クーリガーの警告にトモは咄嗟に身を引いていた。
 傷口は浅くはないが、致命傷には至らなかったらしい。
 咄嗟にクーリガーは眩い光を放ち周辺を昼間の様に照らしだした。
 閃光弾(フラッシュバン)の要領だ。
 トモはずきずきと痛む身体を押して子供を抱きかかえると、壁をまた駆け上がった。

 移動した道筋は点々と血の跡が続いている。
 それを追われると厄介だが、今はそれにかまう余裕もない。
 腕の中の子供は、必死に藻掻いている。
 突然の事態に気が動転しているようだ。
 かわいそうだが仕方ない。トモは暴れようとする子供を気絶させ移動を急ぐのだった。

 血が止まらない。
 自動修復は掛かっているが、何かに阻まれるように傷口が閉まる事がないのだ。
 先ほどの一撃にトモは思いを巡らせる。

(絶対切断とかいってたよね? スキル? なにそれ?)

 その思案に怒号と矢が頬を掠めることで割り込んでくる。
 周りの住民の存在などお構いなしだ。
 射かけられた矢にはなにか魔法が掛かっているのか、外れた矢がUターンして返ってくる。

「ちぃ! 面倒ね!」

 しかめ面をして、トモは大剣を取り出し矢を受ける。
 矢弾を大剣の腹で受けると爆散した。
 その衝撃で傷口が響くように痛むが、奥歯を噛み締めトモは突き進んだ。

 幸い騎士たちは、建物を飛ぶように移動することはできないようだ。
 入り組んだ街並みをいちいち縫うように移動している。
 気付けばトモは騎士たちを撒くことに成功していた。

 東奔西走、下層街を西へ東へ連れ回したことで騎士たちもまばらになっている。
 教会に戻ろう。今なら、見つかる可能性も低い。
 そう考えるとトモは一直線に教会に足を向けるのだった。

 トモが広場に高所から飛び降りると、地べたに寝そべる浮浪者たちが起きだしてくる。
 しかしトモの身体から血が流れていることに気付くと、一斉に物陰に隠れだした。
 厄介ごとのにおいを感じ取ったのだろう。今は絡まれるよりは、幾分いい。
 トモは彼らを無視して教会へと走り出すのだった。

 トモが教会の扉をがんがん叩くと、陰気な老シスターがすぐに部屋の中に招き入れる。
 相変わらず無表情で何を考えているかはわからない。
 しかし協力的なことには変わりなく、奥から包帯や薬品を持ってきてくれた。
 トモは脇に子供を寝かせ、傷跡に薬品を塗布すると激痛が走る。
 先ほどの傷跡はその薬品の効果で塞がり始めた。いつもの事故治癒に比べ遅いが治り始めたことに安堵した。
 その瞬間、トモは緊張の糸が切れたのかその瞬間気を失った。

 トモが気を失うとリリアナが部屋に入ってきた。
 その表情は不安に染まっている。
 トモの肩口から血がにじみ出ていることに気付くと、不安はより鮮明に恐怖へと変わった。
 リリアナは取り乱しそうになる心を抑え、トモに駆け寄る。
 手を触れようとすると、クーリガーが口を開いた。

「マイスターをベッドに運んでください。 怪我が修復に時間を用します。 あと説明は私が」

 そういうと、クーリガーはトモの身体から離れ宙に浮いて待機する。
 どうやら、トモは無事なようだ。回復を待てばよくなるという見立てのようだ。
 リリアナは老シスターを呼びトモを運ぶように依頼した。
 老シスターはその枯れ枝のような腕でトモを軽々と運ぶ。
 リリアナはかなりの恩寵(ステータス)の高さだなと感心した。

「それで? その子供は?」

 リリアナは横で気絶している子供を一瞥しながら話を促す。
 その子供は金髪の8歳ぐらいの少年だった。種族は人間のようだ。
 トモが連れてくる理由が皆目見当がつかない。
 その疑問にクーリガーは端的に説明しだした。

