日暮れの西日は地下の教会には入ってこないようだ。
魔法を光源にしていないと、手の届く範囲すら暗い。
少なくともまともに暮らすには、明かりが足りていないようだ。
トモは夢見た景色から遠ざかり、落胆の表情でぶーたれていた。
「女神の庭園だなんて聞いてたのに……。 真っ暗小汚くて暗いだけじゃん!」
「表向きはね。 汚いものは地下へ地下へってね。そうやって建て増ししてきたんだよこの国は、こういうのを何年も積み重ねてきて慣習にするのは人間の得意技だね」
リリアナは憐憫と自嘲が籠ったような、何とも言えない表情を浮かべ皮肉を言うのだった。
こんこんと、部屋のドアが叩かれる。
待ち人来る。という事なのだろう。リリアナは「はーい」と返事するとドアが開いた。
灰色のローブを着た14,5歳の少女が「失礼いたします」と礼儀正しく入ってきた。
服装自体は大変みすぼらしいのだが、手入れの行き届いた髪はローブの下からでも見てとれた。
その金色の髪はすこしウェーブがかっており、幼さが残る顔に大人びた印象を与えていた。
目の色は金色のラインのが入ったアッシュグレー。その怪しく光る瞳は、すべてを見透かすような不思議な光を湛えていた。
その顔をまじまじと見たリリアナは突然椅子を降り、片膝を立てる。
「まさか、聖女様が直々においでになるとは……。ご尊顔を拝謁出来て、恐悦至極でございます」
トモはその姿にぎょっとするのだった。
(リリアナってこういうことできたんだ……)
勢い任せでマイペースを崩さない人だと思っていたが、突然の畏まった対応に言葉を失う。
トモがこの世界で学んだことは、とりあえずそれっぽい場面ではリリアナにならえ、だ。
同じように椅子から降り、傅いてみる。
その慌てた様子に、聖女といわれた少女はくすくすと笑いだした。
顔をあげるように言われ三人は椅子についた。
リリアナは終始敬語で対応している。
トモもそれに倣おうとすると、無理しなくて結構ですとやんわりと断られた。
「お二人とも我が国の窮状にお越しくださりありがとうございます。 フアナと申します。 聖女といわれている者です」
苗字はないそうだ。
聖女とは神の眷属に当たるため俗世の、家名などしがらみは捨てるのだという。
思ったよりも若い見た目だが、襲名してからは2年ほどとトモは教えられた。
「それで? 早速ですが、騎士団は完全に暴走していると伺いましたが……間違いないですか?」
リリアナは状況の確認を始める。
その言葉にフアナは顔を曇らせると短く「そうです」と答えた。
「我々に取れる手段は多くはありません。一つ、早期の戦争による決着。 二つ、騎士団の中枢の暗殺、三つ、ここにいるトモによる単騎殲滅です。 現状、それぞれの問題は、戦争については足並みが揃うのは春先以降になり、手遅れになる可能性が高いのと、被害の規模は計り知れません。
暗殺に関しては、正直向いた人物がいないのと情報が足りない。 我々としても例のブツが闇に消えるのだけは避けたいのです。 おそらく解決する前に首謀者に逃げられる。 そうなるとおそらく一番荒唐無稽ですが、一番確実な方法が三番目のトモにすべてを任せることです」
取れる選択肢を提示され、フアナは思案顔を浮かべる。
そして、質問を投げかける。
「そちらのトモさんの戦闘能力というのはそれほどですか?」
「その点は保証いたします」
トモを蚊帳の外に話が進むのはいつものことだ。
しかし血なまぐさい仕事をやらされそうで、トモはいい加減に口をはさむ事にした。
「わたし全然聞いてないんだけど? 人と戦うなんていやだよ」
その言葉にリリアナは苦笑を浮かべる。
これほどか、比較的寄生した化け物に対しては容赦なく戦ってくれた印象だが、対人戦になると途端に渋る。
トモがリリアナに対して掴み所がないように感じているように、リリアナもトモを測りかねていたのだ。
トモがへそを曲げている姿に、フアナは縋るような眼を向けている。
罪悪感が湧いてくるが、殺すことに忌避感は強い。この手がいくら血に汚れていても慣れることはなかった。
乗り気になれる筈がないのだ。
「お願いできませんか? 戦争で民たちに被害が出るのは、避けたいのです。そして、早期の解決をしないと民の命がまた失われます」
「民の命? それは初耳なんだけど?」
その言葉にトモは引っかかった。
戦争で民に被害が出るのはわかるが、時間をかけると民の命が失われるということが理解できないのであった。
その理由についてフアナはすぐに説明してくれた。
「騎士団は民を使って、実験しているようです。 より効率的な運用のために、この下層の市民は2割ほど住人が減っているのです。このままでは被害が広がるばかり、ですが警察権は騎士団が抑えている為……」
何も手出しができないと、思った以上に状況はひっ迫している。
だが、それでもトモはこの世界に大剣を振り下ろす覚悟が持てなかった。
剣を抜くのは簡単だ。だがそれで、政治や世界情勢が変わるような事態になることまで責任が持てる気がしないのだ。
トモの決断は保留として、リリアナは騎士団上層部の暗殺をメインにプランを組み立てることで一度その場を解散することにした。
騎士団の中心人物は三人。
騎士団長のグレゴール。
参謀長のダリル。
都市機構防衛隊長サンエゴ。
この三人がおそらく現在の騎士団のトップだとフアナは説明する。
というのも完全に政府と情報の共有がなく、組織自体の規模すら明々として知れないという事であった。
そしてその説明にリリアナの眉間には深い深い皺が掘られることになったのだった。
