人気の無い道を抜け、ナナシと琳寧は人の賑わう道を歩いていた。
事前にナナシからは「自分達の姿は周りに見えないようにしていますので」と聞いていたため、周りなど気にせず琳寧は歩いていた。
二人はお互い何も口にせず、ただ無言で歩く。すると、ナナシが突如立ち止まり壁に背中を預けた。
彼女も同じく壁に背を付け、曲がり角から顔を覗かせる。
「あ、あいつら……」
曲がり角の先には、手を繋いでいる香苗と翔が歩いていた。
その様子を目にして、琳寧は怒りが込み上げてきたのか、歯を食いしばり拳を握る。
「このまま尾行しましょう」
「なんでですか!? 今ここで──」
「今ここで復讐を達成するのは簡単ですが、後始末がめんどくさいです」
小声で話していると、香苗と翔はどんどん先へと進んでしまう。見失わないように二人は付いて行くと、デートには到底向かない自然豊かな森が姿を現した。
「なぜ森に」
「そんなのどうでもいいですよ。早く何とかしてよ。あの最低女を!」
浮気現場を目の前にして、彼女は冷静を保てていない。
「私から彼氏と親友を奪った。いや、元々親友なんてモノは存在しなかった。絶対に許さない。必ず殺してやる」
「落ち着いてください。行きましょう」
ナナシは怒り心頭の彼女を宥め、そのまま歩き出してしまった。その後ろを、琳寧は手を強く握り静かに付いて行く。
森の中を歩き続ける二人を見ていると、突如翔と香苗は周りを気にするような素振りを見せ始めた。
「よーやくここまで来たな」
「そうね……」
翔と香苗はそう短い会話をかわすと、手を離した。次の瞬間────
────────バチンッ!
いきなり乾いた音が、森の中に鳴り響いた。
琳寧は目を見開き、ナナシは表情一つ変えず見続けている。
「ようやく、ストレス発散ができるな」
「っ…………」
先程の音は、翔が香苗の頬を平手打ちした音だった。香苗はその勢いのまま倒れ込む。
「おら、さっさと立て。お前が言ったんだからな、責任取れよ」
「……っ。今、立つから……」
「声を出していいと誰が言った?」
バチンッ ガンッ
翔は香苗のお腹、腕、足と。頬以外は、服で隠れる所を集中して殴っている。
「お前が言ったんだよな? 『今の彼女に暴力を振るわないで。どうしても我慢できないなら、私が全てを受ける』ってな」
翔の言葉に、琳寧は驚きのあまりその場に崩れ落ちた。
ナナシは先程から変わらない表情で二人のやり取りを見続けている。
「わかっているわ。まだ私は大丈夫。だから、大事な親友の琳寧には、暴力しないで……」
「あぁ、俺がお前に飽きない限りはな」
その二人を琳寧は、見ているしか出来ない。
「さて。では、貴方の復讐をやり遂げましょうか」
何事も無かったかのようナナシは、木の影から歩き出した。突然現れた彼の姿に、二人は戸惑いの表情を見せた。
そんな表情を気にせず、ナナシは口角を上げ優しく微笑み、言葉を口にした。
「では、貴方のご友人である神楽坂琳寧さんからのご依頼で、樹理香苗さん。貴方を今ここで殺します」
「なっ、琳寧が……。貴方は一体」
香苗の言葉に返答はなく、ナナシは懐からカッターナイフを取り出した。
流れるように左の手首に当て、深く切り、ドス黒い血で地面を赤く染めていく。
「さぁ、復讐の時です」
ナナシの手首から流れ出ている血が一つに集まり、大きな鎌へと形を変化させた。
「なっ?! なにそれ、なんで!?」
恐怖で体が震えており、彼女はその場から立ち上がれない。翔も同様でその場に崩れ落ちた。
「その質問は、私が答えるべき質問ではありません。では、さようなら」
「まっ、待って!」
────ザシュッ
琳寧がナナシを止めるため手を伸ばした時、香苗の体がある真上から赤い雨が降り注いだ。
