特攻隊から戻った者に対しての世間の目は、まるで罪人を迎えるようだった……
その事に気付いたのは地元の駅に降り立った時だ。
飛行服のままで帰ったこともあり、僕を待っていたのは次々に降り注がれる冷たい視線だった。
「この特攻崩れが!」
「この恥知らずが!」
「お前らのせいで日本は負けたんじゃ!」
すれ違いざまに睨まれ、次々と浴びせられる罵声……
出征する前は優しかった近所の人からも、帰る途中で様々な暴言を受けた。
みんな戦争に負けた苛立ちをぶつける先を探していた……
僕は家に着くのが不安になった。
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」
出征する前の母の声が耳に残っている……僕が家を出る時、母は喜んでいた。
死に損ないの顔なんて、もう見たくないだろう。
このままどこかに行ってしまおうか……
出征を喜んでくれた母さんの元に帰るのが怖かった。
失望されて勘当されるのではないかと不安で……僕は、いつの間にか立ち止まって家とは反対方向に歩こうとしていた。
「源次さん、駄目……一緒に帰ろう?」
純子ちゃんが一緒じゃなかったら、家に帰るのをやめていた。
僕は恐る恐る玄関の戸を開けながら、帰る道中で準備していた言葉を吐き出した。
「母さん、ただいま…………篠田は死んで、俺だけ生き恥さらして帰ってきたよ……お国のために散華するはずだったのに、せっかく世の中のためになるって喜んでくれてたのに……自慢の息子じゃなくて、生きてて本当にごめん! 僕、母さんの肩身が狭くなるんだったら出てく……」
全部言い終わる前に、母さんは泣きながら僕を抱き締めてくれた。
「おがえり源次~~~」
母さんが泣くのを初めて見た。
父さんが死んだ時も、空襲の時も、泣き顔なんて見せたことないのに……
でもきっと隠れて泣いてきたのだろう。
「この大馬鹿者! 自分の子が死んで喜ぶ親がどこにいるか! 来たんだよ、やっと……自分に正直でいられる時代が来たんだよ!」
「え、だって『バンザーイ』って……」
「非国民と言われないよう、あんたの立場が悪くならないよう、今まで嘘ばかりついてきた…………本当は……本当は、生きていて欲しいと、どれだけ願ったことか……」
「幸せになって欲しくて願い込めて名前付けて……自分の事なんか二の次で一生懸命、育ててきて……誰が好きこのんで自分の息子が死ぬ事を喜ぶ奴があるか!」
僕は両肩を揺さぶられながら、母さんの言葉に驚き過ぎて呆然としていた。
「あの時『バンザイ』を3回言った意味を教えてやろうか?……『絶対』、『生きて』、『帰ってきて』だよ」
「お前は生きていいんだよ……生きてくれなくちゃ困るんだよ……生きていてくれて、本当によかった……また会えて本当に、よかった」
母さんの言葉は僕の全てを救ってくれた。
戦争で傷ついて戻ってきた全ての人に伝えたいと思う位に……
戦後は、戦時中より食べる物が少なく……酷い地域では飢餓状態の人や孤児が溢れ、ガリガリで昨日まで隣で話をしていた人が翌朝冷たくなっているという「明日は自分が死ぬかもしれない」という悲惨な状況が続き……
戦後の方が栄養失調で亡くなる人が多かった。
そんな何もない中でも、人々の心を癒やしたのは歌だった。
でも純子ちゃんは……戦争が終わっても歌おうとしなかった。
そんなある日、久し振りに隣町の先生から家に来て欲しいと連絡があった。
再会するのは何年か前の初詣以来だ。
歌の作詞をしている先生なので、僕は「純子ちゃんがまた歌ってくれるのでは?」という淡い期待を込めて、用事があるから一緒に行こうと誘って先生に紹介することにした。
「やあ! 源さん、久し振りだね」
「お久し振りです先生! 今日は紹介したい人がいるので連れてきました! こちら『宮本純子』さん! とっても歌が上手いんです」
「純子ちゃん、こちら清水かづら先生……浩くんの先生もしていた作詞家さんだよ」
「まあ、あの学園の先生だった方でしたか……その節は、浩が大変お世話になりました」
「あの子は元気かい?」
「浩は………………この近くの空襲の時に亡くなりました」
「そうか…………とても残念だよ……歌が大好きな子だったのに…………だったら今日の事は君たちには酷な事かもしれないから、また別の機会に来……」
「シミズセンセ~コニチワ~トテモアイタカタデ~ス」
「この人は?」
「アメリカの進駐軍の将校さんでね。会いたいと言われたんだが英語が分からないから、大学で勉強している君に通訳してもらおうと思って呼んだんだ、でも……」