「その少年を追う騎士団に出くわしました。 その少年はアメーバに寄生されているようです」

「え? それ大丈夫なの?」

 リリアナは少年に目を移し、不安を口にする。
 今までの寄生体は狂暴だった。
 リリアナは無意識に身構えるのを抑えられずにいた。
 その不安を察し、クーリガーは話を続ける。

「その少年は意思を残しているようです。 今までにない兆候です。 そして、マイスターは彼、というか化け物を保護しました。 その時騎士に切られたというわけです」

「化け物? それに切られたって……」

 相手はそんなに強かったのだろうか、トモが手傷を負うなど想像もつかないことだ。
 それに化け物を保護したと言っているが、目の前にいる子供はリリアナにはただの子供に見える。
 疑問が次々と浮かんでくるが、考えている暇はあまりないらしい。
 表がざわざわと騒がしくなるのをリリアナは感じたのだ。

「申し訳ありません。 撒いたつもりでしたが、嗅ぎつけられたようです」

 問題が次から次へと……。
 リリアナは頭を抱えながら、少年に変身魔法をかけるとトモの元へと向かい同様に変身魔法を掛けるのだった。
 老シスターはリリアナたちの話を聞いていたのだろう。表に出て騎士の相手をしてくれていた。
 けが人は来たが、別の者だと説明しているらしい。
 それで納得するはずもなく騎士たちはずかずかと教会の中に入ってくる。
 見た目の変わったトモと少年を確認すると、「ほかにもいるだろう?」と恫喝するようにリリアナに聞いてくる。

「騎士様、けが人はこの方たちだけでございます。 騎士様たちがお探しの者たちとは違うのでしょう? どうか休ませてあげてくださいませ」

 懇願するようにリリアナは騎士に伝えると、騎士はバツの悪そうな顔をするが取り繕うように、金髪の少女とそれより歳の低い少年の二人のけが人を見つけたらすぐに知らせるようにというと教会を出ていった。
 リリアナは一息をつくと、クーリガーのいる部屋に戻った。

「随分派手なことやらかしたみたいね。 で? 化け物ってどういうこと?」

「その少年は化け物に変異していました。 気絶させたことで変異が解けたようですね」

「肉体の変化が戻ったってこと? それは興味深いわね……。 でもそれより、トモの怪我の理由を知りたいわ。 まさか騎士にやられたっていうの?」

「その通りです。 騎士は攻撃の前に、スキルという単語を口にしていました。 なにか心当たりは?」

 その言葉にリリアナは自分の迂闊さを呪った。
 対人経験の少ないトモはこの世界の絶対のルールに対して無知なのだ。
 それを教えていなかったのはリリアナの責任である。

「恩寵(ステータス)の話は、簡単にしたわよね?」

「はい、常時掛かるバフのようなものを数値化して分かりやすくいると記憶しています」

「それの派生でね。 神技(スキル)ってのがあるの。それを会得したものは、世界の物理法則や魔法の干渉を無視した動きが可能になるわ」

「なぜいままでそれを隠されていたので?」

 その言葉は明らかに責めている声音だ。
 リリアナとしても隠す気はなかったのだが、今まで伝えていなかった非があり言い返すこともできなかった。
 絞り出すような声で「ごめんなさい。いう機会がなかったの」と謝ることしかできなかったのだった。

 絶対切断。 それは防御を無視した上位の神技だ。
 その効果は防御を無視した切断。
 対処法は避けるか、同格の神技で打ち消すほかないのだとリリアナは言った。

 現状素の魔力でごり押しているトモにとって相性は最悪だった。
 そう何人も使い手はいないと思うが、あの騎士がトップだとも思えない。
 戦い方を考えなければ手痛い反撃を受けることは必至だった。

