息子の健一は、半年前トラックに轢かれた。
体が潰れてしまうなんてことはなかったけど、脳挫傷のために今や植物状態。生命維持装置で生かされている現状。
私は……家族として、母として……決断を迫られている……
「東堂さん。非常に申し上げにくいのですが、健一君が意識を取り戻す可能性は非常に低い。これ以上は、健一君も苦しいのではないでしょうか」
健一の担当医は、私にそう声をかける。
健一が寝ている前でそんなことを言うなんて……私は傷付いたけど、それを怒る気力はない。
お医者様が、私達親子のことを心配してくれているのはわかってる。
安月給のサラリーマン家庭で、私達夫婦は仕事に明け暮れている。
時間を見つけては、健一を見舞う毎日。でも、健一が起きる可能性は限りなく低い。
辛い。苦しい。病院に来ても虚しいだけ。
「健一、起きて」
健一の手を撫でてみるけど、ちっとも目を覚まさない。
何でこんなことになったのかしらね。何で健一なのかしら。
「……このまま目を覚ますのを待つのも、一つの選択です」
お医者様は良いように言うけど、私は健一を生かすか殺すかの選択を迫る悪魔のように思えて仕方なかった。
健一を見舞った後、既に辺りは真っ暗だった。
車に乗りこみ、ため息を吐き出し、車を発進させる。夫のために夕飯を作って、健一の着替えを洗わないと。帰ってからも、やることは山積みだ。
病院からの帰り道、私は不思議なお店を見つけた。
国道に面したその店は、どうやら雑貨屋のようだった。
気付けば私は、近くの駐車場に車を停めていた。まるで吸い寄せられるように、足が雑貨屋へと向かう。
看板には「星降堂」の文字。
新しくオープンした店なのだろうか。その割には、店先には花輪の一つさえない。
店内に入る。その途端、私は雑貨達の煌めきに圧倒された。
海のように青い宝石が埋め込まれた鍵。
宝石が中に入った砂時計。
淡い光を発する石が詰め込まれたオーブ。
他にも、不思議でキラキラした雑貨が、所狭しと並べられている。
あまりの眩しさに目を眩ませながら、私は店の奥へと進んでいく。
店内中央、磨かれた高級木材のテーブルに、それは置かれていた。
まるで惑星を模したかのようなペンダント。チェーンは濁りのない金色、ペンダントトップの宝石は、珍しいことに青と緑のバイカラーだ。辺りの光を跳ね返すそれは、自ら発光しているかのように美しかった。
私は暫く見とれていた。最近あまりに忙しくて、美しいものを見て癒される余裕はなかった。だからだろうか。このペンダントに強く惹かれているのは。
「君がそれを強く欲しているのは、君にとって必要なものだからだよ」
声が聞こえ、私は振り返る。
彼女の姿は、昔童話で読んだ魔女そのものだった。
とんがり帽子に黒いローブ。髪は前も後ろも長くて、少し怪しい雰囲気。彼女の目は左右違った色で、赤い方を前髪で隠し、黒い方で私を見つめていた。
見た目はおそらく私より一回りは年下だろう。なのに、彼女は客に対してタメ口だ。失礼だと思った私は、ムッと顔を顰めてしまった。
「あぁ、すまないね。でも、私は君よりも遥かに長生きしているよ」
私の心を見透かしたように、彼女は「くひゅひゅ」と引き笑いする。その仕草も台詞も、いかにも魔女らしくて、私は納得した。
おそらくこの店は、そういったファンタジーの雰囲気を大切にしている店なのだろうと。
「それで、このペンダントを買うのかい?」
魔女は尋ねる。
私は迷った。値札が貼られていないペンダントを衝動買いなんて、できやしない。ましてや今は、健一の治療にお金が必要なのだ。いくら稼いでも足りないほどに。
でも、と。私はペンダントを見つめる。私はペンダントの虜になっていた。何故こんなにも惹かれてしまうのか、自分でもわからないが。
「これは『惑星のペンダント』。星の息吹を感じることで、今生きている世界線とは別の異世界を覗くことができる魔法具だよ」
魔女はそう説明する。ただのアクセサリーにそんな美しい設定をつけるなんて、この店はよほど世界観に拘っているのだろう。
「そして、これは今の君に必要なものだ」
魔女はそう言って、私の手にペンダントを押し付けた。私は思わずそれを両手で抱える。
「必要と言われても……私はこれを買う余裕なんて……」
私は言うが、魔女はそれを途中で遮った。
「支払いはお金じゃない。もっと素敵なものを、私は貰いたいんだ」
私はその言葉の意味がわからず、呆気にとられる。
次の瞬間、魔女の姿が煙のように消えてしまった。星降堂も、雑貨達も、私の視界から消えていく。
全てが消えると、私は自宅の寝室に立っていることに気付く。
「え、嘘っ」
私は慌てて窓の外を見た。家の外にあるカーポートには、私の車が停まっていた。夫の車はまだない。
さっきまで雑貨屋にいたはずだ。一瞬で移動するなんてありえない。まさか、白昼夢でも見たのだろうか。
時計を見る。時刻は八時。そろそろ夕飯の支度を始めなくては、夫が帰るまでに間に合わない。
「大変、急がなきゃ」
私は部屋を出ようとして気付く。
私の手の中に、魔女から受け取ったペンダントがおさまっていた。