彼女の頭が宙を舞い、地面に転がる。首から下は先程と同じ体勢のまま。
首から噴水のように血が溢れ、止まらない。鉄の匂いが森の中に充満し、気持ち悪い。
ナナシは、今まで見えていなかった赤い瞳が黒い前髪から覗かせている。その目からは狂気的な何かを感じ取れた。目の前の光景を楽しんでいるようにも見え、身震いする。
「さて。これで貴方は満足ですか?」
赤く染った顔で、いつもの微笑みを浮かべながら琳寧に振り向いた。
「な、こんなの、望んで……」
「おや? 貴方が言ったのですよ。殺してやりたいって。なので、私は貴方の復讐を代わりに行動したのです」
琳寧とナナシが会話している間、翔は顔を青ざめ、隣にある顔なし死体を一目見る。
「い、いやだ。俺はまだ、殺されたくねぇぇええ!!!」
涙を流し、彼は情けない表情を浮かべその場から走り去った。
「情けない男も居たようですね。まぁ、私には関係ありませんが」
走り去って行った先を、微笑みながらナナシは見ている。
「なんで。私は、ここまで望んでない! 確かに殺したいほど憎かった。でも、香苗は私を守るためだった。私が早とちりで香苗を恨んで──」
「それがどうしたのですか?」
「えっ」
琳寧の言葉を最後まで聞かず、ナナシは抑揚のない言葉を投げかけた。
「それは私に関係ありませんし、興味もありません。私へのご依頼は『自分の彼氏を奪った友人に復讐したい』。そうだったではありませんか。それに、私は何度も聞きました。『殺してやりたいほどですか?』と。それに貴方はYESと答えた。だから、私は殺したのですよ?」
簡単に説明するナナシの言葉に、琳寧は涙を流しながら唖然とする。
「貴方はもう少し、周りを見ることをおすすめします」
「どういうことよ……」
「貴方が見せてくれた写真の中には、不自然な物が多々ありました。少し考えればわかったかと思いますよ」
琳寧の様子を一切気にせずに、彼はそのまま続ける。
「ご友人が暴力の痕を隠すため、肌を露出しない長袖や長ズボンを履いていることが多かった。右腕に巻かれていた白い布は包帯。三人で居ることが増えたのは、ご友人が貴方の彼氏を監視するため。考えれば考えるだけ、不自然な要素が沢山あります」
琳寧は彼の言葉を聞いているのか、聞けるほどの余裕が無いのか。一切反応がない。
「まず、貴方は周りをしっかり見て、警察や探偵。いや、貴方と同じ人間に相談すべきだった。でも、貴方はそれすらせず私の所へと訪れた。人間とは醜い者ですね。自分の気持ちを最優先し、余裕がなくなり、大事な友人を自分のせいで殺してしまうなんて。あ、実際に殺したのは私ですね」
ナナシは自身に付着した血液など気にせず、言葉を続ける。
唖然としていた彼女は、急に息を荒くし、彼の胸ぐらを勢いよく掴んだ。
「返してよ!! 私の友達!! 一番の親友を!!」
叫びまくる彼女を、ナナシは冷めた目で見下ろす。
いつの間にか周りは暗く、夜になっていた。森の中なため光は月明かりしかなく、二人を寂し気に照らしている。
ナナシの赤い瞳は、彼女の怒りと悲しみの狭間にある感情を覗いているように、妖光していた。
彼女は怒りのまま、叫び声と共に平手打ちしようと手を振りあげた。
「酷いじゃないですか。私はただ、貴方の復讐を手伝っただけなのに──」
悲しげな声が響いた。それと同時に、まだ赤く染っていない地面を赤く染めた。
琳寧が見開いた目を後ろに向けると、そこには右手が投げ出されていた。次に自身の右手に目を向ける。
そこには、いつもあるはずの手が存在せず、赤黒い液体がどくどくと流れ出ていた。
ナナシが琳寧の手首を、一瞬のうちに切り落とした。
右手を抑えその場に座り込んだ琳寧は、ナナシを見上げる。
「では、今回のご依頼は達成しました。なので、貴方から恨みの根源である赤い炎を頂きます」