「ミナサンモ~コニチワ~」
「どうしよう僕、英語そんな得意じゃない……」
「ダイジョブです! 私、日本語、少しできます。ミスター・シミズに、会えて、光栄で~す! あなたの~名前は~アメリカ、で、は、みんな知ってま~す」
「すごいね先生! 海外でも知られてるなんて……」
「いや~恐縮です」
「今日は~私の~息子スミスも、一緒に来ました~センセの~『靴がなる』、ダイスキな子です」
すると車の影から……丁度、浩くんと同い年くらいの男の子が駆け寄ってきた。
「ボクも、日本語、できるヨ~? おネイチャン、歌、ウマイってキイタよ? 歌っテ?」
「ごめんなさい……私、弟を空襲で亡くしてから歌うのをやめたんです」
すると、その将校さんは青い目からボロボロ涙を流した。
「ヤメナイデクダサイ……ヤメナイデ?……」
その時だった……
「鬼畜米兵! アメリカへ帰れ!」
中年の男がその人に向かって石を投げ、後ろにいた子供に当たりそうになった。
「危ない!!」
咄嗟に身体を投げ出しスミスくんという、その子を庇ったのは……
純子ちゃんだった。
「タイヘンです! 血が……」
純子ちゃんの左目の上に石が当たり、眉尻からは血が流れていた。
もう少しずれていたら失明していたかもしれない……
「オーマイガー」と泣き出してしまったその子に浩くんの姿が重なったのか……
純子ちゃんは久し振りに歌を歌った。
まるで子守唄を歌うように、その子が大好きだという『靴が鳴る』を……
~~~~~~~~~~
お手つないで 野道を行けば
みんな可愛い 小鳥になって
歌をうたえば 靴が鳴る
晴れたみ空に 靴が鳴る
花をつんでは お頭にさせば
みんな可愛い うさぎになって
はねて踊れば 靴が鳴る
晴れたみ空に 靴が鳴る
~~~~~~~~~~
純子ちゃんの天使のような歌を聞いた将校さんは、盛大な拍手を送り……
スミスくんは、すっかり泣き止んでニコニコしていた。
「アリガト……クツガナル……ボクノダイスキナウタ……ウタテクレテ……ウレシカタ……トテモジョウズ? ダネ~」
「ホントに~とても~素晴らしかたで~ス! 私の~息子ヲ……助けてイタダイテ……ホントに……本当に……アリガト……ゴザイマス」
将校さんはスミスくんを抱き締めながら涙を流していて……
ほんの先日まで敵同士だった国の人と心が繋がった気がして、僕は思わずもらい泣きしてしまった。
「音楽は国境を超える」、「音楽なら世界中の人の心が繋がれる」……
その奇跡の一部を僕は見た気がした。
将校さん達を見送った後、僕はずっと気になっていた事を先生に聞いた。
「そういえば先生、この歌を作曲したのは何ていう人なの?」
「弘田光太郎さんていう高知の人だよ」
先生は道に枝で名前の漢字を書いて教えてくれたが……
「高知?……弘……光……?」
これはヒロが起こした奇跡だと思った。
この世界は広いけれど、場所や名前、誕生日……他にも色々、沢山の不思議な奇跡で繋がっている気がした。
純子ちゃんは左目が腫れて前が見えなくなってしまったので……
家までの道、僕がずっとおんぶした。
初めて背負った純子ちゃんは風船みたいに軽くて……
こんなに細い身体で沢山の悲しみを背負ってきたのかと思うと、涙が出そうになった。
「歌……歌えたね……」
「…………うん」
「あの子、喜んでたね……」
「……うん」
「相変わらずキレイな歌声だったよ?」
「…………ありがと」
背中から震えが伝わってきて……
この人を一生、守っていこうと思った。
「しかし左目とは……この間の僕と、お揃いじゃないか」
「ほんとね……私、久し振りに歌えた。久し振りだから、初めは声が出なかったけど…………歌って……やっぱり音楽って、素晴らしいって思った」
「それでね私、気付いたの……私、子供達に歌を教えたい! 『音楽は音を楽しむもの』ってことや『音楽がある世界に住んでいるっていうのは、とても幸せなことなんだ』って伝えられる先生になりたい!」
「いいね、それ! じゃあ僕は、歴史の先生になるよ! 教科書に載っていることだけじゃない……その先にあった沢山の命を伝える歴史の先生に……そしていつか必ず本を出す! ヒロが伝えたかった沢山の思いを届けるために……」
「素敵な夢……」
「もう最後の文は決まってるんだ……ヒロと一緒に描いた『未来を生きる君へ』の最後の言葉……」
〈未来を生きる君たちへ〉
生きてください
どんなことがあっても
生きようと思ってください
自分を信じて