夢ではなかったのだ。
体が潰れてしまうなんてことはなかったけど、脳挫傷のために今や植物状態。生命維持装置で生かされている現状。
私は……家族として、母として……決断を迫られている……
「東堂さん。非常に申し上げにくいのですが、健一君が意識を取り戻す可能性は非常に低い。これ以上は、健一君も苦しいのではないでしょうか」
健一の担当医は、私にそう声をかける。
健一が寝ている前でそんなことを言うなんて……私は傷付いたけど、それを怒る気力はない。
お医者様が、私達親子のことを心配してくれているのはわかってる。
安月給のサラリーマン家庭で、私達夫婦は仕事に明け暮れている。
時間を見つけては、健一を見舞う毎日。でも、健一が起きる可能性は限りなく低い。
辛い。苦しい。病院に来ても虚しいだけ。
「健一、起きて」
健一の手を撫でてみるけど、ちっとも目を覚まさない。
何でこんなことになったのかしらね。何で健一なのかしら。
「……このまま目を覚ますのを待つのも、一つの選択です」
お医者様は良いように言うけど、私は健一を生かすか殺すかの選択を迫る悪魔のように思えて仕方なかった。
健一を見舞った後、既に辺りは真っ暗だった。
車に乗りこみ、ため息を吐き出し、車を発進させる。夫のために夕飯を作って、健一の着替えを洗わないと。帰ってからも、やることは山積みだ。
病院からの帰り道、私は不思議なお店を見つけた。
国道に面したその店は、どうやら雑貨屋のようだった。
気付けば私は、近くの駐車場に車を停めていた。まるで吸い寄せられるように、足が雑貨屋へと向かう。
看板には「星降堂」の文字。
新しくオープンした店なのだろうか。その割には、店先には花輪の一つさえない。
店内に入る。その途端、私は雑貨達の煌めきに圧倒された。
海のように青い宝石が埋め込まれた鍵。
宝石が中に入った砂時計。
淡い光を発する石が詰め込まれたオーブ。
他にも、不思議でキラキラした雑貨が、所狭しと並べられている。
あまりの眩しさに目を眩ませながら、私は店の奥へと進んでいく。
店内中央、磨かれた高級木材のテーブルに、それは置かれていた。
まるで惑星を模したかのようなペンダント。チェーンは濁りのない金色、ペンダントトップの宝石は、珍しいことに青と緑のバイカラーだ。辺りの光を跳ね返すそれは、自ら発光しているかのように美しかった。
私は暫く見とれていた。最近あまりに忙しくて、美しいものを見て癒される余裕はなかった。だからだろうか。このペンダントに強く惹かれているのは。
「君がそれを強く欲しているのは、君にとって必要なものだからだよ」
声が聞こえ、私は振り返る。
彼女の姿は、昔童話で読んだ魔女そのものだった。
とんがり帽子に黒いローブ。髪は前も後ろも長くて、少し怪しい雰囲気。彼女の目は左右違った色で、赤い方を前髪で隠し、黒い方で私を見つめていた。
見た目はおそらく私より一回りは年下だろう。なのに、彼女は客に対してタメ口だ。失礼だと思った私は、ムッと顔を顰めてしまった。
「あぁ、すまないね。でも、私は君よりも遥かに長生きしているよ」
私の心を見透かしたように、彼女は「くひゅひゅ」と引き笑いする。その仕草も台詞も、いかにも魔女らしくて、私は納得した。
おそらくこの店は、そういったファンタジーの雰囲気を大切にしている店なのだろうと。
「それで、このペンダントを買うのかい?」
魔女は尋ねる。
私は迷った。値札が貼られていないペンダントを衝動買いなんて、できやしない。ましてや今は、健一の治療にお金が必要なのだ。いくら稼いでも足りないほどに。
でも、と。私はペンダントを見つめる。私はペンダントの虜になっていた。何故こんなにも惹かれてしまうのか、自分でもわからないが。
「これは『惑星のペンダント』。星の息吹を感じることで、今生きている世界線とは別の異世界を覗くことができる魔法具だよ」
魔女はそう説明する。ただのアクセサリーにそんな美しい設定をつけるなんて、この店はよほど世界観に拘っているのだろう。
「そして、これは今の君に必要なものだ」
魔女はそう言って、私の手にペンダントを押し付けた。私は思わずそれを両手で抱える。
「必要と言われても……私はこれを買う余裕なんて……」
私は言うが、魔女はそれを途中で遮った。
「支払いはお金じゃない。もっと素敵なものを、私は貰いたいんだ」
私はその言葉の意味がわからず、呆気にとられる。
次の瞬間、魔女の姿が煙のように消えてしまった。星降堂も、雑貨達も、私の視界から消えていく。
全てが消えると、私は自宅の寝室に立っていることに気付く。
「え、嘘っ」
私は慌てて窓の外を見た。家の外にあるカーポートには、私の車が停まっていた。夫の車はまだない。
さっきまで雑貨屋にいたはずだ。一瞬で移動するなんてありえない。まさか、白昼夢でも見たのだろうか。
時計を見る。時刻は八時。そろそろ夕飯の支度を始めなくては、夫が帰るまでに間に合わない。
「大変、急がなきゃ」
私は部屋を出ようとして気付く。
私の手の中に、魔女から受け取ったペンダントがおさまっていた。
夢ではなかったのだ。