事前にナナシからは「自分達の姿は周りに見えないようにしていますので」と聞いていたため、周りなど気にせず琳寧は歩いていた。
二人はお互い何も口にせず、ただ無言で歩く。すると、ナナシが突如立ち止まり壁に背中を預けた。
彼女も同じく壁に背を付け、曲がり角から顔を覗かせる。
「あ、あいつら……」
曲がり角の先には、手を繋いでいる香苗と翔が歩いていた。
その様子を目にして、琳寧は怒りが込み上げてきたのか、歯を食いしばり拳を握る。
「このまま尾行しましょう」
「なんでですか!? 今ここで──」
「今ここで復讐を達成するのは簡単ですが、後始末がめんどくさいです」
小声で話していると、香苗と翔はどんどん先へと進んでしまう。見失わないように二人は付いて行くと、デートには到底向かない自然豊かな森が姿を現した。
「なぜ森に」
「そんなのどうでもいいですよ。早く何とかしてよ。あの最低女を!」
浮気現場を目の前にして、彼女は冷静を保てていない。
「私から彼氏と親友を奪った。いや、元々親友なんてモノは存在しなかった。絶対に許さない。必ず殺してやる」
「落ち着いてください。行きましょう」
ナナシは怒り心頭の彼女を宥め、そのまま歩き出してしまった。その後ろを、琳寧は手を強く握り静かに付いて行く。
森の中を歩き続ける二人を見ていると、突如翔と香苗は周りを気にするような素振りを見せ始めた。
「よーやくここまで来たな」
「そうね……」
翔と香苗はそう短い会話をかわすと、手を離した。次の瞬間────
────────バチンッ!
いきなり乾いた音が、森の中に鳴り響いた。
琳寧は目を見開き、ナナシは表情一つ変えず見続けている。
「ようやく、ストレス発散ができるな」
「っ…………」
先程の音は、翔が香苗の頬を平手打ちした音だった。香苗はその勢いのまま倒れ込む。
「おら、さっさと立て。お前が言ったんだからな、責任取れよ」
「……っ。今、立つから……」
「声を出していいと誰が言った?」
バチンッ ガンッ
翔は香苗のお腹、腕、足と。頬以外は、服で隠れる所を集中して殴っている。
「お前が言ったんだよな? 『今の彼女に暴力を振るわないで。どうしても我慢できないなら、私が全てを受ける』ってな」
翔の言葉に、琳寧は驚きのあまりその場に崩れ落ちた。
ナナシは先程から変わらない表情で二人のやり取りを見続けている。
「わかっているわ。まだ私は大丈夫。だから、大事な親友の琳寧には、暴力しないで……」
「あぁ、俺がお前に飽きない限りはな」
その二人を琳寧は、見ているしか出来ない。
「さて。では、貴方の復讐をやり遂げましょうか」
何事も無かったかのようナナシは、木の影から歩き出した。突然現れた彼の姿に、二人は戸惑いの表情を見せた。
そんな表情を気にせず、ナナシは口角を上げ優しく微笑み、言葉を口にした。
「では、貴方のご友人である神楽坂琳寧さんからのご依頼で、樹理香苗さん。貴方を今ここで殺します」
「なっ、琳寧が……。貴方は一体」
香苗の言葉に返答はなく、ナナシは懐からカッターナイフを取り出した。
流れるように左の手首に当て、深く切り、ドス黒い血で地面を赤く染めていく。
「さぁ、復讐の時です」
ナナシの手首から流れ出ている血が一つに集まり、大きな鎌へと形を変化させた。
「なっ?! なにそれ、なんで!?」
恐怖で体が震えており、彼女はその場から立ち上がれない。翔も同様でその場に崩れ落ちた。
「その質問は、私が答えるべき質問ではありません。では、さようなら」
「まっ、待って!」
────ザシュッ
琳寧がナナシを止めるため手を伸ばした時、香苗の体がある真上から赤い雨が降り注いだ。
彼女の頭が宙を舞い、地面に転がる。首から下は先程と同じ体勢のまま。
