農村を後にしてすぐに国境の関所があった。
 現在居るのはドマ共和国という小国だ。カーリシア王国の南にいくつかある小国の一つである。
 今までカーリシア王国を出て、南から回って三国を行き来したが、ある国には入らない様にしてきた。
 というのもその国、神聖皇国ウィスタリアは少々厄介な国だった。

 宗教国家という小国ながら権威だけは強いらしく、人類国家の強国でも強く出ることができず、またギルドも国家が運営に強く干渉されている為、ギルド査察官という肩書が役に立たないとのことだった。
 周辺国家を一周したので行ってみようなどという軽い気持ちでは立ち入ることができない面倒な国なのは間違いなかった。

「今回は随分急な話だったけど、何かあったの?」

 トモは行き先がウィスタリアと聞いて、ことの経緯を知っておきたかった。
 おそらく今までの話だと、当分は手を出せないような相手だったと記憶している。
 だが今回は三日前にドマの首都のギルドで何やら情報を得たリリアナに連れられた次第だ。
 ここまで行き先については伏せられており、何が起きているかもわからず向かっている。

「うーん。とりあえず入国してから話すよ。悪いけど、私がいいって言うまで黙っててもらえる? 間諜の眼が厳しくてさ、入国さえしちゃえばばれても武力で押し通れる、はず?」

(この人かなりおおざっぱだなぁ……)

 トモはリリアナのこれまでの行動を思い返してみたが、川の水を氾濫させたり、山に火をつけたりといった蛮行が目に余るのだった。
 範囲はちゃんと絞っているのだろうが、まともにこの世界で魔法が扱えないトモにとっては暴挙にしか見えないのだ。
 一応クーリガーに解析させているが、大気のマナ濃度の濃淡という乱数が計測しにくく既存のこの世界の魔術を小規模で使うことはできたのだが、根本的に才能によるところが大きいらしく戦略に組み込めるほどの上達はしていないのが現状だった。

「入国希望者か?」

 国境の関所というのはどこも暇そうだ。大体年寄りの門番がいるぐらいだが、ここの国境はそうでもないようだ。
 随分とぴりぴりとした雰囲気を纏っている。
 言われたとおりトモは黙ってたが、値踏みするような視線にだらだらと嫌な汗が伝うのだった。

「私はエルフの下賤な身ではございますが、博愛と豊穣の神ケレス様の信徒となるべく聖地への拝礼を希望しております。どうか、なにとぞこの呪わし身に贖いの機会をいただきたいのです。どうかお通し願いませんでしょうか?」

「ふむ。あの耳長の背教者共にも、殊勝なものがいるようだな。身分証を改めさせてもらおう。 してこの半魔族の娘は?」

「この獣人の娘は私が諸国をめぐっていた折に保護した娘にございます。 ケレス様のお心は博愛と存じます。それゆえ、生まれは邪悪だとも、幼子を庇護することにしたのです。 身分証は作ることができておりませんが、なにとぞこの娘にもケレス様の加護を与えるべく同道させてはいただけませんでしょうか?」

「ふむ……、まぁ小娘一人ぐらいならよかろう。 だが、入国税は倍払ってもらうぞ? 心付けも、な」

(うーわ。 公然と賄賂欲求しやがりましたよこいつ。 リリアナさんもすんなり払っちゃってるし)

 多めの心付けで気をよくした門番のおかげですんなりと入国できた。
 思ったよりもちょろいが、やはり少しほかの国とは毛色が違うことが分かった。
 賄賂がまかり通る国など碌な国ではない。
 もやもやとした気分のまま、国境を超えるとすぐに寒村にたどり着いた。
 麦畑が広がる隣国の国境と植生に変化はなさそうだが、あきらかに土地がやせていた。
 刈り入れ前の麦の畑は規模が小さく開墾された面積が明らかに狭い状況だった。