「その神技というのは、マイスターは習得ができるものなのですか?」

 対応策についてクーリガーは確認する。

「無理ね。 トモはどの神からも祝福を受けていない。 万人の豊穣神たるケレス神ならば後天的に授けてくださる可能性はあるけど……。 戦いに向く神様ではないし、時間が足りない」

「つまり、現状の手札で戦う必要がある、と。 まぁなんとかしましょう」

 すごい自信だ。
 どうやらクーリガーはトモが負けることなど露ほども思っていないようだ。
 だがそれよりもリリアナは、クーリガーはトモが戦うことに疑問を持っていないことに驚いた。
 あれほど渋っていたのだ。トモがすぐに戦うと判断するとは思えない。

「ねぇクーリガー? トモは戦ってくれるかしら?」

 その言葉にクーリガーは、ただ一言。

「ええ」

 と力強く返したのだった。


 深夜、時計の針は日付を跨いでもう早朝に近い時間だった。
 騒がしい音と共に、トモがリリアナとクーリガーのいる部屋にノックもせず入ってきた。
 リリアナは眠っていたところを叩き起こされる感じだ。

「リリアナ、起きて! あの子は無事?」

 開口一番トモは少年の容態を伺う。
 トモは勢いに押されながら、隣の部屋で休んでいることを伝えるのだった。
 トモはそれを聞くとクーリガーをひったくり乱暴に持ち運ぶと隣の部屋入っていった。
 取り残されたリリアナは普段の覇気のないトモと比べ、明らかに違う姿に困惑しながら、「なんなのよ……」と呆けるのであった。

 リリアナがトモの姿を追うと、トモは少年を起こしていた。
 少年は明らかにおびえており、肌がみるみるさざめき立ち異形へと変容しようとする。
 それに対しトモは怯えなくていいと優しく抱きしめるのであった。
 その姿はさながら聖女様のようであり、神々しさすら感じさせた。
 トモは優しく少年に語りかける。

「君の身体にある悪い物を今から取り出すから少し我慢してね。 危ない物なのは君も解るよね?」

 その言葉に、少年は「うん」と頷くのを確認するとトモはリリアナに回復魔法の準備を依頼する。
 どうやらこの場で切り出すつもりのようだ。

 クーリガーは麻酔を用意し、少年に投与する。
 しばらくすると少年が眠りに落ちた。
 トモは指先に魔力を集中すると手早く胸に切り込みを入れて心臓からアメーバを切除したのだった。

 鮮やかな手並みであった。その後すぐに回復魔法をリリアナは掛け始める。
 トモも魔力を分け与え掩護した。
 少年はすぐに目を覚まし、肉体の変化が起こらないことを確認すると崩れ落ちるように泣き出すのだった。

 泣き止むと少年は笑顔で、トモたちにお礼を言う。

「おねちゃんたち助けてくれてありがとう!」

「どういたしまして、どう? 身体はおかしくない?」

 少年は身体を見まわすと、「うん。大丈夫そう」と笑顔で語った。
 トモは少年になんで追われていたのかを聞く。
 すると少年は顔がみるみる暗くなる。
 するとぽつぽつと話始めたのだった。

 少年の話によると元々、ただの下層民だったが騎士団に連れていかれたらこんな身体になっていたのだという。
 怖い実験をいっぱいされて嫌になって逃げだしたのだという。
 その言葉を聞いてリリアナは声を失う。
 人体実験。聖女様が言っていた民草の被害とはこのことか……。

 リリアナが何も言えずにいると、トモは少年をただ優しく抱きしめる。
 少年は気恥ずかしそうしているが、お構いなしに抱きしめていた。
 そしてトモはゆっくりと語りだす。

「怖ったね。 頑張ったね。 大丈夫、もう怖いことは起きないから――、」

 そういうとトモは少年を開放し立ち上がる。
 そして部屋から出ていく。

「あいつらつぶすから」

 ただその怒りの混じった言葉を部屋に残して。