首から噴水のように血が溢れ、止まらない。鉄の匂いが森の中に充満し、気持ち悪い。
ナナシは、今まで見えていなかった赤い瞳が黒い前髪から覗かせている。その目からは狂気的な何かを感じ取れた。目の前の光景を楽しんでいるようにも見え、身震いする。
「さて。これで貴方は満足ですか?」
赤く染った顔で、いつもの微笑みを浮かべながら琳寧に振り向いた。
「な、こんなの、望んで……」
「おや? 貴方が言ったのですよ。殺してやりたいって。なので、私は貴方の復讐を代わりに行動したのです」
琳寧とナナシが会話している間、翔は顔を青ざめ、隣にある顔なし死体を一目見る。
「い、いやだ。俺はまだ、殺されたくねぇぇええ!!!」
涙を流し、彼は情けない表情を浮かべその場から走り去った。
「情けない男も居たようですね。まぁ、私には関係ありませんが」
走り去って行った先を、微笑みながらナナシは見ている。
「なんで。私は、ここまで望んでない! 確かに殺したいほど憎かった。でも、香苗は私を守るためだった。私が早とちりで香苗を恨んで──」
「それがどうしたのですか?」
「えっ」
琳寧の言葉を最後まで聞かず、ナナシは抑揚のない言葉を投げかけた。
「それは私に関係ありませんし、興味もありません。私へのご依頼は『自分の彼氏を奪った友人に復讐したい』。そうだったではありませんか。それに、私は何度も聞きました。『殺してやりたいほどですか?』と。それに貴方はYESと答えた。だから、私は殺したのですよ?」
簡単に説明するナナシの言葉に、琳寧は涙を流しながら唖然とする。
「貴方はもう少し、周りを見ることをおすすめします」
「どういうことよ……」
「貴方が見せてくれた写真の中には、不自然な物が多々ありました。少し考えればわかったかと思いますよ」
琳寧の様子を一切気にせずに、彼はそのまま続ける。
「ご友人が暴力の痕を隠すため、肌を露出しない長袖や長ズボンを履いていることが多かった。右腕に巻かれていた白い布は包帯。三人で居ることが増えたのは、ご友人が貴方の彼氏を監視するため。考えれば考えるだけ、不自然な要素が沢山あります」
琳寧は彼の言葉を聞いているのか、聞けるほどの余裕が無いのか。一切反応がない。
「まず、貴方は周りをしっかり見て、警察や探偵。いや、貴方と同じ人間に相談すべきだった。でも、貴方はそれすらせず私の所へと訪れた。人間とは醜い者ですね。自分の気持ちを最優先し、余裕がなくなり、大事な友人を自分のせいで殺してしまうなんて。あ、実際に殺したのは私ですね」
ナナシは自身に付着した血液など気にせず、言葉を続ける。
唖然としていた彼女は、急に息を荒くし、彼の胸ぐらを勢いよく掴んだ。
「返してよ!! 私の友達!! 一番の親友を!!」
叫びまくる彼女を、ナナシは冷めた目で見下ろす。
いつの間にか周りは暗く、夜になっていた。森の中なため光は月明かりしかなく、二人を寂し気に照らしている。
ナナシの赤い瞳は、彼女の怒りと悲しみの狭間にある感情を覗いているように、妖光していた。
彼女は怒りのまま、叫び声と共に平手打ちしようと手を振りあげた。
「酷いじゃないですか。私はただ、貴方の復讐を手伝っただけなのに──」
悲しげな声が響いた。それと同時に、まだ赤く染っていない地面を赤く染めた。
琳寧が見開いた目を後ろに向けると、そこには右手が投げ出されていた。次に自身の右手に目を向ける。
そこには、いつもあるはずの手が存在せず、赤黒い液体がどくどくと流れ出ていた。
ナナシが琳寧の手首を、一瞬のうちに切り落とした。
右手を抑えその場に座り込んだ琳寧は、ナナシを見上げる。
「では、今回のご依頼は達成しました。なので、貴方から恨みの根源である赤い炎を頂きます」