面へと急速に《《墜ちて》》いく。

受けられぬ攻撃なら、出される前に切り落とす。
シンプルで簡単なことだ。
少女はそれをやってのけた。
人を殺す。その覚悟だけが足りなかったのだった。

「はぁ……。 勝てないと悟ったなら逃げればいいのに……。私だって人殺しはできればしたくない」

この場における絶対的強者の傲慢。
その言葉が許されるとこの場に生けるものすべてが理解した。
巻き上げられた水蒸気は、やがて雨粒となっていた。
流れた血は水で薄まり、洗い流されていく。
雨粒で濡れた少女の赤い髪は流れた血と同じ色だった。