他人を信じて
その先にある未来を信じて
その事に気付いたのは地元の駅に降り立った時だ。
飛行服のままで帰ったこともあり、僕を待っていたのは次々に降り注がれる冷たい視線だった。
「この特攻崩れが!」
「この恥知らずが!」
「お前らのせいで日本は負けたんじゃ!」
すれ違いざまに睨まれ、次々と浴びせられる罵声……
出征する前は優しかった近所の人からも、帰る途中で様々な暴言を受けた。
みんな戦争に負けた苛立ちをぶつける先を探していた……
僕は家に着くのが不安になった。
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」
出征する前の母の声が耳に残っている……僕が家を出る時、母は喜んでいた。
死に損ないの顔なんて、もう見たくないだろう。
このままどこかに行ってしまおうか……
出征を喜んでくれた母さんの元に帰るのが怖かった。
失望されて勘当されるのではないかと不安で……僕は、いつの間にか立ち止まって家とは反対方向に歩こうとしていた。
「源次さん、駄目……一緒に帰ろう?」
純子ちゃんが一緒じゃなかったら、家に帰るのをやめていた。
僕は恐る恐る玄関の戸を開けながら、帰る道中で準備していた言葉を吐き出した。
「母さん、ただいま…………篠田は死んで、俺だけ生き恥さらして帰ってきたよ……お国のために散華するはずだったのに、せっかく世の中のためになるって喜んでくれてたのに……自慢の息子じゃなくて、生きてて本当にごめん! 僕、母さんの肩身が狭くなるんだったら出てく……」
全部言い終わる前に、母さんは泣きながら僕を抱き締めてくれた。
「おがえり源次~~~」
母さんが泣くのを初めて見た。
父さんが死んだ時も、空襲の時も、泣き顔なんて見せたことないのに……
でもきっと隠れて泣いてきたのだろう。
「この大馬鹿者! 自分の子が死んで喜ぶ親がどこにいるか! 来たんだよ、やっと……自分に正直でいられる時代が来たんだよ!」
「え、だって『バンザーイ』って……」
「非国民と言われないよう、あんたの立場が悪くならないよう、今まで嘘ばかりついてきた…………本当は……本当は、生きていて欲しいと、どれだけ願ったことか……」
「幸せになって欲しくて願い込めて名前付けて……自分の事なんか二の次で一生懸命、育ててきて……誰が好きこのんで自分の息子が死ぬ事を喜ぶ奴があるか!」
僕は両肩を揺さぶられながら、母さんの言葉に驚き過ぎて呆然としていた。
「あの時『バンザイ』を3回言った意味を教えてやろうか?……『絶対』、『生きて』、『帰ってきて』だよ」
「お前は生きていいんだよ……生きてくれなくちゃ困るんだよ……生きていてくれて、本当によかった……また会えて本当に、よかった」
母さんの言葉は僕の全てを救ってくれた。
戦争で傷ついて戻ってきた全ての人に伝えたいと思う位に……
戦後は、戦時中より食べる物が少なく……酷い地域では飢餓状態の人や孤児が溢れ、ガリガリで昨日まで隣で話をしていた人が翌朝冷たくなっているという「明日は自分が死ぬかもしれない」という悲惨な状況が続き……
戦後の方が栄養失調で亡くなる人が多かった。
そんな何もない中でも、人々の心を癒やしたのは歌だった。
でも純子ちゃんは……戦争が終わっても歌おうとしなかった。
そんなある日、久し振りに隣町の先生から家に来て欲しいと連絡があった。
再会するのは何年か前の初詣以来だ。
歌の作詞をしている先生なので、僕は「純子ちゃんがまた歌ってくれるのでは?」という淡い期待を込めて、用事があるから一緒に行こうと誘って先生に紹介することにした。
「やあ! 源さん、久し振りだね」
「お久し振りです先生! 今日は紹介したい人がいるので連れてきました! こちら『宮本純子』さん! とっても歌が上手いんです」
「純子ちゃん、こちら清水かづら先生……浩くんの先生もしていた作詞家さんだよ」
「まあ、あの学園の先生だった方でしたか……その節は、浩が大変お世話になりました」
「あの子は元気かい?」
「浩は………………この近くの空襲の時に亡くなりました」
「そうか…………とても残念だよ……歌が大好きな子だったのに…………だったら今日の事は君たちには酷な事かもしれないから、また別の機会に来……」
「シミズセンセ~コニチワ~トテモアイタカタデ~ス」
「この人は?」
「アメリカの進駐軍の将校さんでね。会いたいと言われたんだが英語が分からないから、大学で勉強している君に通訳してもらおうと思って呼んだんだ、でも……」