魔法を光源にしていないと、手の届く範囲すら暗い。
少なくともまともに暮らすには、明かりが足りていないようだ。
トモは夢見た景色から遠ざかり、落胆の表情でぶーたれていた。
「女神の庭園だなんて聞いてたのに……。 真っ暗小汚くて暗いだけじゃん!」
「表向きはね。 汚いものは地下へ地下へってね。そうやって建て増ししてきたんだよこの国は、こういうのを何年も積み重ねてきて慣習にするのは人間の得意技だね」
リリアナは憐憫と自嘲が籠ったような、何とも言えない表情を浮かべ皮肉を言うのだった。
こんこんと、部屋のドアが叩かれる。
待ち人来る。という事なのだろう。リリアナは「はーい」と返事するとドアが開いた。
灰色のローブを着た14,5歳の少女が「失礼いたします」と礼儀正しく入ってきた。
服装自体は大変みすぼらしいのだが、手入れの行き届いた髪はローブの下からでも見てとれた。
その金色の髪はすこしウェーブがかっており、幼さが残る顔に大人びた印象を与えていた。
目の色は金色のラインのが入ったアッシュグレー。その怪しく光る瞳は、すべてを見透かすような不思議な光を湛えていた。
その顔をまじまじと見たリリアナは突然椅子を降り、片膝を立てる。
「まさか、聖女様が直々においでになるとは……。ご尊顔を拝謁出来て、恐悦至極でございます」
トモはその姿にぎょっとするのだった。
(リリアナってこういうことできたんだ……)
勢い任せでマイペースを崩さない人だと思っていたが、突然の畏まった対応に言葉を失う。
トモがこの世界で学んだことは、とりあえずそれっぽい場面ではリリアナにならえ、だ。
同じように椅子から降り、傅いてみる。
その慌てた様子に、聖女といわれた少女はくすくすと笑いだした。
顔をあげるように言われ三人は椅子についた。
リリアナは終始敬語で対応している。
トモもそれに倣おうとすると、無理しなくて結構ですとやんわりと断られた。
「お二人とも我が国の窮状にお越しくださりありがとうございます。 フアナと申します。 聖女といわれている者です」
苗字はないそうだ。
聖女とは神の眷属に当たるため俗世の、家名などしがらみは捨てるのだという。
思ったよりも若い見た目だが、襲名してからは2年ほどとトモは教えられた。
「それで? 早速ですが、騎士団は完全に暴走していると伺いましたが……間違いないですか?」
リリアナは状況の確認を始める。
その言葉にフアナは顔を曇らせると短く「そうです」と答えた。
「我々に取れる手段は多くはありません。一つ、早期の戦争による決着。 二つ、騎士団の中枢の暗殺、三つ、ここにいるトモによる単騎殲滅です。 現状、それぞれの問題は、戦争については足並みが揃うのは春先以降になり、手遅れになる可能性が高いのと、被害の規模は計り知れません。
暗殺に関しては、正直向いた人物がいないのと情報が足りない。 我々としても例のブツが闇に消えるのだけは避けたいのです。 おそらく解決する前に首謀者に逃げられる。 そうなるとおそらく一番荒唐無稽ですが、一番確実な方法が三番目のトモにすべてを任せることです」
取れる選択肢を提示され、フアナは思案顔を浮かべる。
そして、質問を投げかける。
「そちらのトモさんの戦闘能力というのはそれほどですか?」
「その点は保証いたします」
トモを蚊帳の外に話が進むのはいつものことだ。
しかし血なまぐさい仕事をやらされそうで、トモはいい加減に口をはさむ事にした。
「わたし全然聞いてないんだけど? 人と戦うなんていやだよ」
その言葉にリリアナは苦笑を浮かべる。
これほどか、比較的寄生した化け物に対しては容赦なく戦ってくれた印象だが、対人戦になると途端に渋る。
トモがリリアナに対して掴み所がないように感じているように、リリアナもトモを測りかねていたのだ。
トモがへそを曲げている姿に、フアナは縋るような眼を向けている。
罪悪感が湧いてくるが、殺すことに忌避感は強い。この手がいくら血に汚れていても慣れることはなかった。
乗り気になれる筈がないのだ。
「お願いできませんか? 戦争で民たちに被害が出るのは、避けたいのです。そして、早期の解決をしないと民の命がまた失われます」
「民の命? それは初耳なんだけど?」
その言葉にトモは引っかかった。
戦争で民に被害が出るのはわかるが、時間をかけると民の命が失われるということが理解できないのであった。
その理由についてフアナはすぐに説明してくれた。
「騎士団は民を使って、実験しているようです。 より効率的な運用のために、この下層の市民は2割ほど住人が減っているのです。このままでは被害が広がるばかり、ですが警察権は騎士団が抑えている為……」
何も手出しができないと、思った以上に状況はひっ迫している。
だが、それでもトモはこの世界に大剣を振り下ろす覚悟が持てなかった。
剣を抜くのは簡単だ。だがそれで、政治や世界情勢が変わるような事態になることまで責任が持てる気がしないのだ。
トモの決断は保留として、リリアナは騎士団上層部の暗殺をメインにプランを組み立てることで一度その場を解散することにした。
騎士団の中心人物は三人。
騎士団長のグレゴール。
参謀長のダリル。
都市機構防衛隊長サンエゴ。
この三人がおそらく現在の騎士団のトップだとフアナは説明する。
というのも完全に政府と情報の共有がなく、組織自体の規模すら明々として知れないという事であった。
そしてその説明にリリアナの眉間には深い深い皺が掘られることになったのだった。