ギルド内にはいると強い酒精の香りが鼻をついた。
中は外観の印象を裏切らず大きな酒場といった雰囲気だった。
冒険者は普段どこにいるかわかったものではないので、緊急依頼の時の人手確保のため酒場を併設するのが常なのだとマリーが、トモに耳うちをする。
それに続いて、酔っ払いだからすぐに役立たないのだとキリアンが補足を入れる。

「ははは……。そりゃそうだわな」

乾いた笑いでトモは返すことしかできなかった。

きょろきょろと店内を見渡すと、バーカウンターの奥に仕切りが見える。
一行はそちらへ足を進めた。
すると酒場には似つかわしくない身なりを正した女性たちがてきぱきと書類作業を続ける一角が目に入った。

「あら? 森の木漏れ日の皆さんじゃないですか? 調査業務ってことで随分かかると思ってたのですが何か進展がありました?」

「あーミリアちゃん。 まぁそんなとこ、悪いんだけどギルマスに取り次いで貰えない?」

森の木漏れ日の帰還に気付いた受付嬢の一人がジェイルに声を掛けてきた。
ジェイルはそのなじみの受付嬢に端的に要件を伝えることにした。

「畏まりました。 少しお待ちください。 ところでその子については?」

受付嬢も慣れたもので訳ありの様子のジェイルに深くは聞かず、明らかなイレギュラーについてだけ質問する。

「そこはギルマスと直接話すよ。一応客人が来るとだけ伝えて」

「はい。畏まりました。 少しそちらの席でお待ちください。 お飲み物はお茶でよろしいかしらお嬢さん?」

「へ? あ、はい。大丈夫です!」

トモは突然話を振られ変な声が出る。
その返事に笑顔を向けながら受付嬢は、二階へとあがっていくのだった。

そこから数分、受付嬢が戻ってくるとすぐに一行は二階に通されることになった。
通された部屋はソファーと政務机が置かれた部屋だった。
来客用の調度品などはそれなりに豪華であったが、政務机の上は整頓されず山積みになった書類が散乱していた。
部屋に入ると、山積みになった書類の奥から声が聞こえてきた。

「やぁやぁ、お早いご帰還まことにご苦労、とりあえず掛けたまえ。 お客人もきにせずどうぞ」

尊大な声に驚き、書類の山にトモが眼を向けると大きなウサギの耳がひょこひょこと動いているのが見える。
黒と白のグラデーションがきれいな立派な毛色の耳だ。それを観察していると左にぴょんと跳ねた。
その動きを見守っていると、白黒のウサギ耳に赤い目をした少女が政務机の脇からひょっこり現れた。
服装は信じられないほどの薄着だった。下着姿といっても差支えがない。

(あわあわ……、この人恥ずかしくないの?)

(マイスターの変身姿も大概ですよ)

(それは誰のせいだと! やるか、こんちきしょーめ!)

たまに口を開いたかと思えばこれである。
トモは顔を真っ赤にして怒りを嚙み締めた。
無意識にしっぽが直立している。

その姿を見とがめるうさ耳の少女は気づかない振りをして、そのままソファーの方に歩きつつ、なんだい? 早く座りたまえと着席を促すのだった。
トモたちが着席するとすぐにドアがこんこんとノックされる。
先ほどの受付嬢がお茶を持ってきてくれたようだ。

手早く配膳すると、彼女はすぐに部屋を出ていくのだった。
その所作はとても洗練されたものでトモはしきりに感心していた。

「では、さて、簡単に自己紹介をしておこう。僕はエステルでいいよ。 伝統的に本名が長くてね。 この街の冒険者ギルドのギルドマスターさ、お嬢さんの自己紹介はまたあとでいい。まず報告を聞こうか?」

この少女は自分がギルマスだと名乗った。
見た目は幼いが尊大な態度は崩さず、足組しながら彼女は森の木漏れ日に話を促す。
トモへの視線は鋭く刺すような目線を向けていた。



――「ふーん。ドライアドまで出てくるとはねぇ」

トワと名乗った少女は報告を聞くと思案顔になっていた。
沈黙が部屋を包む。そのまま5分ほどの時が流れた。

「それでギルマス……、トモのことなんだが」

ジェイルが沈黙に耐えかね口を開く。
しかしそれは地雷だったようだ。
みるみるエステルの表情が怒りに歪んでいく。
その姿にジェイルは不味いと悟り顔面蒼白となった。

「君らはなんでこんな危険物を街に持ち込むかねぇ……。 記憶が曖昧なんていかにも疑わしいのはわかるだろう?」

ぎろりとトモに視線を向け、呆れたような物言いだ。
すでに右手は腰に下げた刀剣に手を掛けている。
下手に動けば今にも鞘走る事を躊躇うことはないだろう。

(まぁ……だよねぇ。 ここまで勢いと状況で流してきたけど怪しいよねわたし)

至極まっとうな反応に納得してしまいトモは口を紡ぐことにした。
ここは下手に発言をしない方がいいだろう。
このギルマスは少女の外見と違い相当に好戦的なようだ。
マリーが任せてほしいと言ったのはこの為だろう。扱い方にコツがいる人物のようだ。

「ギルマス、いいかしら?」

「なんだいマリー? なにか申し開きがあるのかい?」

マリーの言葉に怒りをため込んだ双眸は容赦なく突き刺さる。
マリーはその様子に固唾を飲むも臆さずに話始めた。

「今回のことについて、人類の力を結集しても対処不可ではないですか? 多種族も対処に苦慮する事態ではないでしょうか? 少なくとも私たちが対処できない物を簡単に対処できる戦力はあって困らない。 そうでしょう? それがどんなに怪しいとしても」

その高説には一定の効果があったようだ。
エステルの口元がにわかに緩む。

「はは、まぁ交渉材料としては及第点だ。 こちらも背に腹は代えられないのは事実だしね、でも、その武は何をもって証とするつもりだい?」

「それは簡単なことでしょう? ギルマス好みの方法があるじゃないですか?」

その言葉と共にマリーとエステルは顔を突き合わせ笑う。
そして何事か得心がいったエステルは、トモに顔を向けるのだった。
その笑顔の奥で瞳は怪しく揺らめく、トモは嫌な予感を感じた。

「ひぇ……」

トモはこの表情に見覚えがあったのだ。
チェシャだ。あの陰険な猫と同じナチュラルに人権とか人の意思を無視して無茶ぶりしてくるときの顔だ。
そしてこの表情をしてくる相手に逆らうことが無駄なことも思い出し目が泳いでいる。
気持ちで負けているのだ。異論を差し挟むことをあきらめている。

「じゃあ、庭でいいかい?」

まごまごとしていると、エステルは畳みかけるように話しだした。

「獲物は持ってないようだけどそのままでいいんだろう? さぁ化け物を倒したその力みっせておくれよ♪」

そういうと有無を言わさずエステルはドア開けて出ていく。
その後ろ姿はうきうきとした様子を隠し切れていない。
トモは森の木漏れ日の面々にふくれっ面で抗議をするが、

「まぁこうなるわな」

と諦めたように返されるのみであった。
誘導したマリーも手を合わせてこれしかなかったの、と逃げることはできないと暗に念押しされたのだった。
トモはこちらにきて何度目かわからないため息をつき、階下に降りる。
その足取りは酷く重かった。