「ミナサンモ~コニチワ~」
「どうしよう僕、英語そんな得意じゃない……」
「ダイジョブです! 私、日本語、少しできます。ミスター・シミズに、会えて、光栄で~す! あなたの~名前は~アメリカ、で、は、みんな知ってま~す」
「すごいね先生! 海外でも知られてるなんて……」
「いや~恐縮です」
「今日は~私の~息子スミスも、一緒に来ました~センセの~『靴がなる』、ダイスキな子です」
すると車の影から……丁度、浩くんと同い年くらいの男の子が駆け寄ってきた。
「ボクも、日本語、できるヨ~? おネイチャン、歌、ウマイってキイタよ? 歌っテ?」
「ごめんなさい……私、弟を空襲で亡くしてから歌うのをやめたんです」
すると、その将校さんは青い目からボロボロ涙を流した。
「ヤメナイデクダサイ……ヤメナイデ?……」
その時だった……
「鬼畜米兵! アメリカへ帰れ!」
中年の男がその人に向かって石を投げ、後ろにいた子供に当たりそうになった。
「危ない!!」
咄嗟に身体を投げ出しスミスくんという、その子を庇ったのは……
純子ちゃんだった。
「タイヘンです! 血が……」
純子ちゃんの左目の上に石が当たり、眉尻からは血が流れていた。
もう少しずれていたら失明していたかもしれない……
「オーマイガー」と泣き出してしまったその子に浩くんの姿が重なったのか……
純子ちゃんは久し振りに歌を歌った。
まるで子守唄を歌うように、その子が大好きだという『靴が鳴る』を……
~~~~~~~~~~
お手つないで 野道を行けば
みんな可愛い 小鳥になって
歌をうたえば 靴が鳴る
晴れたみ空に 靴が鳴る
花をつんでは お頭にさせば
みんな可愛い うさぎになって
はねて踊れば 靴が鳴る
晴れたみ空に 靴が鳴る
~~~~~~~~~~
純子ちゃんの天使のような歌を聞いた将校さんは、盛大な拍手を送り……
スミスくんは、すっかり泣き止んでニコニコしていた。
「アリガト……クツガナル……ボクノダイスキナウタ……ウタテクレテ……ウレシカタ……トテモジョウズ? ダネ~」
「ホントに~とても~素晴らしかたで~ス! 私の~息子ヲ……助けてイタダイテ……ホントに……本当に……アリガト……ゴザイマス」
将校さんはスミスくんを抱き締めながら涙を流していて……
ほんの先日まで敵同士だった国の人と心が繋がった気がして、僕は思わずもらい泣きしてしまった。
「音楽は国境を超える」、「音楽なら世界中の人の心が繋がれる」……
その奇跡の一部を僕は見た気がした。
将校さん達を見送った後、僕はずっと気になっていた事を先生に聞いた。
「そういえば先生、この歌を作曲したのは何ていう人なの?」
「弘田光太郎さんていう高知の人だよ」
先生は道に枝で名前の漢字を書いて教えてくれたが……
「高知?……弘……光……?」
これはヒロが起こした奇跡だと思った。
この世界は広いけれど、場所や名前、誕生日……他にも色々、沢山の不思議な奇跡で繋がっている気がした。
純子ちゃんは左目が腫れて前が見えなくなってしまったので……
家までの道、僕がずっとおんぶした。
初めて背負った純子ちゃんは風船みたいに軽くて……
こんなに細い身体で沢山の悲しみを背負ってきたのかと思うと、涙が出そうになった。
「歌……歌えたね……」
「…………うん」
「あの子、喜んでたね……」
「……うん」
「相変わらずキレイな歌声だったよ?」
「…………ありがと」
背中から震えが伝わってきて……
この人を一生、守っていこうと思った。
「しかし左目とは……この間の僕と、お揃いじゃないか」
「ほんとね……私、久し振りに歌えた。久し振りだから、初めは声が出なかったけど…………歌って……やっぱり音楽って、素晴らしいって思った」
「それでね私、気付いたの……私、子供達に歌を教えたい! 『音楽は音を楽しむもの』ってことや『音楽がある世界に住んでいるっていうのは、とても幸せなことなんだ』って伝えられる先生になりたい!」
「いいね、それ! じゃあ僕は、歴史の先生になるよ! 教科書に載っていることだけじゃない……その先にあった沢山の命を伝える歴史の先生に……そしていつか必ず本を出す! ヒロが伝えたかった沢山の思いを届けるために……」
「素敵な夢……」
「もう最後の文は決まってるんだ……ヒロと一緒に描いた『未来を生きる君へ』の最後の言葉……」
〈未来を生きる君たちへ〉
生きてください
どんなことがあっても
生きようと思ってください
自分を信じて
他人を信じて
その先にある未来を信じて