「あまりキョロキョロしない方がいいよ。 今日は村から出て妖精の小道で夜を明かそう」

「確かに、こんな貧しそうな村初めて。あまり長居したくないかも」

 今まで立ち寄った村々は統治が行き届いているのか、ここまで寒々しい雰囲気はなかった。
 巨大な街にはスラムはあるようだが、こういった辺境の村には珍しく浮浪者の姿も見える。
 壁一枚に隔たれただけでここまで変わるものかと、トモは背筋にうすら寒い物を感じていた。

 村を抜けて街道まで出てもあまり印象は変わらなかった。街道も人の行き来きは少ないのか、ところどころ雑草が生え、荒れている。

「野盗がでそう。気を付けたほうがいいかな?」

「それは心配しなくていいよ。 この国で夜盗をやるやついないから、そもそも村が追いはぎ村と化してるんだこの国は」

「はぁ? じゃあさっきの村も? なんで関所の兵士はなんも言わないの?」

「自国の恥を喧伝するわけにもいくまい? そもそも、この国に入るならカーリシア王国経由で入るか、エルガーディア帝国から入るのが作法なんだよ。聖地巡礼するならその二国間を結んだ道に点在する教会を行くのが習わしさ」

「へぇ。 じゃあそれ以外の国境から入る旅人は?」

「須らく訳ありってことだーね。 追いはぎ村で死のうが身ぐるみ剝がされようが知ったこっちゃない。
 万一無事に旅を続けても、監視がつくのは絶対だ」

「怖いね……。入国は簡単だったのに。」

「まぁ大事な村の収入源だからね。 監視を撒くために森に入ろう。 精霊と渡りはつけられるかい?
 ?」 

「大丈夫。 枝が反応してる」

 そういうとドライアドから貰った枝を取り出す。
 不思議な緑の光を纏っている。
 枝をかざすと、導くようにその緑の光は光線となり森の奥へ消えていった。

 しばらくすると、ドライアドが現れる。
 その姿は最初にであったドライアドと瓜二つであった。
 最初はぎょっとしたが、どの森で出会うドライアドも同じ顔のためそういうものだと慣れた。

「同胞の導きに来てみれば、シルフが噂していた救世主殿か、この辺りに来るのは何年先になるかと思っうておったが……。あの、恐ろしきもののことで来たのかのう?」

 今回のドライアドは老人口調のようだ。
 何度かやり取りしているが同じ顔が別の喋り方をするのはあまり慣れない。

「ごめんなさい。 正直私はよくわかってないんだけど、急いでいるから妖精の小道を開いていいかしら?」

「これはしたり、吾輩は構わぬが、どこへつなげるつもりじゃ?」

 その言葉にはリリアナが答える。

「首都バーリンゲンの近くまで、たしかこの森は国土の4割を覆っていただろう?」

「相分かった。つなぐがよい。着くまで一昼夜は掛かるが、その間少し話をしてもよいかの?」

「構わないよ。 私も話さなきゃならないことがあるしね」

 トモはドライアドの枝を掲げ、呪文を詠唱する。

「眠れ。眠れ。幼子よ。 送れ。送れ。森の木よ。 哀れな幼子に示せ。示せ。帰り道。 守れ。守れ。妖精より幼子を取り返せ!」

 そう高らかに詠唱を終えると、森の木々の間に歪んだ膜が現れる。
 慣れた様子で通り抜けると、木々の形をした光が無数に点在する空間へとでた。
 背景は黒一色で、人の顔の輪郭すら朧げになる。

「相変わらず不思議な空間。 熱くも寒くもないし、無限に広がっているみたいなのに、ずっと同じ景色」

「理屈は小難しいからあまり考えない方がいいよ。 私もこの魔法は自力で解析しようとして諦めた口さ」

 数千年を生きるエルフの魔導士が諦めた魔法というのは相当に難解なことなのだろう。
 今は枝の補助で使えることに感謝することにした。
 この魔法がなければ、道のりは五分の一も進まなかったことだろう。
 少し遅れて、ドライアドが空間に入ってきた。

「やっと落ち着いて話ができるね」

 そういうとリリアナは腰を下ろした。
 トモとドライアドも続けて腰を下ろすと、話し合いが始まった。
 その内容は現状では限りなく最悪の事態が起きている。 そう判断せざる負えない最悪の事態に直面していた。